おひさまの道  6







 日本さんの所に帰れる日が決まった。
今度スペインが向こうに行く時に、一緒に連れて行ってくれるらしい。
スペインは寂しそうにしてたけど、私はスペインたちとの別離よりも日本さんと再会することの嬉しさと不安の方が大きかった。





のその銀細工は誰からもろたん?」
「私のじゃないの。・・・たぶん他の人に渡すのを、喧嘩別れした私に自棄になって預けただけ・・・」
「そうなん? でもそれ、めっちゃに似合ってんで」





 スペインは私の手から髪飾りを取り上げると、そのまま髪に挿してくれた。
ずっと肌身離さず持ってたけど、こうやって自分につけるのは初めてだった。
私でない他の日本さんの大切な人の物だったから、汚しちゃいけないって思ってたんだと思う。





「男の人から預かったんやね? 憎いわぁ、こんなかあええ子と毎日一緒におれるやなんて」
「私、可愛くなんてないよ。スペインさんが東洋人を見慣れてないだけだよ」
「そんなことあらへんで? の真っ黒な髪は手触りよくてさらさらしとって綺麗やん。くーろい瞳も大好きやで?」
「ありがとう・・・」
「せやから、ほんまは向こうに帰すのが嫌やねん。このまま俺やロマーノと一緒におって、2人でお姫様可愛がりたい思うとるんよ?」





 寂しなるわぁと弱々しく笑うスペインに、私はぎゅっと抱きついた。
この人に助けてもらわなかったら、今頃どうなっていたかわかったものじゃない。
スペインは私にとって、命の恩人に等しかった。
スペインはうっひょー大胆になったもんやな可愛ええと叫び片手で鼻を押さえ抱き締め返すと、小さく許したってなと呟いた。






「大切な人と引き離してごめんな、寂しかったやろ、ずっと」
「・・・寂しかったけど、向こうに帰っても出迎えてくれるかわかんない・・・」
「なんで喧嘩したん?」
「海の外に出たいですって言ったら駄目だって言われて、それで・・・。昔からそう、私がやることには全部文句言う・・・」
「(昔て、まだ子どもやん・・・。)それはな、そいつがのこと大好きで心配しとるからやと思うで?」





 大好きと言われてもぴんと来なかった。
日本さんが私のことを好き?
絶対違う、笑っちゃうような嘘だ。
スペインの言ってることが本当なら、どんなにほっとできるだろう。
そこまで考えて、私は気付いてしまった。
私、もしかして日本さんに好かれたくてたまらないんじゃなかろうか。
日本さんの気を引きたくて、わがままばっかり言ってきたんじゃなかろうか。
どうして、あえて嫌われるようなことばっかりやってきたんだろう。
向こうに帰って、今まで私がいた場所に別の誰かがいたら。
そう考えると怖くなってきた。
嫌だ、私、必要とされなくなっちゃう。





「・・・私、今度こそ嫌われたかも・・・」
「せやったら、もしもはもういらんって言われたら、俺のお嫁さんになってくれへん? そしたら楽園みたいやんなぁ」
「・・・・・・やだ」
「・・・う、うん、冗談やで? でもこれだけは忘れんといて。ずっと一緒におったような仲の子やったら、ちょっとの喧嘩くらいでおしまいになったりはせえへん。
 が思っとる以上に、その子はのこと大切に想っとると思うで?」





 親分やからそこらへんはわかるんよと自慢するスペインに、私はほんの少し笑った。
別に日本さんは私の上司でも親分でもないんだけど、でも、スペインが言ってることの1割でも当たってたら、それだけでも私は嬉しい。
あんま深く気にせんがええよと言って、頭を撫でてくれる。
また泣きそうになってたのかな、どこかから私たちを見ていたらしいロマーノも駆け寄ってきて、色々話しかけてくれる。
本当に、この2人はとても優しい。
きっと2人の国の人々も大らかで暖かい、太陽のような人たちばかりなんだろう。






「スペインさん、ロマーノ・・・。2人の司る大地に大いなる実りがありますように」
「何言うてんの。ちょっと様子おかしかったで」
「えっと・・・、私の住んでるとこに伝わるおまじない?」
「スペインのよりもだいぶ効きそうだな。なんかご利益ありそうだ」





 あるよとは言わないし、もたらされた実りがおまじないのおかげだと彼らが知ることもないだろう。
私に分け隔てなく接してくれて優しくして甘やかしてくれた2人への、精一杯のお礼だった。
ただ、ここは私の本拠地じゃないから、こっちの神様がどのくらい私のお願いを聞き入れてくれるのかはわからないんだけど。





「俺たちずっと待ってるからな。だからまた・・・・・・、まだ、会いに来いよ」
「うん。今度はちゃんと仲直りして遊びに行くね。そしたらまた遊んでね」
「スペイン抜きでデートに行こ「ロマーノ? なんで親分を除けもんにするん?」





 さようなら、おひさまに愛された情熱の国。
数日後スペインと別れた私は、懐かしい日本さんの家の前にいた。


































 が突然いなくなって、季節が一巡りした。
夢にまで彼女を見るというのだから、いかに自分が彼女を想っていたのかよくよく思い知らされた。
帰ってきたら何と言ってやろう。
なぜ帰って来たのかなど、心にもないことを口にして傷つけてしまいそうな気がした。
他人に対してはかなり冷静に接することができるが、の前だといつも素を曝け出している。
だったらいっそ、彼女が帰った時にも素直に寂しかったと言えたらいいのに。
日本は、いつ帰るともわからない女神を待ち続けていた。
今日も、もしかしたらと思い続け結局毎日やることになった、玄関先での野菜栽培に勤しむつもりだった。
日課が日課として果たせなかったのは、野菜の前に少女が座り込んでいたからだった。























 私は日本さんの自宅の玄関前にうずくまっていた。
私が出て行った時にはなかった野菜畑がある。
まさか、言うこと聞かない私に本当に愛想尽かして別の女神創ったんだろうか。
いや、私が私としてまだいるからそれはないんだろうけど。




「・・・何て言えばいいんだろうねー・・・。普通にただいまって言うにはだいぶ家出期間長かったし・・・」




 他に相談することもいないので、可愛い野菜たちに話しかけてみる。
どうしよう、やっぱり日本さん怒ってるよねと、口から出てくる言葉は後ろ向きなものばかりだ。
不安で頭の中がいっぱいになっていた私は、日本さんが隣にしゃがみこんで口を開くまで、その存在に気付かなかった。






「・・・何て言えばいいんでしょうか・・・。お帰りなさいと言いたいのですが、それを言うにはあまりにも時間が経ってしまいました」
「に、ほ「ずっと心配してたんです。お帰りなさいと言うだけでは留まらないであろう自分の口が怖いです」





 やだ、日本さんいつからここにいたんだろう。
私の独り言、ずっと聞いてたんだろうか。
恥ずかしさや再会の嬉しさよりも先に、ずっと抱え込んできてた不安が襲ってきた。
真っ直ぐ日本さんの顔が見れなくなる。
何か言わなきゃいけないってわかってるけど、震えが止まらない。
震えを抑えようと思って膝に上でぎゅっと手を握り締めたけど、効果はなかった。





「・・・今更、もう遅いのかもしれないけど・・・。・・・もう、わがまま言わないから・・・、日本さんの迷惑になるようなことしないから・・・・・・。
 だから・・・、嫌いにならないで、下さい・・・」
、私は・・・」
「・・・ほんとに、本当に、もう日本さん困らせるようなことしないから・・・・・・」





 ごめんなさいと言って、本格的に顔が上げられなくなった。
向こうで何かとか、慰み者がどうとかとぶつぶつ呟いてる日本さんが怖い。
やっぱり捨てられるのかな。
荷物は・・・まとめなくてもいいか、どうせこの世にはいられないんだし。
不意にと呼ばれた。
思っていたよりも優しい声音だけど、それも恐怖の対象にしかならない。





「あなたがしばらく帰って来れないと知ったときから・・・、私の食べる食事はどれも味気なくなってしまいました。あなたのせいですよ」
「すみません・・・」
「『女神』だから必要としているのではなく、あなたが『』だから大切にしてきたんです。それがわかりませんでしたか?」





 思いもしなかった言葉に、恐怖からではなく体が揺れた。
その拍子に、着物の袖から銀の髪飾りが音を立てて地面に落ちた。
日本さんは髪飾りと拾って包みから取り出すと、ゆっくりとそれを撫でた。
とても優しい、大切なものを扱う触り方だ。
良かった、向こうでも肌身離さず大事に保管してきて。
髪飾りから離れた手が私の頭へと向かう。
頭から、涼しげな音がする。
何が起こったのかと俯いたまま思っていると、頬に手を添えられて顔を上げさせられた。
・・・日本さん、すごく嬉しそうに笑ってる。






「ほら・・・、やはりあなたには翡翠の深い色がよく映えます。私の見立ては正しかったようですね」
「え・・・? ・・・これ、日本さんの大切な人に渡す物じゃ」
「えぇそうですよ。私が1年程前に、あなたのためだけに職人に作らせた物です。・・・なんですか、は私が他の女性に現を抜かしていたと思っていたんですか?」
「ち、違います! ・・・だって、あんまり綺麗だから、絶対私のじゃないなって・・・」





 似合うと言われて、日本さんの穏やかな笑顔を見て、急に顔が熱くなってきた。
日本さん、こんなに情熱的な人だったっけ。
恥ずかしくて思わず目を背けたら、ぐいと腕を引き寄せられた。
南蛮の空気と男の匂いがしますと言って、むっとしてる。
大丈夫、匂いなんてすぐに消えちゃうよ、日本さん。






「いいですか、忘れないで下さいね。私は、が思っているよりもうんと、あなたのことを大切に想っています。
 たった一度の喧嘩で壊れてしまうような脆いものではなくてもっともっと、・・・国を傾けてもいいくらいに」
「・・・はい、絶対に、忘れません」




 向こうでスペインが親分だからわかるんやって自慢げに言ってたこと、全部当たってた。
一部分だけでも当たってたら嬉しかったのに、全部だったから嬉しさを通り越して別の次元に行ってしまいそうだ。
私は、私が日本さんのこと大切に想ってるのと同じくらい想われてたのかな。
想われることの嬉しさよりも、同じくらいの想い合ってるということが何よりも嬉しかった。





「いい返事です。さぁ疲れたでしょう、今日はゆっくり休みなさい。明日はその水に濡れて余所に着ていけなくなった着物の新しいのを選びに行きましょう」
「はい! ・・・私も、日本さんのこと大好きです!」





 その年、日本さんの家は近年稀に見る大豊作を記録した。













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