おひさまの道  an Epilogue







 日本さんの上司がヨーロッパの国と同盟を締結したらしい。
それに関する外交とやらで、私は日本さんに連れられてイタリアに行くことになった。
詳しいことは知らないけど、食べ物が美味しくて歴史情緒溢れる素敵な国らしい。
美味しいもの食べさせてくれるんだったらついて行ってあげる。
そうかっこよく言って同行するよりも先に、あなたも来なさいと強制連行されて今に至っている。
いつの時代も日本さんには勝てない。
それがほんの少し悔しいけど、私が日本さんを意のままに操るようになったら危険な気がするので、きっとこれでいいんだろう。





「ヴェー! 日本、ちゃん、Benvenuto(ようこそ)!!」




 大きく手を振って居場所を教えてくれるイタリアの隣には、彼と似たようなくるんを生やした青年がいた。








































 ロマーノは、日夜聞かされる弟の新しくできた友人の話に飽きていた。
毎日毎日にっこにこの笑顔で『ドイツがねー、ムキムキがねー、日本がねー』と口にして纏わりついてくるのだ。
それは友人少ない俺への当てつけか。
そう毒づいてはみたものの、そんなことないよーとこれまた笑顔で返された。
筋肉質な男のどこがいいというのだ。
柔らかくて滑らかな肌をした女の子の方がいいに決まっている。
ロマーノは、せっかく見つけた可愛いイタリア娘をナンパし、そして玉砕したことにも苛ついていた。
だから幸せそうな弟に当たっていた。






「あのねー、日本が明日女の子連れてうちに遊びに来るんだよ! お人形さんみたいですっごく可愛いんだよ!」
「会ったことあんのか?」
「うん! 黒髪さらさらだし黒い瞳も綺麗だし、ちっちゃくて可愛いんだよ! ・・・ナンパしたら断られたけど」





 兄ちゃんも会ってみたらと言われ、ロマーノは数秒間考えた。
あまり彼らには関わりたくないが、日本の女というのも気になる。
少年時代のほんの短い相手に出会った少女は、国籍こそわからなかったが黒髪黒目の美しい娘だった。
彼女とは結局再会できずじまいで数百年が経ち、ロマーノの淡い恋は終わったのだが。





「明日、その女の子にだけ会わせろ」
「了解したであります! 兄ちゃんも絶対にちゃんのこと好きになると思うよ!」






 遠い昔に聞いたことがあるかもしれないその名を、ロマーノは完璧に聞き流していた。














































 未だに慣れないどころか一生慣れそうにないハグとキスの応酬を申し訳程度に受け、7割方さらりとかわす。
今日も可愛いねお茶しようよと誘ってくるイタリアに、日本さんが困った・・・いや、目以外の笑みを浮かべてる。
イタリアは害意あって誘ってるわけじゃないから、そんなにピリピリしなくてもいいのに。
私は、にこやかなイタリアの隣で立ち竦んでいる青年を見やった。
・・・あ、れ? どこかで見たことある気がするけど、気のせいだろうか。
私を見つめたまま微動だにしない彼に声をかけようとしたら、青年が口を開いた。






「おい馬鹿弟・・・、この子の名前は・・・?」
ちゃんだよー可愛いでしょー!! あっ、ちゃん、俺の兄ちゃんロマーノだよ! かっこいいでしょー!!」
「うんそうだね全然似てない兄弟だねかぁっこいい・・・・・・ロマーノ・・・?」
「そう!北半分が俺で、南半分が兄ちゃんなんだ!」






 北とか南とか、そんなこと今はどうでもいい。
どこかで見たことあるくるんだなとは思ってたけど、あれは勘違いじゃなかったのか。
でも、それでもまだ確信が持てなくてじっとロマーノを見つめてると、急に腕を引っ張られた。
!?とか兄ちゃん!?とか慌ててる声が後ろから聞こえる。






「行くぞ!」
「は? 行くって、どこに!?」
「スペインとこに決まってんだろうが! が生きてたって知ったらあいつ、ショック死するかもな!」
「いや、ちょ・・・っ、勝手に行ったら日本さんに叱られ・・・!!」





 なんて強引なナンパなんだろうか。
初対面(ではないけど似たようなもの)の女の子の手をいきなり引っ張って、通りすがりのタクシーに乗せられて。
イタリアの男性ってみんな優しくナンパすると思ってたけど違うようだ。
しかし、このやり方では落ちる女の子も落ちないだろう。
顔がいいだけにもったいない。
あぁ日本さん怒らないで、これは不可抗力なの、私は悪くない。





「ヴェー! 兄ちゃーん、ちゃーん!!」
「・・・イタリア君、2人はどちらへ?」
「たぶんスペイン兄ちゃんのとこだと思う・・・。兄ちゃん、俺と一緒に暮らしてる期間よりも、スペイン兄ちゃんちにいた時の方が長いから」
「(あの時の南蛮の方々でしょうか・・・。でしたら、)では、少ししたら迎えに行きましょうか」
「に、兄ちゃんがナンパしたことには怒らないの!?」
「本当にナンパでしたら・・・・・、その時はその時です」






 私がうっかり落としていった髪飾りを拾い上げた日本さんが穏やかに笑ってるなんて、船上の私はもちろん知らない。








































 ずっと昔、数百年前のほんの短い間に体験したことが次々に思い出される。
スペインの家に来て初めてトマト畑に来た時もこうやって、ロマーノに手を引かれてたっけ。
見渡す限りに広がる真っ赤な宝石はどれも美味しそうだ。
トマトに反射して照り付ける情熱の国の太陽の光を、痛いほどに感じる。
帽子を被っていなければとっくに参っている。
私は、急ぎの旅もどきにもかかわらず帽子だけは買ってくれたロマーノに感謝した。
選ぶ時間も数秒しかなかったというのにロマーノが迷うことなく手に取った帽子は、自分で言うのもなんだがとてもよく似合っていた。
さすがはおしゃれなイタリア男だ、かっこいい。






「スペイン!!」




 先を走っていたロマーノが、いきなり大声を上げた。
スペイン、その名も懐かしい。
向こうが覚えてるかどうかはわからないけど、日本さんも年食っても昔を忘れないから、案外国っていう存在は記憶力がいいのかもしれない。
歴史を刻み込んだ体だからなのかな。





「よう来たなロマーノ!! 暑かったやろ、親分の愛情たっぷりトマト食べや」
「トマトは後だ!! を連れて来たんだよこのやろー!」
「へ、? ・・・あぁ、昔うちにちょっとだけおった東洋人の。あの子、人間やなかったん?」
「なんでか知らねぇけど生きてんだよ! ほら、スペインの野郎だ、覚えてるか?」





 ぐっとトマト畑の主の前に突き出され、私は目の前の男性を見上げた。
褐色の肌に黒い髪と緑色の瞳。
そうだ、この人だ、スペインは。





「スペインさん、ですよね・・・? 私人間じゃなくて、日本さんちの神やってたんです、実は・・・」
「そうなん!? 俺、神さんて初めて見たで!」
「宗教上の神ってことか・・・?」
「あ、ううん、えっと・・・・・・。野菜とか農作物見守るってのがお仕事で、どちらかというと神話に出てくる偉い神様の劣化版かな」
「すごいわぁ・・・。何にしても元気そうで安心したわ。こっちにはなんで?」





 なんでと訊かれて思い出した。
どうしよう、日本さんとイタリアをほったらかしにしてきた。
イタリアはともかく、日本さんはやっぱり例に漏れず怒ってるだろう。
勝手にふらついて何やってるんですかと、愚痴愚痴と説教される。
年寄りの説教は長いから嫌いなんだよな。
そう思ってると、急にトマト畑が騒がしくなった。
兄ちゃぁぁぁんと叫ぶイタリアの声が聞こえる。
イタリアがいるということは日本さんもいるんだろう。
まずいと思って頭を抱えた。
・・・あれ? こっち来る時につけてきた髪飾りがない。
日本さんからだいぶ昔にもらって可愛いから今も使ってるあれがない。
どこかに落としたのかな、どこに落としたんだろう、心当たりが全くない。
顔からさぁっと血の気が引いていくのがわかる。






「ど、どどどどどうしよう・・・!!」
「顔真っ青やん! どないしたん、具合悪なったん!?」
「か、髪飾りなくしちゃっ「ここにありますよ、






 ふわ、と頭に優しく手が乗せられる。
おっちょこちょいなんだからと呆れたように言ってるこの声は日本さんのものだ。
ここにあるってことは、日本さんどこかで拾ってくれたのかな。





「あ、ありがとう日本さん!」
「はしゃぎすぎですよ、まったく・・・。いい歳して子どもですか」
「あっ、女の子に年齢のこと言っちゃいけないっていつも言ってるじゃないですか!」
「はいはい。ほら、今度は落とさないで下さいね」





 日本さんとすっかり和んでいると、スペインが兄妹みたいやんなぁと声を上げた。
兄妹、そう見られるのも仲良しの証拠みたいでなんだか嬉しい。
日本さんがなんで不満げな顔しているのか、私にはわかんないけど。





「なぁ、これから2人でデート行かへん? 美味しいもんたくさん食べさせたるよ?」
「え、ほんと!? うん、行きた「駄目です、行くならみんなで行きましょう」
「そんなのデートやないもん! 俺はと空白の時間埋めたいだけやもん! なんでお兄ちゃんが出てくんねん!」
「『お兄ちゃん』・・・? 違いますよ、彼女は私の     」






 日本さんが何て言ったのかはわからない。
でも幸せそうな、満足そうな表情してるからきっといい事言ったんだろう。
それに日本さんの言う通りだ。
美味しいものは大勢で食べた方がもっと美味しくなるに決まってる。
私は口を開いたままぽかんと固まっているスペインに近づいた。
体に染み込んでるおひさまの気持ちいい匂いは変わってない。





「私、トマト料理が食べたいな! お手伝いするからみんなで食べよ?」
「くっはぁぁぁぁぁ何やこの可愛くて優しい子! もう今すぐ結婚したって!!」
「え、いや・・・」





 私が返事をする前に、日本刀と2丁の銃が一斉にスペインに突きつけられる。
ヘタリア兄弟でも銃なんて扱えるんだ。
どうせ弾なんて入ってないってオチなんだろうけど。





「じょ、冗談やで!? もうイタちゃんとロマーノまで本気にせんといてー」
「そうだよねー冗談だよねー。 俺、銃弾入ってるって気付かずにスペイン兄ちゃんに向けてたよー」
「奇遇だな、俺もだヴェネチアーノ」






 だれがどこまで冗談を言ってるのかわかんないけど、楽しいのならそれでいい。
日本さんと喧嘩別れした日や、初めてスペインとロマーノに出会った日。
そして、日本さんと仲直りした日と同じように、今日もおひさまは暖かく私たちを照らしていた。













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