Please take my hand, princess!     8







 初めて出会った時から心惹かれ、一度別れてしまった後もずっと忘れられなかった。
ようやく手元に手繰り寄せごく近しい所で住まうようになっても、が嫌がることはしなかった。
複雑な事情を抱き奇妙な約定を孫権たちと交わした上で今のがいるとわかっていたから、むやみに手を出せなかった。
己の欲望ももちろん遂げたかったが、それよりもの不安定な心を落ち着かせたかった。
もう、何も焦ることはないのだ。
はここにいて、自分を愛してくれている。
そうわかっていたし、こちらものことを他の誰よりも愛おしく思っていたから緩やかな関係でいられた。
すべてはのことが大切だったからだ。
の心も体も大切にしたかったから、無理強いはしなかった。
そうだというのに、この男はなぜを傷つけるのだ。
のことを愛しているのならば、どうしてもっと彼女を気遣ってやらないのだ。
凌統は信じられない思いでいっぱいだった。





「あんたが張遼さんだろ? 知ってるよ、あんたのことはから聞いたことがある」
「厳しく、そしてうるさい将とでも仰っておられただろう?」
「いいや? とても強くて頼りがいのある立派な将軍だって、こっちが妬くくらいに褒めてたよ」
「・・・・・・」
「幻滅しただろうな、。俺もそうだけど!」





 あんただけは何があっても許さない。
凌統は滅多に出さないどすの利いた声で呟くと、張遼に肉薄した。
張遼の脇腹に強烈な一撃お見舞いすれば、お返しとばかりに肩を斬りつけられる。
強い。冷静にならなければ勝てない。
しかし、あんなを見てしまったら一度失ってしまった理性などそう簡単には戻ってこない。
凌統は張遼の鉞を受け流すと、一旦間合いを取った。
泣く子も黙る張遼とは言っても、所詮は同じ人間だ。
必ずどこかに弱点はある。
凌統は張遼を鋭く睨みつけた。





「公主は乱世をご存じない。敵国の将と結ばれるなどありえぬ」
の兄上は敵将の妻を自分の正室に迎えたっての」
「袁家は滅んだ。しかし、殿は強大な力をお持ちだ」
「姫君が欲しいんなら他の公主をもらえばいい。俺はがいい、初めて会った時はが公主と知らなかったもんでね」
「なんと畏れ多い輩よ」
「お褒めにあずかりどうも」





 長く戦っていられる体力は残っていない。
切られた部分は熱く、いつまでも立っていられるわけではない。
だが、どんなに不利な状況に置かれていてもここだけは勝たねばならなかった。
張遼はこちらを片付け次第、を本国へ連れ帰る。
故郷へ帰ることを今のはきっと望んでいない。
望んでいなかったから抵抗して、そして襲われたのだ。
絶対に死ぬものか。
と共に帰り、そしてまた彼女の手料理をたらふく食べるのだ。
はもはや公主ではない、ただの女なのだ。
凌統は覚悟を決めると、張遼に向かって跳躍した。
おらおらどけどけと賑々しく叫びながら鈴の音と共に甘寧が現れたのはその時だった。






「よう凌統、生きてっか!」
「甘寧・・・!? なんでここにあんたがいるんだよ・・・!」
「撤退ついでに迎えに来てやったんだよ! 凌統、お前は公主さん連れて早く行け、ここは俺に任せろ」
「何言ったんだ! 俺もこいつを・・・!」
「その体で公主さん守れんのか? 公主さんいなくなったら誰が俺らに酌すんだよ。タダで酌してくれる別嬪なんて公主さんくらいなんだからよ」
「だから、その言い方やめろって・・・・・・!」





 凌統は張遼から離れると、倒れているの元へと駆け寄った。
こちらへ刃を向けていたのか、甘寧が張遼に向かってあんたの相手は今から俺だと言い放っている。
凌統はを抱え上げると、砂と涙で汚れた顔を見つめた。
恐怖で血の気が引いているのか、ただでさえ白い顔はますます青白くなっている。





「・・・ごめん、




 凌統は甘寧に張遼を任せると、戦場を後にした。







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