アリアハン 1
はっとして目が覚めた。夢のはずなのに妙に生々しかった。
夢の中で聞こえた声は誰のものだったのだろうか。
優しい、それでいて気持ちを奮い立たせるような力強い響き。
リグはベッドから起き上がると、先程まで見ていた夢の内容をゆっくりと思い出そうとした。
「リグ、いつまで寝てるの、早く起きなさい! もうエルファはとっくの昔に下に降りてきてるわよ!」
あと少しで詳しく思い出せそうな気がしたのだが、リグの思考を階下から響く母の声が遮った。
毎日毎日起こしてくれてありがたいのだが、いちいちエルファと比較しなくてもいいと思う。
俺は俺、エルファはエルファなのだ。
「おはよう・・・」
「あっ、おはようリグ、いよいよ出発だね! 私ほんとに外の世界の事とか全然わかんないから役に立てないかもしれないけど・・・。
でも私、僧侶らしくみんなの傷を癒すように頑張るね!」
「うん、それしてもらうだけでも充分助かるから。俺、たぶん呪文苦手だし」
まだ眠たい目を擦りながら下へと降りてきたリグの耳に、可愛らしい元気な声が飛び込んできた。
彼女の名前はエルファ。先日リグが浜辺を散歩している時に、海岸に打ち上げられていたところを助けた僧侶である。
エルファは何の記憶もなく、覚えていたのは自分の名前だけという有様だった。
歳はリグと変わらないくらい。
とはいえ彼女は女の子だから、幼なじみの宿屋の娘であるフィルと比べてみただけだが。。
エルファはリグに助けられたものの帰る場所がないので、今はこうしてリグの住む家に住んでいるのだった。
「やーっと起きてきたのね・・・。今日だけは寝坊をするなってあれほど言ったのに・・・。
16歳にもなって1人で起きられないなんて、それで旅ができるのかしら・・・。
今日は王様に最後の挨拶に行ってから出発するんだっていうのに、初っ端から随分とお待たせしてるじゃない」
大切な出発の日だというのにリグが寝坊したことを、彼の母であるリゼルが咎めた。
なんでも勇者オルテガと大恋愛の末結ばれたらしいが、詳しい過去は語ってくれない。
しかし彼女が誰であったとしても、リグはこの優しくも厳しい母を尊敬していた。
父オルテガがバラモス討伐のために家を空けたため、今日まで彼を育ててきてくれたのは彼女なのだ。
なかなか簡単にできることではない。
そんなことをぼんやりと考えながら彼がようやく遅い朝食を食べ終わった頃には、既に王城が開門してから2時間が経過していた。
開門と同時に王にお目通りを願って出発しようという、リグのささやかな目論見は見事に潰えた。
「おぉ、リグか。思ったよりもやって来るのが遅かったの。ここに控えておるライムはずっとお主を待っておったのだが」
出発前にやって来たリグを前に、彼を待ちかねていたアリアハン現国王は皮肉交じりに嘯いた。
何か言い返したくてたまらないのだが、寝坊してきたリグにそれを言い返せるだけの要素はない。
リグは気を取り直すと、今まで練習してきたのと同じように王へ別れの挨拶を述べた。
恥ずかしがり屋でつっけんどんな態度をとることの多い彼にしてはよくできた方だった。
そしてようやく出発というとき。
「リグよ。お主は・・・、必ず生きてこの地に再び戻ってくるのだぞ。母君を悲しませるようなことをしてはならん。
お主はあの勇者オルテガの息子だ。この世界のために・・・、亡きオルテガのためにも頼んだぞ」
王は心底名残惜しそうな顔をして、彼に餞別を自らの手で渡した。
餞別と言っても、とても使い物になりそうもない代物だったが。
だが、きっとこの贈り物にも気持ちがたくさん込められているのだろう。
そうリグは勝手に思うことにした。
思わなければ、ただのこん棒と棒きれにしか見えない。
「それからライムよ、リグをよろしく頼んだぞ。聞けばお主はずっとリグの剣の師匠をしていたそうではないか。お主の力をこの者にも貸してほしい。
エルファとか申すあの僧侶にも、早く自分を取り戻すよう、と言っておいてくれ。では行くのだ! 勇者リグよ!!」
王や兵士たちに盛大に見送られ、リグはライムと共に城を後にした。
ライムはアリアハン王宮戦士の1人で、剣技に優れた才能を発揮する若手の中では有望株である。
そんな彼女がなぜ出世への道を断念してリグとの旅について行くのかというと、リグとは姉弟のように育ったからである。
彼女自身の出身はアリアハンではなく、その近くのレーベという小さな何の変哲もない村だが、
幼少時にアリアハンの学校に通うようになってから、次第にリグと打ち解けたのだ。
以来彼女は持ち前の優れた剣の技術で、リグに剣を教える師匠となった。
王宮戦士になった今でもちょくちょく彼に剣を教えているし、その甲斐あってかリグの剣技は実戦経験がない割にはなかなかのものを持っていた。
そんな彼女はリグにとっても姉(兄)のような存在なのである。
つまりライムがリグの旅に同行することは技術面でも、リグの精神面にしても全く支障が出ないというわけだった。
その頃、旅の同行者エルファはリグのもう1人の幼なじみの前で困惑していた。