時と翼と英雄たち


イシス    1







 ノアニールでの一件から数日後、ロマリアの遥か東をリグたち一行は歩いていた。
次の行き先になったイシスは、砂漠を越えた先にある王国である。
バースによれば、かの王国には珍宝名宝がたくさんあるという。
その話の真偽は別としても、リグたちは砂漠というものに大変な興味を持っていた。





「俺、アリアハンから今まで出たことなかったから、砂漠ってのを実際に見るのにものすごく興味ある」


「砂漠って熱いんだよね。布とか被ってた方がいいのかな?」


「さすがエルファ。砂漠は油断しなくても熱い思いをするし水がすごく貴重になるから、きちんと準備しておかないと痛い目見るな。
 イシスに行く前に町があるからそこでいろいろ準備したらいいんじゃないかな」



リグたちの視界にはいまだ、砂漠はおろか町すら見えなかった。

























 リグたちがアッサラームに着いたのは既に、辺りが夕日色に染まっている頃だった。





「これからどうする? 夜は夜で色々話が聞けそうだけど・・・。」


「ライム、悪い事は言わないから夜ここをぶらつくのはやめた方がいい。きっと不愉快な思いする」


「そうなの? じゃあ情報収集は明日にした方が良さそうね」





 バースの進言を大人しく聞き入れ宿屋へと直行したリグたちだったが、その道中に事件は起きた。
明らかに遊んでますといった軽薄な身なりをした若者が、あろうことかライムを口説き始めたのだ。
アリアハンの若者誰もが憧れ、しかし彼女の性格を恐れ尊重し成しえなかったナンパを。




「お姉さん、良かったらそこの劇場で働いてみない? 君みたいな美人だったらあっという間にトップアイドルだよ」





 どうかなあと声をかけながらライムの肩に手を置いた瞬間、ライムの姿が消えた。
ライム怒ったな絶対とリグが漠然と考えていた直後、ぎゃあとみっともない声を上げた男が地面に蹲る。
蹲った男の前には、腰に手を当て仁王立ちしているライムがいる。




「行きましょ、この人ちょっと酔ってるみたい。地面に寝とけば酔いも冷めるでしょ」


「そうだな」





リグたちは地面に伸びた男をあっさりと見捨てると宿屋への道を急いだ。
このような出来事はアッサラームでは日常茶飯事らしい。
町行く人誰もが彼を見捨てて歩いている。
義理人情がない町というわけではないのだろうが、人間とは案外さばさばしているものである。






 「最初にこの町入った時からうっすら思ってたけど、ここって街全体が歓楽街なんだな」


「そうみたいだね。ちょっと路地に入れば変な人たくさんいそうだし、長居しない方がいいかも」


「要る物だけ用意してさっさと出発するか」





 簡単に翌日の行程を確認し、それぞれの部屋へと帰る。
リグとバースに魔の手が忍び寄ったのは、女性陣の部屋から戻るその時だった。




「お兄さんたち、私とパフパフしていかない?」


「バース、後は頼んだ」

「はっ!?おい、ちょ」


「銀髪のお兄さん、私とどう?」



 あの野郎ここぞという時に俺を囮にして逃げやがった。
バースはリグにほんの少しの恨みを抱きながら女性を見つめた。
女性の誘いをすげなく断るのは申し訳ないが、今のバースに遊んでいる余裕はなかった。




「ごめん、裏切れない娘がいるんで他をあたってくれる?」


「あらそう・・・。大切にしてあげてね、その子のこと」





 女性が帰っていく姿を見送ると、バースは部屋に戻りぐっすりと眠っているリグの布団にヒャドで作り出した氷を忍ばせた。
小さな悲鳴を上げ飛び起きる彼を見ていると少しすっきりとした。
俺ばっかりどうして変な役背負わなきゃいけないんだ。
勇者ならもう少し真正面からぶつかって、そして断っていけばいいものを。
翌日目覚めたバースの布団には、どこから調達してきたのか女性物の香水がばら撒かれていた。







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