イシス 2
「・・・暑い」
リグたちはイシスに向けて、広い砂漠のど真ん中を歩いていた。
どこを見渡しても砂しか見当たらないここでは、方向の感覚がつかめない。
地図はあるのだが、見る気にもなれないほど暑く、そして砂ばかりだった。
リグたちを苦しめる原因には、砂漠に似つかわしくない魔物たちが多く棲みついていることもあった。
毒々しい色をした硬い甲羅を持ったカニ。
外見は可愛いが呪文を封じ込めて戦闘を厳しいものにする猫。
これらの魔物にリグたちは苦戦を強いられた。
前方にうっすらと町らしい眺めが見え始めたのは、既に日が暮れようとしていた頃のことだった。
また夜なのか、まさかまたアッサラームのような珍事に出くわすのではないだろうか。
警戒はしていたが、同じ夜の街でもアッサラームのきわどい夜とは全く違っていた。
さすが王都というべきか、それともこの国を治めているのが女王だからなのか、
とても治安が良く、町には酔っ払いが1人も見られなかった。
宿屋へと向かう途中で見ず知らずの人物に声をかけられることもなく、リグたちは砂漠での連戦で疲れた体をベッドに横たえることができたのだった。
翌日、リグたちは町の奥にそびえ立つ茶色の城に向かっていた。
城内は女王が治める国のためか、控えているのは女性がほとんどである。
これでは男性は少し居心地が悪いかもしれない。
どこを見ていればいいのかわからなくなるとは、こういうことを言うのだろう。
リグは極力視線を固定して歩くことにした。
世界を救う予定の勇者がセクハラで訴えられてしまってはたまったものではない。
快く送り出してくれたアリアハンの国民にも申し訳が立たない。
第一、フィルや母に知れたら半殺しの目に遭う。
「束の間の美しさなど何になりましょうか・・・。私はこの国の美しさが永久に続くことを願っております。
・・・ようこそわが国へ、勇者オルテガの息子、リグよ」
リグの決心が揺らいだのは女王の前だけだった。
女王は本当に美しかった。
見惚れなかった方が悪いという気さえした。
さすがに面と向かって美しいなどと言えるはずもないしそんな勇気も持ち合わせていないが、リグは美しすぎる女王の姿をしっかり目に焼き付けることにした。
「あなた方は世界を救うため旅をしているとか。これがあなた方の助けになるのかはわかりませんが、ここより北に代々の王が眠る墓があります。
かの墓は今では魔物が巣食う地となっていますが、旅に必要な物があるとすれば、お役に立てるかもしれません」
「ありがとうございます女王様。その・・・、墓荒らしを容認してもいいんでしょうか・・・」
「構いません。我らが先祖たちも、この世界がより永く美しきものとなるのであれば、喜ぶことでしょう」
女王から墓荒らしの許可を得た以上、思うがままに歩き回ることができる。
死者の尊厳は保つつもりだが、棺桶の中に宝があるというのであれば遠慮なく中身を改めさせてもらう所存だ。
恨まれるような、祟りを受けるようなことだけは避けたいものだと、教会への祈りをいつもよりも数倍熱心に行なうリグたちだった。
ピラミッドを前にして、リグたちは思わぬ伏兵に出くわしていた。
「その、いくら墓所に入っていいって許可貰っても、やっぱり怖いよ・・・」
「いや、エルファはお化けとか見えない性質なんだから大丈夫だろ。俺なんて今もちらっと幽霊とか見えてんだから」
「リグ、お前不用意にエルファ怖がらせるのやめろよ。大丈夫だってエルファ、何かあったら俺がちゃんと守るよ」
「でも・・・」
「ラリホーかけて眠らせて、目が覚めたらピラミッドの中っての怖くない?」
「・・・お前の方がよっぽどエルファ怖がらせてんじゃねぇか」
リグの呟きにバースは無視を決め込んだ。
ここで彼女を連れて行かなければ、誰が自分たちを回復してくれるというのだ。
ミイラ取りがミイラになって帰ってくるなんていう嘘っぽい諺が現実味を帯びてくるのだ。
バースは必死だった。祟られるのも嫌だが、ピラミッドなんかで命を落としたら将来はミイラ男になるしかないじゃないか。
「ほらエルファ、ラリホーまで3秒前・・・」
「・・・バースの意地悪。リグ、ライム、本当にバースが呪文かけそうになったらちゃんと止めてね?」
バースの必死の説得か実力行使の脅しが効いたのか、ようやくエルファが首を縦に振った。
これで心置きなく墓荒らしを始めることができる。
リグたちの暴挙が始まった。