イシス 3
「きゃーーーーーー!!」
人気のないピラミッドに、若い女の子の悲鳴が聞こえた。
ピラミッドに行くことを渋ったエルファをなんとか宥めすかしていざやって来たリグたちは、内部の迷路のような構造に苦戦を強いられていた。
たかだか墓だというのに、壁にここまで精緻を凝らした絵画を掘り込むものなのだろうか。
イシスの民の考えがよくわからないと、リグはぼんやりと思った。
「下手に歩くと簡単に落とし穴とか罠に嵌っちゃうそうだな。ああリグ、そこ落とし穴だから歩くなよ」
「は?」
バースの説明を聞きながらぶらついていたリグに突然ストップがかかった。
落とし穴と言われ慌ててそこから離れると、次の瞬間ガラガラと音を立てて床が消えた。
真ん中を歩けないとは、いちいちの回り道に苛々する。
「十字路の真ん中に罠はあるみたいね。この調子じゃ宝物にも気を付けた方が良さそう」
飲み込みの早いライムが罠の仕組みをざっと説明する。
先程のリグの落とし穴落下未遂事件ですっかり怖がってしまったのか、固まったまま動こうとしないエルファにバースは優しく言葉をかけた。
「エルファ、そんなに怖がんなくても大丈夫。俺といればこんなピラミッド怖いものなしだよ」
「ほんと? ほんとに呪いとか、そんな事ない?」
「大丈夫大丈夫、エルファに呪いなんざかける奴いるんだったら、逆に俺が呪い返してやるって」
「それはそれでどうだろう・・・」
冗談なのか本気なのかわからないバースの言葉に人心地がついたのだろうか。
エルファは小さく頷くと、数歩先を歩いているリグとライムに駆け寄った。
襲いくる魔物や罠と戦い、ようやく広い空間に出たリグたちの足が止まった。
彼らの行く手を阻むかのように、厚い鉄の扉が道を塞いでいたのである。
バース曰く、特殊な呪文がかけられており、特殊な鍵でないと開かないという曲者だった。
宝箱という宝箱を涙を呑んで無視しできたリグたちに、ここまでピラミッド内で得た財宝はない。
今だって目の前にあるのは、鍵の壁画ではなく意味深な絵だけである。
これが何を意味しているのかさっぱりわからない。
困った時のバースを見やるが、彼もお手上げのようで何も言わない。
「この先に大切な物があるように思えるんだけど・・・」
「大切なものがあるからこんな厄介なことしてんだろ。ったく、イシスの民ってのはどうしてこう・・・」
「・・・リグ、確かにピラミッドを造ったのは遠い昔のイシスの民だけど、だからって悪く言うのは止めなさい」
文句を言っても仕方がない。
4人は考え、考え、考え続けた。
ふっと周囲を見回すと、いつの間にかエルファが消えていた。
いつからいなくなったのかは誰にもわからなかった。
リグたちは顔を見合わせた。
ただでさえピラミッドに入ることを嫌がっていたエルファが失踪、もしくは迷子・・・。
こんなだだっ広い空間でひとたび迷子になれば、再び会える可能性は低い。
エルファはまだ脱出呪文を知らない。
怖くなって帰ったということは考えられないし、では彼女はどこに消えてしまったのだろう。
壁のことは置いてとりあえずエルファを探さなければ。
簡単に打ち合わせをして壁から背を向けたその時、先程までびくともしなかった石の扉が音を立てて動き出した。
耳を塞ぎたくなるような轟音とともに全開になった扉の先には、ぽつんと置かれた宝物がある。
宝箱の中身も気になるが、今一番知りたいのはエルファの行方である。
エルファはどこだ。
大声で彼女の名を呼ぶと、どこからともなく悲鳴が聞こえた。
次いで泣き声のようなものと共に呪文を連発する声も聞こえる。
3人はエルファの元へ駆け出した。
エルファは誰かに呼ばれた気がした。
どこか柔らかな、けれども逆らうことができないような声で呼ばれた。
そして、気が付いたらここにいた。
リグたちと一緒に壁画の謎について考えていたのだが、どうしてここにいるのだろう。
わからないまままた頭がぼんやりとし、再び気が付いた時には石の扉が開いた音がした。
手の先には意味ありげなボタンがあるが、これが扉を開くための仕掛けだったのだろうか。
何から何までよくわからないが、とりあえずリグたちの元に戻ろう。
そう思い壁画の前へ行こうとした矢先、魔物が大量に出現した。
大王の墓を荒らすものは誰だなどと呟きながら、ミイラ男が大量に襲ってくる。
エルファは無我夢中で最近バースに習った攻撃呪文を連発し始めた。
魔物の数は確実に減っているようだが怖くてたまらない。
リグたちの足音が聞こえたのはすぐその後だった。