時と翼と英雄たち

休息    1





 アリアハンから旅に出て、いったいどれくらいの月日が経ったのだろうか。
実際にはそれほど過ぎていないはずの日数も、こう何ヶ月と故郷を離れていては長く感じられてしまう。
それは故郷への愛着心があるからであり、エルファにはまだない感情だ。





 「懐かしいなー、アリアハン。母さん元気かな」


「リゼルさん体調壊した事ないんでしょ? きっと元気に過ごされてるよ」



 実家で老いた舅と暮らし、リグの帰りを待っている母リゼルの身を案じているリグに、エルファは励ますように声をかけた。
彼女にしてもリゼルはとてもお世話になった人だった。
母のような人といっても過言ではない。
浜辺に打ち上げられていたところをリグに拾われ、身体が本調子を取り戻すまでずっとつきっきりで看病してくれていたのだ。
おかげで今、エルファは元気に旅をしている。




 「リグ、悪いんだけど私もレーベの方に戻ってていいかな。お父さんたちも心配してただろうし、私もみんなの顔見たいし。ちゃんと城に行く時には一緒に行くから」


「あぁ、ゆっくり親孝行してきたらいいよ。今度また外に出たらいつ戻って来れるかわかんないわけだし」


「ありがとう。じゃあリグ、バース、エルファ、また後でね」




ライムはそう言い残すと1人レーベの方へと向かって行った。
生みの親でないにしても、彼女は両親を敬愛している。
彼女にとって彼らや村の人々は、本当の家族のようなものなのかもしれない。
ライムの背中を見送ると、リグもバースとエルファに言った。




「俺達もとりあえず家に戻らないか? このままここに突っ立ってても日が暮れるだけだし疲れてるだろ、エルファもお前も」


「そうさせてもらおうか。でもリゼルさんいきなり俺たちが帰ってきて驚いたりしないかな」


「そうだよね。私なんならフィルのとこに泊まろっか? フィルにも会いたいし」


「そんなに気を遣うことないよ。エルファは記憶が戻るまでここが自分の家だと思ってくれて構わないから。バースも寝るところぐらいあるだろ、廊下辺りに」





 こうしてリグたちはわずかな休息の時を迎えようとしていた。



























 何の連絡もなしに突然帰って来た息子たちを、リゼルは暖かい笑顔で出迎えてくれた。
息子のくたびれた服を見てさすがに心配そうに眉を潜めたが、すぐに熱いお風呂を用意するとリグたちが順番に風呂に入っている間にせっせと食卓の準備を始めた。
リゼルの作る料理はとても美味しい。
オルテガについてありとあらゆる国を旅したせいだろうか、彼女の料理のレシピは国際色豊かだ。
3人は美味しそうにそれらのご馳走にありつきながら、リゼルに何か変わったことはなかったかと尋ねた。
リゼルは少し思案顔になっていたが、思い出したのだろうか、ぽんと手を叩いた。






「この間レーベの近くの海岸で異国の人が流れ着いたのよ。最初ライムのご両親が見つけられて介抱されてたらしいんだけど、しばらくしてその方はお城に連れて行かれてね」





 アリアハンは基本的には鎖国中の国だ。
この国を行き来する旅人や商人たちは、王国の発行する許可証がないと外海へ出ることができない。
しかしリゼルの話では、今度漂着した者は許可証など持っていなかったらしい。
外傷などは見られなかったのだがそのまま本国へと帰すこともできず、やむなく体力の回復した時期を見計らって城の方で引き取ったということだった。
リグたちはこの話を聞いて顔を見合わせた。





「リゼルさん、その異国の人がどんな人かわかります? その人まだ城内にいるんですか?」


「今はフィルの宿屋で静養しているわよ。フィルたちもどうすればいいかわからなくて困ってるみたい。
 見た感じは長い黒髪に黒目の若い男性の方で、日の出づる国から来たとか言ってたわ」


「へぇ・・・、てか母さんは会ったのか、その人に!?」


「えぇ。何も知らずに行ったらいきなりその人に会っちゃって」


「リグ、明日にでもライムも連れてフィルちゃんの宿屋に行こうぜ。国王の許可が出れば母国に送ってやればいいし、それにそいつの故郷、たぶんジパングっていう国だし」






 いやに熱心に話を聞いていたバースが勢い込んでリグに提案した。
フィルの元へ行き異国の人に会うのはわかったが、彼の言葉に出てきた国については何も知らないので曖昧に頷きながら、エルファに助けを求める。
エルファはちょっと苦笑すると、バースの鞄の中から地図を引っ張り出した。




「ここがアリアハンでしょ。で、ダーマ神殿はここ。バースが言ってたジパングっていうのは、ダーマから船に乗って陸地に沿って南に行ったところにある小さな国だよ」


「なんでバースはそいつがジパング人だってわかったんだよ」




「『日が出づる国』っていうのは彼らが考えるに、世界で一番初めに太陽が昇ってくる国ってことだろ。
 今はどうだか知らないけど、ジパングはその国独特の神を信仰しててさ、女王みたいな人が神の言葉を聞いて政を行うんだよ。
 リゼルさんの言った姿形からも、そいつがジパングに関係してる可能性は大いに有り得る」






 わかったようなわからないような解説を聞いてリグは一応納得することにした。
きっとフィルは今頃そのジパング人とどう接するかでまだ悩んでいるのだろう。
彼女の悩みを早く解消させるためにも、明日は寝坊をせずに宿屋に行こうと決めたリグだった。





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