休息 2
翌日、無事に寝坊せずに起床したリグは、バースとエルファを引き連れてフィルの待つ宿屋へと向かっていた。
いつもは開店休業状態で暇を持て余している宿屋だが、ここ最近の宿屋は妙に騒がしいらしい。
原因は言わずもがな、先日漂着したジパング人である。
「なんかすっごくピリピリした空気なんだけど。原因はやっぱりジパング人かな」
「宿屋って、落ち着ける場所じゃないのか? まぁ、客が少ないから別に構わないんだろうけど。フィルちゃん、連日のジパング人の世話でやつれてるんじゃないか?」
なさそうでもないバースの言葉にリグは眉を曇らせた。
普段はなんだかんだと理由をつけて家業を手伝おうとしないフィルだ、きっと慣れない客の応対でてんてこ舞いだろう。
とにもかくにも、まずは当人達に会ってみないとわからないので早速中に入る。
客室は2階なので階段を上っていくと、いきなりリグの顔面に枕がヒットした。
突然の枕の襲来にリグは思わず蹲った。
「もうっ、だったら食べなきゃいいじゃないのっ!!」
とある一室から若い女性の叫び声が響いてくる。
怒りが頂点に達しているのだろう、自分の背後に枕片手に仁王立ちしている彼氏の存在など気付きもしない。
まったく相手にされず、枕だけを投げつけられたリグに同情しエルファは控えめにフィルに声をかけた。
「あの・・・、フィル? そこで寝てるのって、ジパングの人?」
「ジパングぅ? んな土地の名前言われたって、こっちはわかんないわよ。せっかく作った料理は口に合わないって言うし、なんで黒髪の人間がいないのかって文句言うし。
桃色の髪で悪かったわね、黒じゃなくて!!」
「我らの国の者はみな黒髪に黒瞳だ。このような色の者など見たこともない。・・・おぉ、いるではないか、お前の後ろに我らと同じ色を宿した少年が」
妙に古風な口調で述べ立てる若い男は、無遠慮にリグを指差した。
指を指され、更にジパング人だと勘違いされたリグはむっとして、戸惑うフィルを押しのけ男の前に立ちはだかる。
彼が横たわっているベッドに枕はない。
リグはばんと埃が舞い上がるほどの勢いで枕を男に押し付けると、不機嫌さ丸出しの口調で反論した。
「人のこと勝手にジパング人だとか言うな。俺のこれは両親からの遺伝。父さんも母さんもジパング人じゃない。それから文句ばっかり言ってここの人たちを困らせるな。
どうせひょっこりやって来た俺の母さんの国際色豊かな魚料理でも食べて、故郷の味を思い出したんだろうが」
誰も喋っていないことをリグはずばずばと言っていく。
まだ若い、リグたちとも年が1つ2つぐらいしか変わらないぐらいの男は、彼の言葉にぎょっとした。
なぜこの少年は魚を食べたことを知っているのか。
それにしてもあの魚料理はなんとも美味だった。
故郷に残してきた恋人の作る手料理よりも美味かったかもしれない。
人の心を読むなどそら恐ろしい少年だ。
まるでジパングを統べる女王ヒミコがごとき力だ。
「まるでヒミコ様のよう・・・」
「『ヒミコ様』ってのが、ジパングを治めてる王様の名前か?」
黙ってリグたちの漫才のような行動を観察していたバースが、ようやく口を開く。
彼が知りたいのはこの男が食べた魚料理の味でもなく、フィルが怒る理由でもなく、ジパングの現状についてなのだ。
ぽつりと呟いただけだった自分の言葉をしっかりと聞かれていたことに驚く男。
ヒミコという名前を出され、彼の顔は暗く沈む。
「どうしてジパングから出てこっちに来たんだ? 何か起こってるのか、ジパングで」
「ヒミコ様は我らジパングの民を統べる女王。神と言っても差し支えのないお方だ。だが・・・、最近のヒミコ様は変わられた!!
ヤマタノオロチという大蛇の怒りを鎮めるために、毎年、いや、半年に一度生娘を生贄に差し出すようになったのだ。そして我の愛する者も生贄となることになった。
我はあまりの仕打ちに耐えられず、1人でオロチの住まう洞窟へと向かった」
そこで男の言葉が途切れた。
眼から涙が膨れ上がってくる。
悔しさからだろうか、真っ白なシーツを両手でぎゅっと掴む。
「でも、オロチの返り討ちに遭ったのね・・・。」
「そうだ。我は意識を取り戻す前に海へと投げ込まれていたようだ。気が付くとこの大陸の者たちの手によって介抱されていた。・・・戻りたいのだ、一刻も早くジパングに、ヤヨイの元に」
「初めっから戻りたいなら大人しくしてれば良かったのに。ヤヨイさん、無事だといいな」
「じゃあそのためにも早くアリアハン出発するか。事が終わった後じゃもう遅いし。それに・・・、失った命が戻ることは永遠にないしな」
ジパング行きが決まった後のリグたちの行動は早かった。
早速国王にジパング人の出国許可を取り付け、彼の回復を全力で手伝った。
オロチと戦い酷い火傷を負っていた彼の身体だったが、エルファの癒しの呪文により完治の見込みはかなり高くなった。
バースは男からオロチに関するデータを聞き、攻略作戦を練りに練っていた。
そしてリグも残されたアリアハンでも日々を、宿屋の仕事から解放されたフィルと共にそこそこ有意義に使っていた。
喧嘩をしなければもっと楽しく過ごせるのだが、それはもう仕方がない。
一方、レーベで親孝行に精を出していたライムも、リグからジパング行きの旨を知らされ、残り少ない休息の時間を両親とゆったりと過ごしていた。
彼女がアリアハンの仲間たちと合流する前日、両親はライムに改まった口調で話しかけた。
「・・・船を頂くそうね。これからライムはもっと広い世界を見ることになるんでしょうね」
「うん。今まで行けなかった土地にも足を運ぶことが出来るようになるわ。すごく楽しみなの、誰も船の扱い方なんて知らないのに」
寂しげな表情を見せる母を見て、ライムは少し不安になった。
両親もあまり若くはない。
手塩にかけて育てた娘をどんな所かもわからない場所へやるのは辛いはずだ。
何よりも、ライムがこのまま戻ってこないような気がして一番怖かった。
実の娘でないから沸き起こってくる感情なのかもしれない。
母はテーブルの上にそっと一振りの懐剣を載せた。
「これは、あなたが私たちと会う前から持っていたものなの。すごく綺麗な装飾がされているでしょう?
何度か世界を旅している商人に尋ねたのだけど、こんな綺麗な懐剣はどこの国を探してもないって。
船に乗って世界を旅して、まだ行ったことのない世界に行って、世界中のどんな人でも知らないような場所を訪ねたら、そしたらあなたの本当のご両親も見つかるかもしれないわ」
「本当って・・・。私はお父さんとお母さんのこと本当の両親だと思ってるよ。赤ちゃんの頃から育ててくれたのはお父さんとお母さんでしょう?
・・・確かに生みの両親に会ってみたいっていうのもないって言ったら嘘になるけど・・・」
「何かのきっかけで会うかもしれないでしょう? だからこれはライムが持っていて。海を流れていた時だって、傷ひとつなかったのだもの。きっとライムの身を守ってくれるお守りになるわ」
両親に諭され、懐剣を手の上に載せる。
柄の部分は水竜を象り、唾の部分は水色の宝石を捧げ持った女神の姿が精巧に彫られている。
戦闘用ではなく、本当にお守りのような存在のものらしい。
海を漂っていた時でさえも、その鞘から外れることもなくライムの胸の中で眠っていたこの懐剣は、彼女の出生地の新たな手がかりになりそうだった。