休息 3
レーベの村から帰って来たライムも合流し、リグたちは次なる目的地についての話し合いを固めていた。
もちろん行く先も、道順もちゃんと脳内にそれぞれインプット済みだ。
が、予定までにはもう少し時間に余裕がある。
そこでリグたちはジパングでは刀鍛冶を生業としていた漂着男、ヤマトに剣を鍛え上げてもらうことになった。
「刀鍛冶か、じゃあ剣に関しては相当の目利きだな」
「ジパングの中では我に勝る者はいなかった。・・・もっとも我が国は外界との接触を絶って久しい。世界にどれだけの剣があるかはよく知らないのだ」
剣を鍛えるにはしばらく時間がかかるというので、リグとライムはそれぞれの剣を預けたまま城で王や兵士たちに会うという。
バースもまた、刀鍛冶についてはあまり興味を示さなかったのでリグの家でのんびりとさせてもらうと言った。
「エルファはどうする? ここにいてもすることないんじゃないか?」
「うーん・・・、でも私、どんな風に剣が強くなるのか見てみたいし、ジパングの話もいろいろ聞いてみたいな。だからヤマトさんのお仕事見てる」
「我は構わぬぞ。そこなる若白髪の者よ、ゆったりとしてくるがよい」
「白髪じゃねぇっつの。これは銀髪と言ってもらいたい、銀髪と」
白髪呼ばわりされ思わず声を荒げるバース。
ヤマト曰く、ジパングでバースのような髪の色をしているのは皆老人らしい。
基準をジパングに設定してもらいたくないものだ。
「ヤマトさん、『草薙の剣』って知ってます?」
悟りの書から得た賢者の知識の中にジパングに関する項目があったのを思い出し、エルファはヤマトに尋ねてみた。
刀に関してはプロの彼だ。
ジパングの剣ぐらい知っているだろう。
作業に一段落ついたのだろうか、ヤマトは手を止め大きく伸びをすると、エルファに笑顔で答えた。
「おぉ草薙の剣か。知っておるぞ、かの剣は遥か昔の刀匠が作ったもの。ジパングを荒らし回っていた化け物を退治するため1人の若者が立ち上がった。
その男が手にしていたのが草薙の剣というわけだ」
「へぇー・・・。じゃあその剣って今もジパングにあるんですよね」
ぜひ間近で見てみたいと言うエルファだったが、ヤマトは彼女の顔を見て眉を曇らせた。
確かに草薙の剣はつい先日まであったのだ。
だが今は、どこを探してもその姿は見つからなかった。
「残念だが、草薙の剣はかつてはヒミコ様の館の祭壇に確かに祀られておった。しかし最近は見られなくなったのだ。
それにもう1つ、ジパングには古くから伝わる高貴な色の光を放つ宝珠もあったのだが、これも剣と共になくなってしまったのだ」
宝珠と聞き、エルファは精霊ルビスの残した6つのオーブの存在を思い出した。
オーブとは不死鳥ラーミアを蘇らせるためにルビスがその力を分散させたものと言われている。
世界に散らばる6つの球を集めた者は、ラーミアの背に乗ることができるという。
もしかしたらジパングにある宝珠とは、オーブの1つなのかもしれない。
そう思ったエルファはリグたちを呼びに行こうと腰を上げた。
「ヤマトさん、そろそろできました?」
外に行こうとした時、ちょうどやって来たライムとリグに鉢合わせする。
彼らの後ろにはこれまたのんびりとこちらに向かって歩いてくるバースの姿も見える。
「なに、エルファ今からどっか出かけんの?」
「ううん、リグたち呼びに行こうとしてたの。ちょうど良かった。あのね、ルビスの残したオーブが・・・!!」
「ちょっと待って、私たちにもわかるように順序立てて説明してくれる?」
オーブの起源やその詳しい説明など、賢者なり立てでまだ知識も浅いエルファに答えられようはずがない。
困った顔をしてちらっとバースに応援を頼む合図をする。
彼女のお願いに弱い彼が首を横に振るわけがない。
それにバース自身にしても、船を手に入れるようになった今こそオーブについて話さなければならないと思っていた。
「・・・というわけで、ネクロゴンドに行くにはそのオーブがないと無理ってわけだ」
「なんでそんな厄介な所に居城構えたんだよ、バラモスは。倒しに行くこっちの身にもなってみろって・・・」
リグはそう言って口を噤んだ。
厄介な場所に魔王が居城を構えたから、リグの父である勇者オルテガは危険を顧みずかの地へと向かい火山で敵と相打ちになり死んでしまったのだ。
不死鳥の力を借りないといけないような場所に行くのは、今の彼には少し気後れした。
バースはそんなリグの心境を見透かしたのか、存外冷たい声で彼に尋ねた。
「怖いか? バラモスを倒しに行く、ネクロゴンドに足を踏み入れるのが怖くなったか?」
「バース、そりゃ誰だって・・・」
「人間の力なんて、バラモスにしてみればちっぽけなものなんだ。だからネクロゴンド城の人々は奴らに住処だけでなく、その尊い命までも奪われた。
奴を倒そうという覚悟がないんなら、行っても無駄死にするだけだ」
バースの言葉がリグやライム、エルファの心に深く突き刺さる。
遊びに行くわけではないのだ。
今まではただ単にバラモスを倒すという目標の元、ふらふらと行ける所に行っていたがこれからは違う。
船という世界中を回るものを手に入れた以上、行く先を決めしっかりとした目標を持って行動しなければいつまで経ってもバラモスに剣を向けることはできないのだ。
リグの前に提示された目標とは、すなわち精霊ルビスのこの世界に遺した希望の光オーブであり、不死鳥を復活させることだった。
「バース、俺は怖いなんて思ってない。・・・実際本当に父さんが死んだのかすら疑いたいぐらいだ。そのオーブはどこにある、どうやったら見つけられる。
お前とエルファの賢者の知識を俺にも授けてほしいんだ」
リグの真っ黒な瞳がバースの端正な顔を見つめてくる。
バースはその瞳を見てほっとしたように笑い、後ろでどうしたものかとライムと控えていたエルファににっと笑いかけた。
エルファはヤマトも交えた5人の顔を順番に眺め、真剣な表情で言った。
「オーブの居場所は私たち賢者にもわからないの。私たちに授けられた知識には、オーブのありかを示す『宝珠の言霊』と呼ばれる言い伝えがあるとあるわ。
言霊を継ぐ者は1つのオーブにつき1人だけ。しかもそれが誰なのかもわからない、まさに謎に包まれた言い伝えなの。オーブに何らかの縁のある人が言霊を継ぐ者だって言われてる」
「なんだよそれ、ほとんどわかんないようなものじゃん」
「でも不死鳥を蘇らせるためのオーブでしょ。そのくらい厳重にしてないと、魔物に在り処が見つかったらオーブを破壊されるかもしれないし・・・」
「ライムの言うとおりだ。変にわかりやすい内容でも困るし、きっと言い伝え自体も難解複雑極まりない謎解きだと思う。あんたはどう思う、ヤマト」
すっかり忘れ去られていたヤマトの存在をようやく思い出したバースが、彼の方に視線を移す。
ヤマトを見たバースの表情が強張った。
彼の体はなんとも不思議なオーラに包まれ、今にもその口は何かを語りだしそうに開いている。
やがて彼の口から、歌うように言葉が紡ぎだされてきた。
”その瞳の色にして 闇にあらざる光
熱き焔の中 蛇に抱かれ眠る”
リグたちは顔を見合わせた。
口ずさんでいる時のヤマトの目は虚ろで、何も映していないようだった。
またその声も彼の声色とは異なり、透き通った空を思い浮かべるようなものだった。
もしやと思った彼らの心の中は同じだった。
『宝珠の言霊』を継ぐ者の1人は、ジパングの民、ヤマトだった。
あとがき(とつっこみ)
休息という名の次なる旅への扉
当初の予定から大きく外れ、ジパング人1人強制登場です。
『宝珠の言霊』、持つべき者はあと5人。