囚われの人々 1
あまり良い思い出とならなかった商人の町を後にしたリグたちは、ライムの進言を聞き海賊の館へと向かっていた。
ルザミを出て以来の再会となる。
アイシャは相変わらず野郎たちを従えてあちこちの海を行き来しているのだろう。
タイミング良くいてくれればいいんだけどと不安げに言うライムの言葉に、リグたちも大いに同意した。
行ってもアイシャたちがいないのならば、話にならない。
「いなかったらどうするの? ずっと待ってるってわけにもいかないよ?」
「その時は潔く諦めて、昼夜問わず色んなとこに通わなきゃ」
「・・・なぜだろう。リグたちの旅がこのような状態なのではないか、行き当たりばったりでサマンオサを訪ねたのではないかと思えてきた・・・」
それはないわよとライムは笑みを浮かべると、船を陸へと寄せた。
ポルトガで船を貰ってからずっと舵を取っているので、どんな難所も浅瀬も乗り切れるようになった。
戦士にしておくのはもったいないと、海賊たちに言われたこともある。
違う生き方もやろうと思えばできるのだと、ライムはふと思った。
「時間もばっちり夜だし、いたらここからでも明かりは見えると思うんだけど・・・」
「あっ、見えたよ! 良かったねバース、これでリグの勘に頼らなくて良くなったね」
「ほーんと。リグの勘は時々面倒事も一緒に引き起こすもんなー」
「引き起こしたくてやってねぇよ」
森をかき分け海賊たちの住処を訪ねたリグだったが、館の入り口を見て一度目を擦った。
今、半透明の何かがいた気がした。
昔は人間でも今はそうでない、朽ちた肉体から抜け出た魂を見た気がした。
以前ここに来た時には幽霊の類なんていなかったはずだ。
それがどうしている?
きょろきょろと辺りを見回した始めたリグを不思議に思ったエルファが、どうしたのと声をかけた。
「リグ、急にどうかしちゃったの?」
「・・・いや、さっき扉のとこに何かいたような・・・」
「えー、誰もいないと思うけど・・・。もしかして幽霊?」
「みんなに見えないんならそうかも。半透明だったし、そうなんだろうなきっと」
リグは再び扉に視線を向けた。
見つけた、薄汚れた布切れのような服を身に纏った男だ。
生前に相当痛めつけれたのだろうか、服から見える箇所には鞭で打たれたような痕が残っている。
今はまだ悪霊にはなっていないが、放っておくと人を呪ってしまいそうだ。
「アイシャさんたち、変なとこにでも航海しちゃったのかな。それともただの迷子幽霊?」
「うっかり祟られでもしたら大変だし、ここはエルファの悪霊退散でぱぱっと」
「いや、あいつまだ悪霊にはなってない。いずれなりそうな気がしないでもないけど、とりあえず除霊は待ってくれ。
とにかく、変わったことなかったか海賊たちに聞かないと」
ふよふよと所在なく浮かんでいる幽霊を今の段階では無視して館の中に入る。
リグたちの姿を早々と認めた若い男が声を上げた。
「久し振りじゃないっすかリグさん! お頭も会いたがってましたぜ」
「それが聞いて下さいよ、俺らこないだロマリア海域うろついてたら変なもん見ちまって」
「変なもの? まさか幽霊とか?」
「そうなんっすよ! ありゃ絶対にそうだ、誰もいないのにボロ船が動いてらぁ」
リグたちは顔を見合わせた。
幽霊がくっついていたのは船のせいだったのか。
にわかには信じがたい話だが、実際に幽霊もいるのだから信じるしかない。
それに前にここに来た時にも、幽霊船の話は聞いたことがあった。
あの時はどうしてだか、係わり合いになりたくなくて軽く聞き流していたのだが。
「アイシャさんいる? それについて詳しく話聞きたいんだけど」
「奥にいますぜ」
アイシャの部屋まで案内されたリグたちは、ゆったりと椅子に腰掛けている彼女を見て驚いた。
ライムが髪を切ったから少しは見分けがつくようになったと思っていた。
どんなにそっくりな双子でも、外見に違いが生じれば。
そう思っていたのだが、久々に見たアイシャは相も変わらずライムにそっくりだった。
「・・・ライム、この女性は」
「うーん・・・、さすがに髪を短くしたから変わるかなとは思ってたんだけど、まさかアイシャの方もさっぱりなってるとはね・・・」
「見ない顔の奴がいるけど、仲間が増えたのかい?」
「とある事情から一緒に行動してるハイドル。ライムの彼氏」
アイシャとハイドルの視線が交わった。
互いに複雑な顔をして見つめ合っている。
当たり前だ、恋人と瓜二つの美女と妹の彼氏がそれぞれ目の前にいるのだ。
いつも通りに接する方が難しいというものだ。
「ハイドルです。なるほど・・・、ライムとよく似ている」
「世間じゃ海賊って呼ばれてる連中を束ねてるアイシャだよ。へぇ・・・、こりゃまたかっこいい剣士だねぇ・・・」
どこでこんないい男見つけてきたんだいとアイシャはライムを顧みた。
マーマンの爪にばっさり髪を持って行かれたが、ライムもどこかで綺麗にしてきたのか。
生活環境がまるで違っても双子だからなのか、妙にシンクロしているらしい。
ライムはじっとアイシャを眺めているハイドルの腕を引くと、私はこっちと声をかけた。
「間違えたりしないでね、ないとは思うけど」
「何を言うかと思えば。どんなに容姿が似ていようと、ライムとこの女性は別人なのだから間違えるはずがない。
それにほら、よく見ればライムの方が少し睫毛が長い」
「・・・ほんとによーく見なきゃわかんねーって・・・」
バースのささやかながらももっともすぎるツッコミを気にするでもなく、ハイドルはライムに笑いかけた。
およそ彼にしかわからない違いだが、それでもライムは嬉しかった。
彼にしかわからないからこその喜びなのかもしれない。
アイシャは仲睦まじげにしている妹とその彼氏を見て、ふっと頬を緩めた。
「ここに来たのはあたしに会いに来ただけじゃないんだろ? 何か用かい」
「まぁあるにはあるんだけどアイシャさん、最近変なとこ行ったりした?」
「あぁ、連中から聞いたんだね。 あれは困ったね・・・、いくらあたしらでも幽霊船が相手じゃ」
性質が悪いったらありゃしないとアイシャはため息をついた。