時と翼と英雄たち


商人の町    8







 リグは部屋に1人閉じ籠もっていた。
眠ったはずなのに寝た気がしない。
何が原因でフラれたのかよくわからなかった。
ただ、このまま別れるつもりは寸分とてなかった。
俺にはフィルしかいない。リグはそう思っていた。





「リグ、入るわよ」

「今ちょっと無理」

「いいから、入るわよ」






 半ば強引に部屋に入って来たライムを見て、リグは小さく息を吐いた。
ライムは出て行く直前までフィルが座っていた場所に腰を下ろすと、リグの顔をちらりと見て苦笑した。




「なんで笑うんだよ・・・。そりゃ俺はハイドルみたいに美形じゃないって・・・」


「そうね、今のリグは美形とは程遠いわね。そんなに落ち込んだ顔して、フィルが見ても嫌がるんじゃない?」


「・・・そのフィルにフラれたんだけど。知ってんだろ、あんなに騒いでたんだから」

「うん、みんな知ってる。逃がした魚は大きいわよ、リグ」





 わかってると呟くと、リグはむすりとして横を向いた。
こうやって不貞腐れているのを見ると、やはりまだ子どもだ。
大好きな玩具を取られたガキとそう変わらない。
この青年はいつだってそうなのだ。
口では煩いうっとおしいと言いながらも、フィルがいなくなると不安がる。
少しくらい素直になればいいのにとは思っていたが、いざ素直に思いをぶつけてみると遠くへ行かれてしまう。
難儀な恋をしているものだと、ライムは幼なじみ兼弟分に少しだけ同情した。







「・・・なんかさ、自惚れてるわけじゃないけど、まさか振られるとは思ってなかった・・・。俺、そんなにいい彼氏じゃなかったかな」


「フィルから見たら、きっとリグは充分いい彼氏だったと思うわよ。でも、いい彼氏だから、もっと強くなってほしかったんじゃない?」


「どういうこと? 俺はどうすれば良かった?」


「リグ、自覚してないかもしれないけど実はすごくフィルに弱いのよ。フィルに何かあったらあちこち顧みずに一直線。
 あの子はそれが不安だったんじゃない?」






 自覚・・・・・・していないわけではなかった。
そこまで依存しているとも思っていなかったが。
リグはここ数日間の慌ただしい出来事を思い起こした。
妙な胸騒ぎがして、フィルの町に急いでくれと船上で急かした気がする。
町に着けばフィルに会えなくて憤ったり不安になったりした。
そうそう、良からぬ事を企んでいる男たちを目にした時は、ザラキを唱えたいとも思った。
実際に彼女が行方知れずになって救出に向かった時は―――――。
リグはあれこれと細かく思い出し、頭を抱えた。
何をしていたのだ、俺は。
一応冷静さを売りにしていたが、フィルが絡むとそのスタイルはどこかへ吹っ飛ばすようだ。
リグは思い出したついでに発見した。
今まで何かにつけて彼女に逢いに行っていたのは、彼女が心配だったからではなくて、自分自身が逢いたくてたまらなかったからだったと。
認めるのはとても恥ずかしいが、おそらくフィルに想われている以上に彼女を想っていたのだ――――――。





「私はフィルじゃないしあの子みたいな性格でもないから断言はできないんだけどね。フィルは、リグに大切にされてることは嬉しかったのよ。
 でも、自分に何かある度に無茶するリグを見てられなかったんだと思うわ」


「んなこと言ったって心配じゃん・・・。あいつは俺たちみたいに身を守る術ないんだから」


「あのね・・・・・・、フィルだって子どもじゃないの。そりゃ男だったら好きな女を守りたいんでしょうけど、だからって何もかも手を尽くさなくていいのよ」





 たとえ自分の身に何らかのトラブルが生じようと、いちいち動じずにどっしりと構えといてほしいのよ。
ライムはフィルの思いらしきものを代弁すると、納得いかないといった顔をしているリグの頭をぽんと叩いた。
フィルのことを気にせずに旅をしろというのは、今のリグには酷な宣告かもしれない。
しかし、これからもますます凶暴化するであろう魔物たちと対峙する時に、余計なことを考えていてほしくない。
旅は旅、恋愛は恋愛とすっぱりと割り切っていてほしい。
危険に身を晒してまで守ってほしいと思う女なんてどこにもいない。
ライムはフィルの願いがよくわかった。
大好きな人と別れるのは辛いが、愛しい人の心がそれで強くなるというのならば、ライムだってそうしていた。







「俺が強くなってもっとフィルのことを信じられるようになったら、あいつは俺を認めてくれると思う?」


「当たり前でしょ。フィルはそれができるって信じてるでしょうし」


「そっか・・・。・・・フィルってさ、実はものすごくいい女だったのな」


「今更気付いたの? それ、より戻したらちゃんと言ってあげなさいよ?」

「それはやだ」





 誰が面と向かって言ってやるか。
浮いた台詞を言ってフィルを喜ばせるつもりはさらさらなかった。
大体、自分が愛情溢れるようなことを言えるわけがない。
飾られた言葉でなくて、きっぱりとした態度で彼女をもう一度振り向かせる。
正直なところ、いまいちまだ本調子に戻っていないし失恋の傷跡も癒えていない。
ライムの言葉だってあくまでもそれはライム自身が思ったことであってフィルの真意とは違うだろうし、一抹の不安は拭えない。
しかし、いつまでもグダグダとしているわけにもいかなかった。
リグは手早く荷物をまとめると、立ち上がってライムを見下ろした。
彼女がいてくれて本当に良かった。
さすがは幼なじみだ。傷ついてる時、弱気になっている時にはいつだってタイミングよく助けに来てくれる。






「じゃ、行くかライム。俺も一応は大丈夫だから」

「そうみたいね」





 リグとライムは宿屋を出た。
外には既に出発の支度を整え終わっているバースたちがいる。
具合はどうと尋ねてくるエルファに笑顔を見せ、不安げな表情を浮かべているハイドルには地下室のことも合わせて礼を言う。





「みんな悪かったな。でも俺、とりあえずはもう大丈夫。で、次はどこ行く? そろそろ本気でサイモンさんの消息つかまえとかないとハイドルも困るだろ」


「そういても、私たちあんまり情報ないよ?」


「あ、じゃあアイシャのとこ行きましょ。海賊たちなら情報もいっぱい持ってるでしょ」


「海賊・・・? ライム、それは大丈夫なのか? というかなぜ海賊と親交を・・・」






 海賊という不穏な単語を聞いたハイドルが眉を潜めた。
ライムはにっこりとハイドルに笑いかけた。
向こうに行った時の反応が楽しみだから、あのことは黙っておこう。
きっと驚くに違いない。
髪さえ切っていなければ、それで更にからかえたというのにもったいない。




「大丈夫よハイドル。海賊って言ってもすごく気さくな人たちばっかりだから」


「そうなのか。さしずめ義賊といったところかな?」


「そんな感じ。さ、行きましょ」





 てきぱきと船に誘導し始めたライムと、彼女の右手の荷物をさりげなく受け取り隣を歩くハイドル。
2人を見送ると、地上にはリグとバース、そしてエルファが残った。
バースはエルファに先に言っといてと声をかけると、船へと向かう彼女の背中に何やら呪文を飛ばした。
気付かれるのではないかと思ったが、エルファが気付いた様子は全くない。
バースは甲板のライムとハイドルにも同じように呪文を唱えると、いつもの飄々とした表情でリグの方へと向き直った。






「リグ、俺らも行こっか」


「・・・お前、ほんと不器用だな。心配ならこそこそせずに堂々とやればいいのに」

「俺はリグとは別方向に過保護だからさ。悪い虫がつかないように消毒しとかないと」

「ふぅん・・・」





 エルファの後に続いて船に乗り込もうとしたバースに、リグは素早く歩み寄った。
言いたくないのならば言えと強要したりはしないつもりだった。
だが、今は少し違う。
フィルに危害を加えようが呪いをかけようが、厄介な奴に変わりはなかった。





「何だよ、あんまり近寄るなよ。フィルちゃんにフラれたら俺ってか・・・?」


「バカ、気色悪いこと言うなアホ賢者。・・・お前と同じくらい、いや、それ以上にバカでアホなあの黒ずくめの男。
 あいつにはどこに行けば会える?」

「人のこと散々言いやがって・・・。・・・知らねぇよそんなもん。あれの考えてることなんてわかりたくもない。虫唾が走る」



「・・・そうだよな、知らないしいつ出くわすかもわかんないから消毒したんだもんな。
 ・・・俺、あいつだけは俺がどうなっても許す気はないんだ。現れそうな時は教えてくれ」






 リグはバースを軽く小突くと船へと駆け上がった。



 誰もが過去を踏まえた上で変わり、強くなることができるというのならば。
肉体だけでない、心から強く逞しくなって、そしてあの男にまつわる全ての災厄を打ち払うことができるというのならば。
バースは、とても自分では叶えられそうにない願いを元気に甲板を行き来しているリグに託してもいいのだろうかと、己自身に問うた。








あとがき(とつっこみ)

何やらいろいろなことが一気に起こってぜーんぶ次回持越しの商人の町編でした。
連載書いてて今更ながらに思い知りました。その場のノリと勢いで変なキャラ作っちゃいけないって。
・・・にしても、この章で解決した事柄1つもないじゃん、どばぁっと増えただけじゃん・・・。






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