ネクロゴンド 1
なんだかむしゃくしゃする。
リグは甲板でここぞとばかりにいちゃついている賢者2人をちらりと眺め、心の中に黒い炎が灯るのを感じた。
エルファはいい、彼女にはこれといった罪はない。
やはりむしゃくしゃする対象はバースだった。
この間過去の母と出会い、そのあまりの扱いの酷さから少しは優しくしてやろうと思っていたが、それはできそうになかった。
もう無理なのだ、バースは自分たち一家から軽くあしらわれるという星の下に生まれてしまったのだ。
今更天命を覆そうとするだなんて、そんな大層な事できるはずもないし、するつもりもなかった。
エルファは何が良くて彼に惹かれたのだろうか。
弱みでも握られているのだろうか。
顔だけは無駄に整っているからだろうか。
結局は顔なのか。
あいつ、本当は母さんたちとそう変わんない歳なのに。
―――そういえば、なぜバースは年老いることなく生きているのか知らなかった。
訳あってと言っていたが、その理由というのを訊いたことはなかった。
訊こうとも思わなかった。
知りたくないわけではないが、知ったところでこいつのことだ。
どうせまた、常人には理解しがたい滅茶苦茶な裏があるのだろう。
もう何をカミングアウトされても驚かない自信はあったが、相手が言おうとしていない事を根掘り葉掘り尋ね、挙句頭を混乱に陥れるようなことにはなりたくなかった。
人間の頭には許容範囲がある。
特別人よりも優れた頭脳を有していないと自覚しているリグは、これ以上一気に厄介事を詰め込む余裕がなかった。
考え事を抱え込みすぎて、戦闘に支障が出てくるのは避けたかった。
「エルファ、ちょっといい?」
操舵室からライムの声が聞こえる。
船の針路についての相談があるのか、海図を手に呼びかけている。
旧ネクロゴンド王国領のことはエルファに尋ねるのがいいという判断をしたのだろう、地図を覗き込んで2人で何やら話し込んでいる。
女子2人が固まっている隙を狙い、リグはバースに歩み寄った。
「これ見よがしにいちゃつくなんざ、お前いい性格してるな」
「見せつけてないって。前からこうだったろ?」
「・・・エルファもなんでバースにしたのか・・・・・・。お前欠点だらけだぞ」
「その欠点も含めて愛してるって言ってくれたんだよ、エルファは」
知ってか知らずか惚気話をぶちまけるバースの腹に、リグは無言で拳を叩き込んだ。
体を海老のように折り曲げ苦悶の表情を浮かべる彼を冷ややかに見下ろす。
少しだけストレスが解消した気がする。
乱暴を振るって怒りを発散させる趣味はないが、バース相手だとそうでもないらしい。
彼のことは嫌いではないのだが、ものすごく親しく話したりくっついていたいとは思わない。
これも血筋なのだろうか。
そうだとしたら仕方がなかった。
「そういやさ、魔力一度なくなったのに、俺らと会った時から呪文唱えてたよな」
「ちょっとずつ戻ってきたんだよ、なんでか知らないけど。ダーマで本職に戻ったばっかの時もまだ完全じゃなかったし、今だってまだまだ・・・」
「なに、この期に及んで力の出し惜しみしてんの? いいご身分だなバース様は」
「出し惜しみじゃなくて、ほんとに戻りきってないんだって! 本気になったら国ひとつ吹っ飛ばせるほどに強いから」
そう、あの時、ネクロゴンドでエルファが獄に繋がれた時は本当に、この意味のわからない国家を消し飛ばそうと思った。
それができるだけの力はあると自負していたし、あと少し気が短ければバラモスよりも先に滅ぼしていたかもしれない。
そのくらい実は強いのだ。
ルーラくらいしか主に唱えず、勇者にのみ授けられたライデインすらろくに制御できない駆け出し勇者に扱き使われ、虐げられるいわれはないのである。
いつからこんなポジションになってしまったのだろう。
賢者ってもう少し、尊ばれる存在だと思っていたのに。
「リグ、バース、油売ってないでちょっと来て!」
ほら、今だってこうして仕事してない人間だと思われている。
ライムに叱られるとおり、確かに今はリグに絡まれていたのだが。
「ほら、お前のせいでライムに怒られたろ。ちょっとは素行改めろよ」
「何見てリグは俺を不良扱いしてるんだよ・・・」
早くしなさいともう一度ライムに急かされ、慌てて彼女の元へと向かう。
リグたちは海図を囲むと、地図に記された赤い目印へと注目した。
「ここがネクロゴンドのすごく近くまで続く地下道に行ける唯一の道の入り口だよ。ここには昔から大きな火山があって、たぶんそこにガイアの剣を投げ入れるんだと思う」
「地下道なんてあんのか。アリアハンだけかと思ってた」
「敵国の侵入を防ぐためにネクロゴンドの知恵と技術を結集して作られたらしいから、うっかり入ると迷子になっちゃう恐れがあって、誰も入ったことないらしいけど・・・」
「それ地下道の意味ないじゃん」
「だから私に訊かれても行き方知らないよ。そもそも、どの辺りに出るのかもわかんないし・・・」
「まあ、行けるならそれでいいんじゃない? 人が作った道なら人が通れるようにできてるでしょ」
もうそろそろ陸に船寄せるからねと告げ、ライムは舵を取るべく操舵室へと引き返した。
誰か船の扱い方をマスターしてくれるだろうと思っていたが、結局誰も覚えてくれなかった。
バースあたりなら卒なくこなしてくれそうだと期待していたが、見事に裏切られた。
しかし船旅も終わりが近付こうとしている。
今回船を着岸させれば、後は陸地を突き進みネクロゴンドを、バラモスを目指すだけである。
長かった旅にようやく終焉が見えてきた。
まだまだオーブも集まりきっていないし、疑問に思うこともたくさんある。
けれども少しずつ、着実に旅は終わりへと進んでいるのだ。
旅が終わったら何をしよう。
アリアハンへ帰り、王や国を守る王宮戦士としての日々が戻るのだろうか。
平和になった世界をハイドルと2人で旅してまわるのも楽しそうだ。
ぼんやりと平和な世界を思い浮かべながら、船を陸地へと近付けリグたちを顧みた。
リグも、旅に出てから随分と性格が丸くなった。
無愛想なところはあまり変わっていないが、バースやエルファと出会い表情が柔かくなった。
「もうすぐ着くから準備してね」
「了解」
薬草と毒消し草と魔法の聖水とと、手持ちの袋の中に入るだけ物を詰め込む。
ごつごつと岩が転がる大地へと降り立ったリグたちの前には、彼らの往く手を阻むかのように壮大な火山が立ちはだかっていた。