ネクロゴンド 2
荒れた大地にでんと構えている赤茶けた火山を、リグたちは無言で見上げていた。
ここの火口にガイアの剣を投げ入れろ。
サイモンの魂にはそう言われたが、まずもってどうやって火口まで行くというのだ。
登山をするにしても、相当の時間と労力が必要となってくる。
山岳地帯を歩いたことはあったが、本格的に1つの山を制覇したことはない。
旅人は登山家ではないのだ。
よって火口まで辿り着ける自信がない。
随分と簡単に言っちゃってくれたなサイモンさん。
あんたの息子さんだって、さすがにこの山は登れない気がする。
「無茶ぶりされる前に言っとくけど、これ俺に頼んでも無理だからな」
「使えないな」
「だから俺は便利屋じゃねえってば・・・」
どこまでも使えない器用貧乏な賢者に冷ややかな視線を浴びせると、リグは改めて山頂を見つめた。
本当にどうすればいいのだろう。
サイモンから託されたガイアの剣を鞘から抜き、天に掲げてみる。
上空に引っ張り上げられる抗いがたい力を感じたのは、その直後のことだった。
「え、うわ・・・・・・」
「リグ!? ちょっと、何したのよ!?」
「何もしてないって! 足、宙に浮く・・・!」
「早く剣を離して!」
「剣が行方不明になったらどうすんだよ」
いいから早く! リグはライムに力強く引っ張られ、剣から手を放した。
高く高く舞い上がった剣が手元に戻ってくることはない。
どうしてくれるんだよとライムに詰め寄った時、今度は地面が震え始めた。
「ったく、取り込み中に何やってんだよバース」
「俺じゃないって。・・・やばいなー、これたぶん噴火する」
「噴火ってこの火山が? 突然噴火しちゃうんだね」
「うーん、どうだろ・・・。勝手に飛んでった剣が勝手に火口に突き刺さったんじゃないかな」
バースに指摘され、リグとライムは慌てて頂上へ目を凝らした。
剣は見えないが、確かにあちらへと飛んで行った。
自動で火口まで飛んでくれる機能があるのなら、初めからそう教えてほしかった。
投げ入れろと言われたからてっきり、自力であそこまで赴かなければならないものだと思っていたのに。
「ていうか、あそこまで行って投げ入れたら、そいつ死ぬからな。良かったなーリグ、適度に物臭で」
「御託はいいから、エルファだけじゃなくて俺らも庇えよ」
「そりゃもちろん。ここまで来て勇者様見殺しにするわけないだろ」
「大丈夫なのかそれの中。なんかまた意味不明な空間とかじゃないだろうな・・・」
「あのな、あれはそんなにひょいひょい出せるもんじゃないわけ。そうやって人の傷口さりげなく抉ったりすんの止めてくれる?」
「そうだよリグ。あんまりバースを苛めないで」
エルファの優しい援護にバースは思わず涙ぐんだ。
この中で最後まで優しくしてくれるのはエルファだけだ。
リグは人を苛めいたぶることしかしないし、ライムは怒ったらそれはもう恐ろしくて直視できない。
バースいわく安全度100パーセントのバリアの中で待機しながら、砕け散り猛烈な勢いで流れていく溶岩やマグマを見守る。
ジパングのオロチの棲み処とは比べ物にならないくらいに外は暑いのだろう。
冗談でもなんでもなく、身体が溶けて死んでしまいそうだ。
土壇場で魔力を発揮するのはバースのいいところだ。
かつては発揮した力が本来とは全く逆の効果を及ぼすことがあったようだが、相当の報いを受けて反省し、そして成長したのだろう。
今こそ、母子2代に渡って続くバースいびりに小休憩を挟む時。
リグはすげーなーと声を上げ自然の活動を見学していたバースに声をかけた。
「バース、お前も使えるときゃ使える賢者だな」
「・・・どうしたリグ? 何か悪いもんでも食べたのか? あ、実はさっき溶岩が頭を直撃してたとか・・・」
「・・・・・・やっぱ全っ然駄目だなお前。本気でいっぺん自分の体氷漬けにしてこい」
「バース・・・・・・、今のはバースが駄目だったよ・・・」
「エルファまで!?」
バースの同様と呼応して、バリアがゆらりと震えた。
想像以上の爆発を繰り返した火山は、今はもう形すら残っていない。
焼き焦げ、剥き出しになった大地を踏みしめ山岳地帯を急ぐ。
バラモス支配の影響を色濃く受けているこの辺りは、周囲に漂う空気すら殺伐としている。
あの火山を破壊したことで、ここの魔物たちが大移動を始めなければいいのだが。
若干の不安はあるが、だからといって再びあの山を生み出すこともできないので放っておくしかない。
それにしても凄まじい大爆発だった。
川を飲み込み道に変えるという脅威の突貫工事は、自然界の力をもってしなければまず成しえなかっただろう。
ガイアの剣も溶けてしまったのか、自らの役目の終焉を悟っていたのか、探しても見つけることはできなかった。
見事にサイモンのただ1つの形見を失くしてしまったわけだ。
ハイドルのことだから笑って許してくれるだろうが、全てが終わったらきちんと謝罪に行こうと思う。
欠片も残っていないとは、さすがに申し訳ない。
「・・・行くか」
「うん。うわぁ、城の外ってこんなに荒れてたんだ・・・」
「バラモスが来てからこんなに酷くなっちゃったんじゃない? 全部禿山なんてありえないもの」
草木の生えない荒野を横目にひたすら歩く。
足場は悪いし空気も美味しくないし、今まで訪れた土地の中でもずば抜けて過ごしにくい場所だった。
ネクロゴンドの隠し通路とやらが本当に使われていたのかはわからないが、たとえそれを使って脱出を図ったとしても、
開けた道がこんなにごつごつとした山地では逃げることも難しかっただろう。
何から逃げるための通路だったのかもリグにはわからなかったが、それを使っても無事でいられるとは思えなかった。
「トロルに地面を平らにしてもらったらどうだろ。そしたら歩きやすくなる」
「あ、それいい考え! すごいねリグ」
「あいつら馬鹿だから、適当にマヌーサかメダパニして走らせてればなんとかなるだろ。バース、ちょっとやってこい」
「俺? 下手したら俺が平らになっちゃうんだけど」
「じゃあほら、星降る腕輪貸してやるよ」
そういう問題ではない。
そう反論したかったが、何を言っても変わらないことはこれまでの冒険上しっかりと立証されている。
仕方がない、やるしかない。
確かにリグが言うとおり、トロルの知能指数はとても低い。
まともに戦えばその馬鹿力に押され、苦戦を強いられてしまう。
ネクロゴンドへはまだまだ遠いのだから、入り口近くで余計な手間をかけたくない。
リグが言いたいのはおそらくはこんなものだろう。
これらはっきりとした理由をことごとく端折ると、『バース』が身体を張って『適当にマヌーサかメダパニして走らせて』くるのだ。
彼の意図するところをきちんと汲み取っているはずだからまだいいが頼む、もう少しだけ詳しく説明して欲しい。
これではただの妄想ではないか。
そんなの空しすぎるし、自己完結にも程がある。
「おー来た来た。じゃあバース、俺たちあそこに隠れてるから後は頼んだ」
「せめて誰か、トロルの気を逸らす役とかやってくれよ!」
「ったくわがままな奴だな、ほら」
リグは足元に転がっていた石を思いきりトロルに投げつけた。
のろりとこちらを振り向いたと同時にさっさと逃げ出す。
あいつら本当に俺に一任するつもりだ。
エルファまでも逃げてしまうとは、捨てられた感が多分にある。
いや、エルファはきっと俺ならばできると信じて任せてくれたのだろう。
そうだ、そうに決まっている。そう信じたい。
リグたちが遠くへ離れたことを確認し、バースは呪文を詠唱する体勢に入った。
マヌーサやメダパニでは物足りない。
「土に還れ。ザギ」
叫び声を上げる間もなく、バースの前にトロルが倒れ伏した。