時と翼と英雄たち


ネクロゴンド    3







 気合いが空回りした。自信を喪失しそうになる。
バースは、悪いことをやったわけでもないのにリグに叱られているという現実に、旅を始めてからもう何度目かもわからない泣きたい気分になった。





「俺が何て言ったか覚えてるか?」


「さて、何だったかなあ・・・」


「トロルに道を作らせるから囮になれって言ったんだよ。そうだってのに、なんでザギなんてすんだよ」


「魔物倒したからいいじゃん! 魔物は狩るべき対象なの!」





 徐々に言い合う声量を大きくしていく2人に、エルファは静かにしてと注意した。
ひっそりこっそり移動しているのだ。
体力を使わないためにも、あまり多くの魔物と交戦したくない。





「リグ、もうバースを許してあげて。どうせ倒す予定だったトロルをちょっと早めに倒したと思おう?」


「でもエルファ・・・」


「エルファの言う通りだって。むしろザギ一発で倒してやった俺に感謝してほしいよな」

「お前は黙ってろ」






 ぶちぶちと文句を言いながらも結局は自分で道を切り開き進んでいくリグの背中を見て、エルファは苦笑した。
実はそれほど怒っていないのにバースを叱り飛ばすのはリグの癖だ。
無駄に怒りやすいリグを宥めるのが自分の癖で、最終的に場をまとめるのがライムである。
きっと今回だってそうだろう、そろそろライムが出てくるはず。
期待を込めてライムの言葉を待ったエルファだったが、待ち望んだ仲裁の声はいつまでも聞こえてこない。
どうしたのだろうと思い彼女を見やると、何かを考えているのか難しい顔をして黙り込んでいる。
やっぱりと小さく呟いているのが聞こえたが、エルファには何が『やっぱり』なのかわからない。
果たして今、リグとバースが騒いでいることに気付いているのか、それすら疑いたくなるほどにライムは集中していた。





「ライム、どうしたのライム」


「え? ・・・ああ、なんでもないの」


「なんでもないわけないだろ、さっきのライム、俺たちに無関心すぎ」


「そうだった?」


「うん。1人で難しい顔して、考え事してるみたいだったよ。何か困ったこと?」


「なんでもないのよ本当に。自分で解決できるから大丈夫」






 不安げな表情を浮かべているリグたちに笑いかければ、ようやく3人も安心した顔に戻る。
あまり不安にさせたり、波風を立たせない方がいいだろう。
今までだってずっと、旅をしながら様々な問題に立ち向かってきたのだ。
今くらいは目の前のことだけに集中させておきたいし、そうすべきだった。
神などではないが、決して得体の知れないものでもない何かに見守られ続けているなど、今は伝えるべきではない。
そうだと知った時は、悟ってしまった己の感覚がおかしいのではないかとすら思ったくらいなのだ。
知っただけでその事実の前後関係も因縁もわからない今は、疑問も矛盾も封じておくべきだった。






「あ、バースあれかな! ほら、すごく怪しい洞穴がある」


「地図見てもここが行き止まりみたいだし、そこっぽいな」


「城で聞いた話だと相当中は入り組んでるらしいから、気を付けなくちゃね」





 中に入りすぐに出迎えてくれた騎士像の場違いさに慄きながらも、少しずつ先へと進む。
人造とはいえ本当にこれを造ったところで無事に脱出できるのかというくらいに入り組んだ造りのため、何度も行き止まりに出くわす。
引き返そうとしたところで魔物の襲来となれば、戦うしかない。




「手荒い歓迎ばっかり、少しは趣向を凝らしてほしいよなー」


「魔物の食事なんて食ってられるか」


「そういやこいつら、何食ってんだろう」


「おばけきのことかじゃねえの!」




 あれは美味しくなかったよなぁと当時を思い出したのか、苦々しい顔をして地獄の騎士にゾンビキラーを突き刺したバースに続き、リグが真っ二つに叩き斬る。
ライムたちの加勢をしようと振り返ればこちらも既に片付けている。
折れちゃうかもしれないから杖で叩くのは止めなさいと忠告しているライムに、エルファがでもと食い下がっていた。





「でも私も攻撃したい・・・」


「杖じゃ難しいだろうし、諦めろエルファ」


「私もライムとバースみたいにゾンビキラー欲しかった」


「うーん、俺があげた雷の杖じゃ駄目?」


「駄目じゃないけど、直接攻撃するなら剣がいいな」


「でもねエルファ、剣って扱うの難しいのよ?」






 練習しないと上手になれないのよと諭されるが、まだ納得しきれない。
自分だけゾンビキラーと買ってもらえなかったのは技術の云々ではなく、単にお金が足りなかったからだと思う。
バースがくれた雷の杖は勝手に炎を吹き出してくれる優れものだが、叩くとなると心許ない。
宥められて一応納得したふりをして進んでいたエルファの目に宝箱の姿が飛び込んできたのは、まもなくのことだった。







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