ランシール 4
何度目かに遭遇した魔物を切り伏せると、リグは額に浮かんだ汗を拭い壁にもたれた。
人付き合いが苦手だとは自他共に認めている。
それでも、今の今まで独りで戦ったことはなかった。
振り返ればエルファが補助呪文を唱えていて、彼女の隣ではバースが豪快に攻撃呪文をぶっ放している。
隣を顧みれば己の隙を補うかのようにライムが立ち回っていた。
時に助け、時には苛々させ心配させた仲間が誰もいない。
一見気楽なように思えたものの、リグにとってその事実は空虚なもの以外のなんでもなかった。
「いたらいたであれだけど・・・」
剣がぶつかる音と自身の息遣い、魔物の呻き声だけが支配する空間は嫌に寒々しかった。
足元からじわりと這い上がってくる奇妙な寒気にリグはぞっとした。
すぐそこまで闇が迫り来ている錯覚に陥りそうになり、慌てて心を奮い立たせるぐらいだ。
迂闊にライムやエルファに行かせていたら、泣き出すどころじゃ済まなかったかもしれない。
下手をすれば還れなくなるとリグの本能がしきりに警告していた。
この冷たい世界にいて平静でいられるのは、おそらく無音の世界を体験した者だけだろう。
そう、例えば何食わぬ顔で行きたいとほざいていた某馬鹿賢者だ。
あれこれと事情を隠しているようだが、いずれはボロが出てくる。
今だって奴は気付いていないのだろう。
エルファを見つめるその瞳の奥が、時折まったく笑っていないということに。
あれほど感情を殺して接することは、ポーカーフェイスを自称しているリグにもできそうになかった。
「・・・やっぱ、行くべくして俺が選ばれたのかな」
生半可な覚悟では耐えられない。
これ以上の苦行と冷たさを与えなくても良い。
これから必要になるのは、ただ1人という境地に在っても我を失わない心の強さなのだ。
何が待ち構えていようと、どんな苦難や真実に直面しても動じずに切り抜けるしたたかさなのだ。
それができて、なおかつもっとも必要に迫られるのは自分しかいなかった。
リグは壁から離れると、今から踏み出す真っ黒な回廊を見やった。
さほど入り組んだ造りではない。
多少の行き止まりはあったが、それも今までに踏み込んできた洞窟の数々を考えると厄介なものではなかった。
オーブの眠る世界の中心へと真っ直ぐに伸びていると思うぐらいである。
地上で自分を信じて待ってくれている人がいる。
リグはそう思い、再び歩き出した。
「リグ大丈夫かな、道迷ったり毒に侵されたりしてないかな」
リグが消えた回廊の奥を見つめ、エルファが不安げに呟いた。
バースではなくリグを推薦した手前もある。
結局はくじで決めた人選だが、もしも何かあったらと思うと気が気でなかった。
「勘は鋭いから迷子にはならないと思うけど」
「そうそう、リグの直感に任せときゃいいって。それに俺行く寸前にバイキルトかけといたし」
「あ、それは私も・・・。ピオリムとスカラとフバーハとっていろいろ・・・」
ただ単に行ってらっしゃい気をつけてねと両手を振って送り出したわけではないのだ。
背を向けたリグにこっそりとあれこれ呪文を施しておいたのだ。
呪文を唱えることのできないライムだって、ひそかにリグの袋の中に薬草と毒消し草と聖水を入れていた。
オプションはやたらとつけたのだから、無事に帰ってきてもらわねば困るのだ。
それにいくら独りぼっちの冒険とはいえ、草薙の剣を背負った希代の勇者がこんな所で野垂れ死になどするはずがない。
「なーんか、その気になればへそに俺らも行けそうだけどな」
バースが意味深な言葉と共にちらりと視線を向けると、神官の顔が強張った。
心なしか杖をきつく握り締め声高に叫びだす。
「お、掟を守らぬ者はこの神殿から放り出すぞ!?」
「・・・ねぇ、杖の先光ってるわよ。呪文唱えるんじゃないでしょうね・・・」
「あーはいはい冗談だって。だからんな物騒なもん振り回さずに大人しくしろって」
今にも火の玉が飛び出してきそうな神官の杖をバースは無造作に掴んだ。
彼の手が杖に触れた瞬間に光も消える。
ぎょっとして神官がバースを見つめると、バースはにやりと笑って見せた。
「俺らに危害加えたら、この神殿吹っ飛ばすからな? ったくランシールの神官ともあろう奴がこんな簡単に魔力使っちゃって・・・」
「やっぱりずっと1人きりでいたら、性格が歪むのかもね」
ライムの何気ない、けれども止めの一言に神官の首ががくりと垂れたのだった。
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