ランシール 5
リグはこれから行く先の壁にずらりとはめ込まれている不気味な仮面を睨みつけていた。
仮面の前を歩くと『引き返せ・・・』と低い声で呻く。
奥に進み、歩くたびにいちいち言われるのはうるさいし、何よりもムカついた。
何をもって引き返せと言っているのかはわからず、また知りたいとも思わないが、こう何度も引き返せと言われては先に行きたくなるのが人間というものだ。
『引き返せ・・・』
「・・・・・・うるさい」
仮面の言葉をことごとく無視してずんずん歩く。
こんな言葉に惑わされるぐらいなら、魔物と戦っている方が楽だった。
耳に付く引き返せコールに調子を狂わされ、行く手を阻む魔物もリグの犠牲となり真っ二つになる。
リグの通った後は未だ消えきらない魔物の残骸が転がり、地面だけ見ればまるで地獄である。
『引き返せ・・・』
ようやく最後と思しき角を曲がりきったリグは、思いっきり眉間に皺を寄せた。
彼の目に映るのは宝箱でもオーブでもなく、ひねくれ者の勇者の到来を今か今かと待ち構えていた魔物たちと、その後ろに高くそびえる壁だった。
『愚かなる者よ、人の言うことは素直に「黙れバ仮面」
偉そうに説教を垂れ始めた仮面の中央に、リグはぐさりと剣を突き刺した。
人を馬鹿にするにも程がある。
結構な距離を歩かせ、なおかつずっと下らない妄言(今となっては正しかったが)に付き合わされ、挙句の果てにオーブはなくただの行き止まり。
表情にこそさほどの変化はなかったが、リグは猛烈に怒っていた。
多少の責任転嫁もあろうが、静かに怒りの炎を燃やしていた。
分岐に分かれるのが面倒なことこの上ないので、いっそのこと壁ごと破壊してしまおうかと画策するほどに。
リグはこの時初めて、爆発呪文を使うことができないことを悔やんだ。
「・・・俺は今急いでる。用があるならとっとと来い」
リグは剣を水平に構えるとそれに力を込めた。
草薙の剣から発せられた波動が魔物たちにまとわり付く。
守備力が下がった雑魚なんて束になっても同じこと。
数分後、大した傷もなく無言で剣を鞘に収めたリグの足元には、息絶えて間もない魔物が横たわっていた。
「・・・無駄な時間を過ごしたな・・・・・・」
くるりと背を向け足早に元来た道を引き返すリグの背には、どの仮面も何も言わない。
串刺しにされてはたまらない。
しかし、仮面たちはまた同じ過ちを犯してしまうのである。
リグが新たに進みだしたもう1本の道―――――、こちらにもびっしりと仮面がスタンバイしていたのだが、彼らも引き返せコールを始めてしまったのだ。
『引きか「燃やされるのと串刺しにされるの、手段は選ばせてやるよ」
『・・・・・・』
リグの本気の脅しが効いたのか、仮面が一斉に黙りこくる。
うっかり職業病ゆえか引き返せと言ってしまった仮面の口には、そこらへんに転がっていた瓦礫を詰め込む。
そうして妙な緊迫感の中歩き続けたリグは、今度こそオーブが入っているであろう宝箱を見つけた。
「やっと見つけた・・・、ブルーオーブ・・・」
先程までの乱暴さとは打って変わって優しい手つきでオーブを手にとったリグは、ようやく安堵の笑みを浮かべた。
道中いろいろ不運な目に遭ったり心にもない悪戯を仕掛けられたりしたが、これでやっと地上に帰ることができる。
リグは丁寧にオーブを袋に仕舞いこむと、残っていた魔力でリレミトを唱えた。
もちろん、串刺し及び口を塞いだ仮面はそのままにしての帰還だった。
ランシールの神殿へと戻ったリグは、エルファからの熱烈歓迎に思わず尻餅をついた。
帰還を喜んでくれるのは嬉しいが、彼女の後ろで引きつった笑みを見せて仁王立ちしているバースがおっかない。
下手な魔物よりも恐ろしいのは仲間である。
「良かった良かった無事で・・・」
「まぁ、いい力試しにはなったかな」
とりあえずエルファを引き剥がすと、リグはブルーオーブを取り出した。
静かに光り輝いているそれは、吸い込まれそうなぐらいに深い色をしていた。
洞窟の中で見るよりも、やはり地上で見る方が美しい。
「よくあの仮面に耐えたものだ。さすがは勇者」
並みの者ならばあやつらの声で精神に異常をきたすというのに。
感慨深げに呟く神官に、リグは大きく頷いた。
「ほんとにあのやかましい仮面、どうせなら全部潰しときゃ良かったな」
「そう、潰す・・・ってお主、あの仮面に危害を加えたのか!?」
お主それでも勇者か、あぁ嘆かわしいと声高らかに叫ぶ神官を冷めた目で睨むと、リグは今後のことだけどと話を続けた。
オーブを手に入れた以上、ランシールに用はない。
となれば、次の行き先を決めなければならない。
「リグが1人で頑張ってる間に俺ら聞き込みとかしてたけどさ、次はサマンオサに行こうって話をしてたんだ」
「サマンオサ?」
「お、おい勇者! お主もう一度中へ入り仮面を「バース、あいつをどうにかしてくれ」
ヒステリーを起こしている神官に目も向けず、リグは冷ややかに処置を依頼する。
はいはーいとバースは軽く返事をすると、視線は床に広げた地図に落としたまま手だけをを神官の方へと向けた。
数秒後ばたりと人が倒れる音がしたのを確認し、再び話をサマンオサに戻す。
「サマンオサっていうのは山脈に囲まれたとこにある大国。アイシャさんたち海賊団の棲家と同じ大陸にある」
「でもあそこは浅瀬と山脈で入れなかったじゃん」
旅の扉を使って行くんだよ、エルファが言葉を継いだ。
「サマンオサは外部からの敵の進入を防ぐために、天然の要害に城を造ったの。
でもそれでも心配だったから、厳重に保護されてる旅の扉を使わないと行き来できないようにしたんだよ」
「待てよエルファ。昔父さんの友人がそこらへんに住んでなかったっけ・・・?」
リグは父オルテガの交友関係を思い出した。
ごくたまに、家に遊びに来ていたえらく体格がいい男性がいた。
ものすごく強いのに自分には優しくて紳士的だった彼の出身は、山に囲まれた国と言っていなかっただろうか。
「リグ、あの人よサイモンさん。ほら、サマンオサの勇者と言われててオルテガ様と一緒に話し込んでたじゃない」
「あぁサイモンさん。あの人サマンオサ出身だったのか。・・・でもサイモンさんは確かどっかの牢獄で・・・」
「それを確かめるためにも一度サマンオサに行っとこうと思ってさ。それに俺ら、その国についての近況は何も知らない」
情報が故意に遮断されているのか、それともただ単に特記すべきこともないような平穏な日々が続いているだけなのか。
気付いた頃にはもう手遅れだったというようなことになってほしくない。
その思いは4人とも同じだった。
リグたちがランシールから去った数時間後、バースのラリホーマによって眠らされていた神官がむくりと体を起こした。
そしてリグの凶行を確かめに単身洞窟へと赴いた彼は、あまりに酷い仮面の崩壊具合に再び魂を飛ばしたのだった。
あとがき(とつっこみ)
第3章『果てにあるもの』、これにて終了でございます。
フィルとの別れ、ライムの出自、どれも地図の端のあたりで起こった出来事です。
オーブ巡りの旅もようやく折り返し地点に到達しました。
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