リムルダール 4
知っているのなら、どうして教えてくれなかった。
言いにくいことだとはわかっているが、大事なことだからこそ知った時に隠さず伝えてほしかった。
精霊の祠を後にしたリグたちは、重い足取りでリムルダールへと向かっていた。
道中現れる魔物たちを斬り伏せる王者の剣は、かつて勇者が使っていたと言われる金属を用いてつくられた唯一無二の剣だ。
身に纏う鎧も盾も、選ばれし者しか身につけることができない伝説の逸品だ。
武具たちには勇者の名を継ぐ者として受け入れられているのに、神霊の世界においては勇者とは認められない。
許可なんてなくても、勇者ではなくてもこうして魔物とは戦えるしバラモスも倒した。
それでも精霊たちはこちらを頑なに勇者と認めようとはしなかった。
アレフガルドの民も賢者たちも成し遂げられなかった精霊ルビスを復活させたのに、これ以上の戦果を挙げることのできる『勇者』が他にいるというのか。
父オルテガならばあるいはできるかもしれないが、オルテガでも自身でもない『勇者』がまだこの闇の大地に潜んでいるというのか。
そうだとしたら彼はいったいどこで何をしているのだ。
会って今すぐ言ってやりたい。
お前が世界を救え、と。
「・・・ここらで今日は休もっか」
「・・・ああ」
平時ならばもっと賑やかに野営の支度をするが、今日はさすがに空気も重い。
黙々と火を熾し夕食の準備を始めたバースの背中に、リグは耐えきれず声をかけた。
「いつから知ってたんだ」
「んー? 何をー?」
「俺が勇者じゃないって」
「あー・・・」
俺も参ってるんだよーとぼやきながらバースが振り返る。
まあちょっと座れよと促され焚火の周りに腰を下ろしたリグは、相次いで現れた不安顔のエルファとライムを順に見ると、バースに座ったと告げた。
バースは思ったよりも淡々としている。
勇者ではない者に勇者としての役目を与えたことに対してまるで何の罪悪感も抱いていないかのようで、リグは少しだけこの賢者を恐ろしく思った。
「初めに言っとく。俺はリグのことは勇者だと思ってた。ルビス様から聖なる守りを授けられ言葉を交わし、ああいった防具も装備できるリグが勇者だと思ってる。今もそうだよ」
「じゃあいつから俺が勇者じゃないって知ったんだよ。本物の勇者はどこにいるんだよ」
「リグは勇者じゃないかもしれないって最初に教えてくれたのはローラ姫。こないだ城を発つ前にこっそり話してくれた。
彼女自身、夢で見ただけだから信じたくはなかったみたいだ」
「私がバースから聞いたのはそれからすぐよ。・・・ごめんなさい、もっとちゃんと話しておくべきだったわ」
「まあ話してほしかったけど、さ」
問題の本質はそこではないと思う。
勇者ではないただの旅人が、果たしてゾーマと戦って勝利を収めることはできるのか。
犬死するだけであればそんな無謀な戦いにライムたちを巻き込みたくはないし、そもそも行く気も起こらない。
ルビスやエルフたちは勇者に『ふさわしい』からと神器を授けてくれたが、本物の勇者ではない自分が上手くそれらを使いこなせるのかは本番になるまでわからない。
失敗はできない。
いつぞやのエルファのように時を跨いで祈りを繋ぐことはできないのだ。
させてもいけない。
これ以上彼らに負担と苦痛を与えるつもりはリグにはまったくなかった。
「私はリグのこと、勇者じゃなくても好きだよ。何も覚えていなくて倒れていた私を拾って助けてくれたあの日から、リグは私にとってはたった1人の勇者だよ。
もちろん今だってそう。・・・帰るべき国を喪い守るべき人も守れなかった私が今も戦う理由は、あなたがリグだから」
勇者の定義が何か、エルファにはわからない。
オルテガ、サイモン、そしてリグ。
いずれも勇者と呼ばれ、それに見合う活躍をしてきた英雄たちだ。
勇者という職業は存在しない。
誰もが望んで就けるものではない。
もしもリグがエルフやローラが言ったように本物の勇者でなかったとして、それで何が変わるというのだろう。
少なくとも自身の思いは何も変わらない。
エルファはたとえリグが勇者でなくとも共に戦っていくと、出会った時から決めていた。
「エルファ、そう言ってくれるのは照れるくらいに嬉しいんだけどさ、俺が考えてる問題はそこじゃないんだよ。
ゾーマってバラモスの上を行く魔王なんだろ。そんな奴に勇者じゃないかもしれない俺がそもそも立ち向かえるのかってこと。
こうさ、魔王ともなれば強力な結界とか作ってそうじゃん。ただの人間の母さんですら作れる結界とかはさ、さすがにそれなりの資質とかいるんじゃないかなって思うんだよ」
「ゾーマには実際に闇の衣と呼ばれる強力な結界がある。あらゆる攻撃を寄せ付けず、身に纏う者が放つ攻撃の威力は倍増するともいう」
「そんな攻撃受けたら私でも耐えられないわ」
「うーん・・・・・・。確か闇の衣は打ち消すことができたはずなんだよなあ・・・。どこかで見るか聞くかした覚えはあるんだよ、どこだったかとか何も思い出せないんだけど」
何せこちとら名門賢者一族の出とはいえ、不良をしていた期間が長かった落ちこぼれだ。
優れた魔力があっても、知識の量という話になれば同年代の賢者たちに数段劣る自信はある。
リグが勇者ではないのであれば、こちらはそれ以上に賢者に相応しくない。
ルビスはいったいなぜ、まだ勇者ではなかったリグに加護を与えたのだろう。
与えて揉めるとは見通していなかったのだろうか。
せめて直近の部下のエルフくらいには意思伝達をしていてほしかった。
「丸投げと思われるかもしれないけど、俺もエルファと意見は同じだ。
素性の怪しかった俺を仲間だと言って迎え入れてくれた日から、俺はリグについていくって決めてた」
「途中でお前はよくいなくなってたけどな」
「それでも! ・・・そんな俺でも見捨てずアレフガルドまで来てくれたリグに、これからも俺はついていく。
ゾーマを倒してほしいってのがやっぱ一番の願いだけど、俺はリグがアリアハンに戻りたいって言うんならそれでもいいかなって思うようになった」
勇者として生まれ育てられ勇者に恥じない生き方をするようにと言われそのつもりで過ごしてきて、勇者ではないと知って初めて生き方に自由を得た気がする。
選ぶ自由を与えてくれたのは仲間たちだ。
勇者だからではなく、『リグ』だからついてきてくれた友たちだ。
選んでいいと彼らは言う。
彼らはきっと、自分がどんな道を選んでもついてきてくれるだろう。
勝ち目のない戦いに赴くと聞いても、共に行ってくれるのだろう。
勇者にはなれそうになかったが、世界で最も素晴らしい友人たちには巡り会えた。
「ゾーマは倒す。俺らがゾーマのとこに行ったってなれば本物の勇者も今度こそ来るかもしれないだろ。俺は、勇者が来るまでゾーマを止める」
そして遅れてやって来た勇者にこう言うんだ、遅すぎるって。
リグの戦闘続行宣言に、ライムたちは大きく頷いた。