時の迷い子 3
ネクロゴンドで無銭飲食と宿泊を重ねていた時からそうだった。
実は本気で嫌われているか、もしくは煙たく思われているのでは。
そう思ったことが何度あっただろうか。
本当に、母子というのは血の繋がりもあってかよく似ている。
バースは目の前に座っている2人の仲間を眺めた。
リグの無表情が怖い。ライムの怒った顔が美しすぎて直視できない。
「今更何しに戻って来たんだよ。あれか、俺に命差し出すためか」
「いや、あの、その・・・・・・、ごめんリグ、ライム。ちゃんと頭冷やしてきたからさ」
「一旦お前、本気で自分の体を氷の中に閉じ込めた方がいいと思うぞ。賢者ってのはこんなにも馬鹿なのか」
「・・・・・・」
泣きたい。
アリアハンへと向かう道中も、こんな仕打ちが待っているだろうとは覚悟していた。
しかし少しくらい、悪い予感を裏切ってくれてもいいではないか。
誰にだって行方をくらましたくなる時期の一度や二度はあるものだ。
現にエルファは許してくれた。
バースは縋るようにエルファを見つめた。
困ったように笑いかけてくれるだけで、手助けするつもりはないらしい。
エルファに頼っちゃ駄目よとライムにも言われ、バースはいよいよ泣きたくなってきた。
「あのね、私たち思ったよりもバースの事知らないんだから、あんまり勝手にいなくなられちゃうとお手上げなの。わかる?」
「はい・・・・・・」
「私はリグみたいな事を言うつもりはないけど・・・。実はリゼルさんくらいの年を取ってるんなら、もう少し分別ある行動したら?」
「いや、それについては俺、年取ってないんだよね。見た目どおりの年齢だから安心して」
「嘘つけ。お前の髪ってやっぱ白髪だったのな」
「白じゃないって、銀だって言ってんだろ!?」
母と父譲りの曇りひとつない瞳を真っ直ぐ向けられ暴言を吐かれ、バースは思わず立ち上がった。
どいつもこいつも大人しくしていれば好き放題言いやがって。
本気になればこんな国簡単に滅ぼせるんだよ。
立ち上がったバースを見上げたリグとライムは顔を見合わせると、ふっと頬を緩めた。
やっと元に戻ったなと言われ、何の事かわからず反応が遅れる。
リグは台所を振り返り母の名を呼ぶと、今度はにやりと笑いかけた。
「お前がしおらしくしてると気持ち悪いんだよ。いろんな意味で戻って来てくれて良かったと思ってる」
「リグ・・・・・・。それならそうと初めから」
「だってつまらないでしょ、それじゃ」
ライムはエルファを見つめるとにこりと笑いあった。
どうやらエルファもぐるになっていたらしい。
変なところでチームワークがいいものだ。
仲間外れにされたのは気に食わないが。
仲間外れ、そう思いバースは、改めて自分がこの勇者一行を大切に思っていると知った。
「お帰りなさいバース君。息子共々お世話になりっ放しでごめんなさいね」
「俺は王女時代のあなたにも息子さんにも、主にストレス発散の道具として扱き使われてるみたいで」
「・・・そうね、否定はできないかも。ね、リグ」
「仕方ないよ、母さんは父さんと駆け落ちするまでストレス発散する場所なかったんだし」
「私じゃ役不足だったんですか!?」
「まさか。私はエルファ、あなたがいてくれるだけでとても嬉しかったのよ?」
本人を前にして、なんという苛めか。
ストレスを溜め込みすぎて胃を病んでしまうのはこちらの方だというのに。
恐るべしネクロゴンド一族、末代までしごき倒すとは侮れない。
「ところでバース、ローブの胸のあたりに染みがついてるけどどうしたの?」
「あ、ほんとだ。エルファが泣いた跡かも」
「わ、ごめんねバース。後で洗わなくちゃ」
「・・・エルファを、泣かせた・・・・・・?」
バース君と呼ばれ、バースはぴしりと固まった。
やっぱり俺はこの人には、エルファに関することでは心の底から敵視されてる。
極力平静を装って笑顔で振り返ると、バースの3倍は美しい笑みを浮かべているリゼルが口を開いた。
「2人の関係にとやかく口を挟むつもりはないけどね、今度エルファを泣かせるようなことしたら、エルファにあの事話しますからね」
「あの事って・・・?」
「決まっているでしょう。あなたがエルファの隠しブロマイ「何さらっと言ってるんですかこの人!?」
怖い、この母親怖い。
実の母であろうと、母だけは怒らせたらいけない。
今まで幾度となく叱られはしたが、あれは全て序の口だったということだろうか。
本気で怒らせたら最後、二度と家に入れてもらえないような気さえする。
幼少時からの叱られ常習犯であるリグとライムは再び顔を見合わせると、凍りついた表情で大きく頷きあった。
部屋の窓から夜空を眺める。
この空の彼方から昔、ネクロゴンドを襲来する魔物たちが飛来したのか。
見た目は同じでも自分よりも遥かに長く過酷な道を歩んできたバースとエルファには、ただただ驚くことしかできなかった。
母が若い頃に友として接していた人間が、今はこうして息子の旅の仲間となり共にいる。
制御不可能だと言われた禁術を使ったにしては、随分と縁深い未来に運ばれたものだ。
打つ手がなく術の暴走を止めることができなかったのは、確かにバースの力不足が招いた結果だろう。
しかしリグは、それが本当にバースの力によるものだけなのかと疑問に思っていた。
本当は、神だか精霊だか知らないが、何か大きな別の力に導かれたのではないか。
そう思ってしまうほど、リグにとってあの事件の顛末は出来すぎたものだった。
「まるで、誰かに操られてるみたいだな」
母から譲られた本は、バースが帰って来るまでに一通り目を通すことができた。
そのほとんどの内容は興味のないものばかりで、退屈しのぎになることもなかった。
ネクロゴンド王国は、今現在栄えている全ての国家の祖にあたる、全ての始まりとなる国だったらしい。
いかにも強大な力を持った国家が考えそうなおとぎ話である。
本当なのかと母に訊いても、笑って首を横に振るだろう。
遥かなる先祖は、魔の力が宿るネクロゴンドの地を制して初めて、世界の平穏を感じたという。
肥沃な大地、格好の漁場となる湾を擁した地も数多くあった。
しかし祖は、再び悪の力が栄えぬように自らその大地の上に王国を作り、魔を抑える役目を果たすようになったという。
アリアハンの歴史にも大した興味を持てないリグにとって創世記は、夢のような話だった。
しかし、あながち間違いではないのだろう。
バラモスの軍勢は古から魔物の力を増大させる力を秘めていたネクロゴンドを狙い、真っ先に攻撃を仕掛けた。
一族の中で時折現れる、負の波動の全てを無効化する力を持った者がいない以上は、大国ネクロゴントもただの人間の集合体に過ぎない。
祖先が1人で悪を封じることができたのは、特別な力を持っていたためだった。
たまたま何の因果か、王女という自由業に無関心どころか嫌気すら差していた母が駆け落ちなんぞしたから、どんなにエルファたちが奮戦しても勝利は遠かったのだろう。
人間が魔物よりも弱い存在だとは思いたくないし思ったこともないが、一度も命の危険に晒されることなく安穏と生きてきた人々が、急に果敢になって戦えるはずはない。
母の力は素晴らしいと思う。対魔の力は、魔を滅する者にとっては何よりも魅力的な力だ。
しかし母自身は己がそんな大層な力を持っているとは今も知らないのだろうが―――――、力が仇となり、為す術なく敗れてしまったのも事実だった。
運命というのは皮肉なものである。
ネクロゴンド国民全ての命を見捨て幸せを掴んだ末に生まれた息子が、今になって亡国の民と共に仇討ちに赴いているのだから。
しかし、その因縁のおかげでネクロゴンド城が他人の城だとも思えなくなってきた。
あそこへ行く時は、花でも持って行くべきかもしれない。
「俺も世が世であれば王子様・・・・・・。・・・勇者って呼ばれるのとどっちが良かったんだろ」
ばっちりと正装をした自身の姿を想像し、そのあまりの似合わなさから、リグはすぐに頭の中の王子様像を打ち消した。