時と翼と英雄たち

スー    8




 ごごごごごごご・・・、と重々しい音が地下室に鳴り響く。
続いて、ぜーはーという、荒い息遣いが4人分。
もうだめ、と呟いてエルファがへたり込んだ。






「こ、こんなの人の力で動かすの無茶だよ・・・。」


「うっわ、エルファ手が切れてんじゃん。
 なんでもっと早くに言わないんだよ。」





 リグは若干血の滲んだエルファの小さな手を取ると、ホイミをかけた。
そして彼女の隣に腰を下ろすと、大きく息を吐いた。




「本っ当に、これしか方法はないのか?
 もっと頭を使ったやり方があってもよさそうじゃん。」


「そうよね。こんな作業じゃ、私たちの体が持たないわ。」





 ライムは赤くなった手を見て、ぽつりと呟いた。
戦士といえども、彼女はれっきとした女性だ。
皮膚だって、リグやバースのそれのように厚くはない。
リグはバースの方を見やった。
先程からずっと、両手を握ったり開いたりする動作を繰り返している。
彼もまた、巨大な岩に手の感覚がおかしくなったのだろうか。
あいつの体、鍛えてないわけじゃないけど細身だからな。
やっぱ、もうちょっとトレーニングした方がいいんだ、うん。





「バース、お前も疲れたのか?」


「・・・俺、繊細だから。
 肉体派じゃないって、よく知ってるだろ。」


「まぁ、貧相な体つきだもんな。」




 バースは無言でリグに火の玉を飛ばした。
誤解を招くような発言は止めろと、目が本気で言っている。
やや焦げた髪の毛の先をいじりながら、リグは床にぽっかりと空いた水溜りを見つめた。
変わった国だと思った。
鎖国をしているという訳ではない。
現に、城内には異国風の商人もいた。
あえて外の国へ眼を向けようとしないエジンベアの人々に、哀れみも感じた。
籠の中の鳥のように生きることが、幸せなのだろうか。
外を知らずに生きることが、安泰と言えるのだろうか。
違う、と思った。
少なくとも自分やライム、そしてバースもエルファも、外へ外へと向かう者だった。
果てがない外へと、常に心が向かっていた。






「籠の中の鳥か・・・。」





 リグの独り言に、エルファがばっと顔を上げた。
不思議そうにこちらを見つめてくる。
何かを言いたげなのだが、その言葉が出てこないのだろう。
悲しげに目を伏せた。




「どうしたの、エルファ。」


「ううん・・・、その言葉、どっかで聞いたことある気がしただけ。
 さ、また頑張らなくっちゃね。」


「その必要はないよ。
 ただ、エルファはちょっと手伝ってくれるかな。」





 バースがおもむろに立ち上がった。
相変わらず手を動かしてはいるが、その拳が若干青白く光っている。
バースはグローブをはめ直すと、岩の進行方向と逆の場所に立った。




「岩が程よい所に来るように、バギマとかして調整してくれ。
 俺がこっから呪文で押すから。」


「そんな、お前魔力大丈夫なのか。」


「結界張るのに比べたら、全然楽だって。
 エルファも、無茶はするなよ?
 魔力足りなくなったらリグにマホトラしていいからな。」





 岩に両手を当てる。
バギクロスが巻き起こした突風が、岩をゆっくりとだが、確実に動かしていく。
10回ぐらい唱えればいいだろうと、バースは計算していた。
そのくらいの魔力はあるから、エルファを心配することはあっても、されることはない。
むしろ、たまに発散させておかないと気が済まなかった。
それも、できれば魔物相手に呪文をぶっ放すよりも、こうやって何かを為すために使う方が良かった。




「おぉ、あいつすごいな。」


「なんだか・・・、格が違うわね。」





 手持ち無沙汰で賢者たちの突風の共演を目の当たりにしたリグたちは、のほほんと感嘆の声を漏らしていた。
顔色ひとつ変えることなくバギクロスを連発するバースには、正直恐ろしいとすら思う。
これが彼の本気なのだとは、しかし思えなかった。
本気というのは、例えばダーマ神殿で創り出した結界のようなものだろうし。
突風が部屋を襲って数十分後、ひときわ大きく、そして厳かに、ガコンと何かが動いた音がした。
現れた小部屋の中央には、小さな壺が安置されていた。





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