商人の町 1
リグは、すっかり明るく賑やかさを取り戻したサマンオサの城下町を歩いていた。
こうして見ればさすがは城下町である。
武器も防具もしっかりと揃っているし、住んでいる人だって多い。
サイモンのような勇敢な男が輩出されるのもわかる気がした。
「あっ、お兄ちゃん旅の人?」
公園をぱたぱたと走り回っていた女の子がリグに駆け寄ってきた。
昔は滅多に声をかけられなかったというのに、旅をすれば変わるものだ。
リグは少女の背の高さに合わせて屈むと微笑んだ。
「そう。仲間と一緒に山を越えて来たんだ」
「ふーん・・・。あっ、じゃあ最近できた新しい町のことも知ってる?」
「新しい町・・・?」
「あのね、私のお父さんは商人なんだけど、ここから北にできた町に行ったの!」
リグは頭の中に地図を思い浮かべた。
サマンオサの北には大陸があったはずだ。
そこにはスーの村やフィルが頑張って作っている町があった。
リグはそこまで考えて、ようやく少女が言う『新しい町』の正体を見破った。
そうか、たまにこっそり逢いに行っていたが、いつの間にか人々の話題に上るような町にまで成長したのか。
彼女の努力が報われていることに安堵し、リグはふっと笑みを浮かべた。
「お兄ちゃんどうしたの? なんだかとっても嬉しそう」
「そうかな?」
「うん! だってお兄ちゃん、すっごくかっこよく笑ってるもん!」
「ありがとう」
リグは少女の頭を撫でると立ち上がった。
サマンオサももう大丈夫だし、次の行き先はまだ決めていない。
たまにはライムたちも連れてフィルに堂々と会いに行こうかなと考え始めたリグだった。
あと少し、あと少しで手に届く。
私欲のためではない、全ては彼のために。
命を、危険を顧みず日夜魔物たちとの戦闘に明け暮れている彼のために。
バラモスを倒し世界を救うという壮大な旅を続ける彼の役に立つのならば、フィルは何だってやるつもりだった。
たとえそれがために自らの地位が危うくなろうとも、それすら彼のためになるのならば本望だった。
もっとも、彼は怒るかもしれない。
お怒りの言葉を受けるのも仕方がない、そんなことを今からしようとしていた。
「ご所望の物をお持ちいたしました」
「・・・ありがとう。・・・おいくら?」
「安くはないが、高くもないかもしれません」
「・・・何が言いたいの?」
「欲しいのは、あなたの心です」
馬鹿言わないで、と言おうとした。
しかし言えなかった。
何やら禍々しい空気のような物がフィルに入り込んだからだった。
喉が焼けるように熱い。頭が割れるように痛む。
頭の中でリグの姿が浮かんでは消えた。
消える度に彼が遠くへ、小さくなっていった。
そして、彼を思い浮かべる度にフィルは怖くなった。
あんなに大切なのに、大好きだと思っていた存在が敵のように見えてくる。
どうして、私はリグのことが他の誰よりも好きなのに。
「同じ人間に傷つけられる勇者の絶望を早く見たいものだな・・・」
「私を騙したの!?」
「騙すなどとんでもない。私は確かにそれを渡した。対価を頂くのは当然のこと」
「誰よ、バラモスの差し金!?」
「さて・・・」
不吉な言葉と煮え切らない返答を残し去っていった男を見送ると、フィルががくりと膝を折った。
リグに今すぐ会って、自分に起こった怪事を告げたい。
告げて、どうにかしてほしかった。
つっけんどんな口調ながらも、下手に悩むな俺に任せとけと励ましてほしかった。
それができそうにないのは、今の自分が彼に会ったら殺してしまうんじゃないかと危惧したからだった。
彼を前にすると、本来の意思とは関係なしに傷つけてしまいそうだった。
「・・・・・・もう、リグに会えない・・・」
フィルは男が置いていった宝玉を胸に抱き、小さく呟いた。
サマンオサを後にしたリグたちは、ライムが操る船でフィルの町を目指していた。
「てか、リグがとっととルーラすれば済む話じゃん」
「あ、そうだよね。だってリグはよくフィルのとこに行ってるんでしょ?」
「なるほど、リグとその町の創設者は恋人同士なのか」
「ご名答」
わいわいとリグそっちのけで会話を進める3人にリグはそっぽを向いた。
勝手にあれこれ言ってくれて、誰がルーラなんてするものか。
そんな呪文を唱えてみろ。
毎度毎度こっそり会いに行っていることがばれてしまうではないか。
ほとんど事実を言い触らされるのも癪に障るが、それを肯定する行為をリグは犯したくなかった。
ここまでくればもはや意地である。
「サマンオサから外に出るのは久し振りだな。新しくできた町というのも楽しみだ」
「きっと素敵な町だよ。だってフィルはものすごく頑張り屋さんだもん!」
「いい町に決まってんだろ、フィルが作ってんだし」
ぼそりとつぶやいたリグの一言にエルファは思わず振り返った。
ぶすくれている勇者の顔を見てくすりと笑う。
「そうだよね。さっすがリグ、よくわかってる!!」
「・・・あのさぁ、そうやってさりげなくどかんと惚気るのやめてくれる?
なんか俺やハイドルに対する挑発みたいに聞こえるんだけど」
「じゃあそうなんじゃないのか? ・・・ま、バースはともかくハイドルには無意味かな。
あれだけ熱烈に告白できるんだから」
今でもあの素晴らしい告白は覚えている。
いったい何をどうしたらあそこまで完璧な表現をすることができるのだろうか。
付き合っている相手はそんじょそこらの女性ではない、ライムなのだ。
盗み聞きしていたことは悪いと思っているが、あれはあれでなかなか勉強になった。
今度試しに言ってみようかと思ったくらいだ。
「リグ! ハイドルに余計なこと言うのやめなさい!」
「気にしないでくれライム。私はとても楽しいと思っているし」
「でも・・・」
舵を放り出してリグに忠告したライムは、ハイドルの言葉に小さく息を吐いた。
優しいというかなんというか、とにかく紳士的だった。
同じ勇者の子息でもリグとは大違いだ。
それともリグも、ハイドルくらいの歳になれば大人の落ち着き方を見せるのだろうか。
「ハイドルはいつまで一緒にいるの?」
「父の消息を掴むまで、といったところだろうか。ほとんど情報を得ることが叶わず難しいのだが・・・」
「そうね・・・。でもまぁあちこち巡ってたらいつかきっとわかるはず。隅から隅まで探しましょ」
「そうそう。サイモンおじさんは父さんの友人だし、サイモンさんの行方は俺も気になってる」
おそらくは同じ地上にいるのだ。
生きてはいなくても、せめて亡骸には会えるかもしれない、
魔物と相討ち状態になって火口に落ちてしまった父には、もう二度と会えないのだ。
リグはそう思うと急にフィルのことが不安に思えてきた。
彼女の居場所はわかっているが、やはり目で見て確認しないと様々な不安に苛まれる。
それに、会うのが楽しみで仕方がないのに心が晴れきっていなかった。
こういう時の直感は嫌と言うほどに当たると、リグは過去の経験上知っていた。
「ライム、・・・悪いけどちょっと急いでくれる? なんだか妙な予感がする」
「・・・わかった」
嫌な予感は予感のままであってほしい。
リグはそう思いながら、うっすらと見えてきた大陸を眺めていた。
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