テドン 2
宴で気分が高揚した人々の賑やかな笑い声。
村の至る所に設けられた灯台に灯された暖かな光。
どこからともなく運ばれてくる香ばしい料理の匂い。
体中がふわりと何かに包み込まれた気分になったリグは、ぼんやりと覚醒した。
目に映った光景に眉を潜め、一度瞳を閉じる。
再び開けた後も変わらない賑やかな村の様子に、リグは少し離れた場所で眠るライムを揺すり起こした。
「・・・何・・・? やけに明るいけど・・・」
「村が変なんだよ。・・・人がいる」
「え?」
廃屋から出たライムは、すぐ近くを歩いていた男に声を掛けられ一気に目が覚めた。
滅びてしまった村に人なんているはずがないのになぜ。
俺たちの村の祭を他の旅人にも教えてやってくれと宣伝をして宴へ突入していった男を見送ったライムは、リグの方を振り返った。
幽霊であるならばリグにしか見えないはずだ。
しかし先程の男も、輪になって踊っている人々もライムの目にきちんと映る。
大掛かりな幻を見せられているとしか考えられなかった。
「滅ぼされる前のテドンの姿ってことよね・・・」
「たぶん。この村とっくに滅んでるって言っても信じてくれないし」
「バースとエルファは? こういうのバース得意でしょ」
「2人とも俺が起きた時にはいなかったんだよ。先に起きてうろついてるんだろうけど・・・」
並んで歩き始めた2人の足は、自然と牢へと向かっていた。
滅ぶ前ならば、まだオーブも残されているかもしれない。
リグは見張りの男を手刀で気絶させると、難なく牢の扉を開けた。
血文字と死体があった場所には若い男が座っている。
「来て下さったんですね、オーブを必要としてくれる方」
「持ってるんだな、オーブ」
「ええ。
“滅びの村の囚われ人 時の彼方にて時を待つ
胸に抱きし森の光は かつて栄えし深緑の輝き”
あなた方に会えたことで、私の役目も果たされます」
安らぎの色を宿したオーブを受け取ったリグは、安心しきった表情を浮かべている青年を見つめた、
怖くなかったのだろうか。
彼ならばわかっているはずだ、現状に。
「テドンが滅ぼされたのはオーブのせいもあったのか?」
「そうでしょうね・・・。魔物はオーブに触れると灰になってしまいます。
直接手を下すことができないのであれば、ここにオーブがあることを知っている村人たちを根絶やしにしようとしたのでしょう」
全てを知り、なおも夜毎の儚い復活を続けることは辛かったと青年は続けた。
それもこれも、オーブが遺した力ゆえだという。
オーブがリグの手に渡ることによって村に浸透していた力が弱まり、やがてテドンは昼も夜も廃墟を晒すようになる。
自らが殺されていることも知らずに毎夜同じ宴を繰り返している村人たちも解放されるのだと言い、青年はありがとうと頭を下げた。
「せっかくですから村人の話も聞いてみて下さい。失われた知識を得ることができるかもしれません」
「そうする。仲間も探さないといけないし」
「バースとエルファ、どこ行ったのかしら」
託されたオーブを大切に仕舞い牢を後にした2人は、自由行動を敢行している賢者2人組を探すべく、賑わう人々の中へと足を踏み入れた。
炎を囲み踊っている男女の輪を潜り抜け、目立つ銀髪と空色の髪を探す。
そう広い村ではないのというのに、なかなか見つからない。
どこにいるのかと宴から離れた静かな空き地を訪れたリグは、ライムに服を掴まれ振り返った。
ライムの視線が1ヶ所で固まっている。
顔には、驚きの表情が刻まれている。
どうしたんだよと声をかけたリグは、震えるライムの指先の示す先を見て息を呑んだ。
あれは、まさか。
「ねぇリグ・・・・・・、あの人、リゼルさんじゃない・・・・・・?」
高価そうな上品な服を身に纏い、人々から隠れるようにして佇んでいる美しい娘。
闇と同化してしまいそうな艶やかな黒い髪は、地味な色のフードに覆われている。
しかし、リグと同じ真っ黒な瞳は間違いなくリゼルのものだった。
なぜここに母がいる。リグの頭は一瞬で混乱した。
母は今もアリアハンで息子の旅の無事を祈っているはずだ。
それに見つけた母は、今の自分とそう変わらない若い姿をしている。
ここで何をしているというのだろう、いや、本当にあれは母なのか?
リグは無意識のうちに母らしき人物へと歩み寄っていた。
もっと近くでしっかりと確かめなければ。
真実を知りたいという欲求に対して、心の奥が警鐘を鳴らしている気がした。
全てを知る必要はないのだと、知らなくてもいいこともあるのだと鋭すぎる第六感が叫んでいた。
リグは己の制止もライムの制止も無視した。
娘への接近を果たしたリグは、何と声を掛ければいいか一瞬躊躇い、あのと言って彼女を振り向かせた。
急に声を掛けられ警戒の色を露わにしていたが、自分を見つめるのは確かに母だった。
「・・・なんでここに・・・・・・、母さん・・・」
「まぁ、面白いことを言うのね、あなたは。私はそんなにあなたのお母様に似ているのですか?」
「そっくりで・・・」
「そう。・・・でも人違いですよ、私はあなたのような大きな子どもはいません」
「・・・すみません、ちょっと、あんまり似てたもんで・・・」
「気にしないで。私も、少し思ったのです。あなたはどこかあの方に似ていらっしゃると・・・」
あの方と訊き返したリグだったが、その答えは得られなかった。
娘がリグから離れ、茂みの中から現れた若い男の元へと駆け寄ったからだ。
「お待ちしておりました、オルテガ様」
「リゼリュシータ王女・・・・・・、本当によろしいのですか?」
「私は国を棄てあなた様について行きます。もう、決めたのです」
身を寄せてきた娘を抱きとめたオルテガは、空き地で固まっているリグを見て首を傾げた。
在りし日の父に見据えられ、リグは今目の前で起こっている状況の全てを理解した。
母は、今から父と共に旅に出るのだ。
王女という至上の身分と国を棄て、愛する男と駆け落ちをするのだ。
母は、リゼルは、リゼリュシータは、バラモスによって滅ぼされた王国ネクロゴンドの王族の末裔なのだ。
「・・・リゼル、あの者は?」
「私を母と間違えて声をかけてきた旅人です。あなた様にどこか似ているのですよ」
「・・・・・・そうか。旅人よ、私たちのことはくれぐれも他言せぬようお願いする。特に銀髪の賢者と青い髪の神官には」
それはもしやあの2人のことではないか。
尋ねようと口を開く直前、母を連れたオルテガは夜の闇に紛れ去ってしまった。
銀髪の賢者と青い髪の神官。話が出来すぎているとは思った。
しかし、バースとエルファとしか思えなかった。
リグは木の影で行方を見守っていたライムの元へ戻ると、互いに顔を見合わせた。
バースの調子が優れなかった理由がわかった気がした。
「エルファが、この時代のバースとエルファを見つけたら・・・・・・。あの子、壊れちゃう」
「頭がパンクしそうだな。・・・俺も正直どうかなりそうだし。とにかく、早くどっちかの2人を見つけないとまずい」
祭りの会場へと急ぎ戻ったリグたちだったが、2組の男女はすぐに見つかった。
地面に手をつきへたり込んでいるエルファと、真っ青な顔をしているバース。
そして、2人に気付くことなく仲睦まじく話している銀髪の賢者と青い髪の神官。
リグたちの姿を認めた現代のバースは、弱々しい顔で頷いた。
崩れ落ちているエルファの頭上に手をかざし光を宿すと、そのまま手をリグとライムの方に向けた。
光がリグとライムを包み込む。
エルファの記憶なのか。ぼんやりと見えてきた宮殿に、リグは意識を委ねた。