18.水と光の導く先
またがいない。
彼女を見失ったのは、今度こそ正真正銘自分のせいだ。
カミュはの腕と思い握り続けていた木の枝を焚火に投げつけると、くそと叫び地面を殴りつけた。
グレイグ率いるデルカダール兵の足止めに成功し、一刻も早く逃げなければという思いだけが逸ってしまった。
どの辺りでと離れてしまったのか、がむしゃらに走っていたので何も思い出せない。
の体の仕組みはよくわからないが、彼女は植物に対して何らかの力が使える。
樹木を枯らせ、それで得た力を別の生き物や植物に転化している。
渋るにそれを促し、彼女のおかげでデルカダール兵の目を欺くことができたのに、肝心のを置いてきてしまった。
「カミュさま、さまはきっと無事ですわ。デルカダールにお住まいだったのなら、馴染みの方に見逃していただいているかもしれません」
「そうね、あの子顔は広いみたいだし口も立つから、適当なこと言って逃げてるかも」
「逃げてるんならここに戻って来るだろ。戻ってないってことは、やっぱあいつグレイグの野郎に捕まったんじゃ・・・」
やっぱり探しに行くと呟き立ち上がったカミュの腕を、シルビアが強く引き留める。
まあまあ大人しくしましょうねカミュちゃんと、笑顔からは想像できない腕力で引き戻されカミュはあっけなく尻餅をついた。
グレイグたちが撤収したかわからない状況で再び動くのは危険だ。
少し休んだくらいで前日の悪天候下での激闘の疲れが取れるわけではない。
悔しいが、シルビアの言うことはすべて正しい。
仮に今を見つけたとしても、デルカダール兵と交戦しながら彼女を守れるだけの余力はない。
カミュは尻餅をついた際に汚れた服から砂を払うと、再び立ち上がった。
「あんたまだ懲りてないの?」
「いや、食えそうな草探してくる。たぶんすげぇ腹減ってるだろうから、腹の足しにしたくて」
「でしたら私もご一緒しますわ」
「オレひとりでいいよ。近くの川辺に寄るだけだし、ついでに水浴びでもして頭を冷やしてくる」
「ちゃんが戻ってきたらすぐにカミュちゃん呼びに行くから、ゆっくりしてらっしゃい」
「頼む」
とマルティナ、ロウはが隠れていそうな廃屋とやらを探しに行ったきり戻ってこない。
ユグノアは大きな国だったからのと語るロウの顔はとても辛く、寂しそうだった。
人は死んでしまったが、人が住んでいた住居跡はまだわずかに残っており隠れることもできるという。
土地勘がある彼らに任せたが、果たしてはそう上手に逃げ隠れることができるのだろうか。
そのくらい器用な逃げ方ができるのならば、そもそも自分とはぐれなかった気がする。
カミュは城壁に沿って流れる川に足を浸した。
ひんやりとして気持ちがいい。
飲む勇気はないが、顔を洗うとさっぱりし頭も冴える。
女神像の加護がわずかに及んでいるのか、魔物の気配も感じない。
グロッタを出て長く歩き、ユグノアの急峻な坂を上りデルカダール兵に追われ転がるように坂を下り、体は限界に近い。
が心配で眠りも浅く、水面に移した自身の顔は色男とは程遠いやつれ具合だった。
これではに再会しても、見た目の悪さに嫌な顔をされそうだ。
「ったく・・・。おーい、隠れてるんなら出てこい!」
「えっ、誰!? 誰かいるの!?」
「・・・は?」
やけくそで叫ぶと、岩の向こうから声が聞こえる。
おいおいマジかよ。
魔物がに成りすましているのかもしれないとも考えたが、人に化ける魔物というのは聞いたことがない。
カミュは水浴びの最中だったことを忘れ、そっと岩陰に近付いた。
相手に悟られないよう、ゆっくりと水音を立てず岩から顔だけ出す。
グロッタの宿屋で見た時よりも傷が増えた裸身が視界に入った。
「!?!?」
「ひぇ!? ちょ・・・カミュ、なんでそんなカッコ・・・」
「! どこにいたんだよ! ああ悪かった、こんなに傷こさえさせて。骨は折れてないか? 前よりもっと痩せたか? マジで良かった、もう何があっても絶対離さねぇ・・・!」
「いや、いや、ちょ、今はマジで無理無理、いやあーーーーーーーー!!」
絶叫できるくらいに元気なようで良かった。
の悲鳴を聞きつけたベロニカたちが、どうしたのと叫んでいる。
突き飛ばせるだけの力も戻っているようでなによりだ。
カミュはどぼーんと盛大な水柱を上げ川底に本日二度目の尻餅をつきながら、岩陰に隠れたの壮健ぶりに安堵した。
2日ぶりとはいえ、久々の再会で感情が昂っていたのかもしれない。
カミュは冷え切った川の中でへへと鼻を擦った。
普段見えることのない上腕部を目の当たりにして、首を傾げる。
そういえばなぜ川辺に来たのだろうか。
戻ってきたに草を食べさせるために、まずは頭を冷やそうと水浴びを始めたのだ。
「・・・マジか」
「ちょっと! なんて格好してるの、誰が見てるかわかんないとこで素っ裸になって、襲われでもしたらどうするの! あたしがそいつを火だるまにするけど」
「うっ、うっ、あっちの水場にいる盗賊を燃やしてください・・・」
「はあ!?」
「あっでも今行っちゃだめ・・・。ベロニカとセーニャにはまだ早すぎるかな・・・」
「あんたあたしのことどさくさ紛れに子ども扱いしてるでしょ」
「お姉さま大変です! 様のお召し物が布の服ではなくてただの布切れですわ!」
「あんたはいったい何をどうしたらこんなにズタボロになるの、もう!!」
の必死の懇願を無視するベロニカが、こちらへ向かって来ようとしている。
非常にまずい。
だけならまだ冗談や事故で済ませられるが、純粋無垢な双子の姉妹に見せて良いものではない。
火だるまにされた後にみじん切りにされかねない。
たちと一緒に旅ができなくなる。
「、わかってんだろうな! オレは信じてるぜ!!」
「ううう、叫んだら眩暈が・・・」
「!?」
「あらあカミュちゃん、これ、落ちてたわよ」
「シルビア・・・! 助かった!」
盗賊時代に培った早着替えを披露し、颯爽との前へ躍り出る。
なんでこっち来てんのよ、この変態!
眩暈がしたのは事実だったらしい弱りきったを見つけるより先に、カミュの視界いっぱいに火球が広がった。
明け方集合した時よりも傷ついている、主にカミュが。
は、自身が不在の間に確実に何かが起こったらしい女神像前のキャンプ地で首を捻っていた。
満身創痍のを川辺で回収したとの吉報を受け、すぐさまキャンプ地へ戻った。
腰がと呻く祖父を背負い走った故郷の風は、他の地で感じるよりも肌によく馴染んだ気がする。
眠っているのか倒れているのか、ぴくりとも動かないの無事に胸を撫で下ろし、少々焦げ臭いカミュの体に追加のベホイミを施し、状況を整理する。
キャンプ地という開放された空間にいてもデルカダール兵の姿を見かけないことから、グレイグたちは完全に撤収したのだろう。
これ以上応戦を続けることは、遠征軍であるグレイグ隊にも辛いところがあったはず。
ロウとマルティナの解釈に、判断する材料を何も持たないは黙って頷いた。
今はとにかくここから移動したい。
ゆっくりと体を休めることができる場所で体調を整え、見るからに体調不良なをきちんとした環境で寝かせてやりたい。
回復呪文で癒せる傷などではない疲れ方をしている。
当たり前だ、は戦闘の訓練を何も受けていないただの非力な一市民なのだ。
弱音を吐かず当てのない旅に同道してくれているだけ、は我慢強い。
「うーん・・・」
「あ、ちゃん?」
「んー・・・、はっ、カミュは!?」
「よぅ、さっきは悪かったな。にも挨拶してやってくれ」
「おはようちゃん、体は平気?」
「いや全然。お腹減ったというか、こう、萎れそう・・・」
「カミュが摘んできた薬草ぽいの食べる?」
「いらない、それ毒入ってるやつじゃん・・・」
のろのろと体を起こしたが、の右手に握られたままの虹色の枝に目を落とす。
甘い砂糖でコーティングされたお菓子に見えてきた。
どうやら本格的に体調がおかしいようだ。
枝への視線に気付いたが、に手渡そうとする。
何やってるのと声を上げたマルティナに、はいいんだと静かに答えた。
「僕が持ってても何も見えなかったんだ。ちゃんは草とか好きだし、もしかしたらもっといい使い方とかわかるかも」
「そんな大きめの期待込めて渡されても困るんだけど」
「冗談だよ。ほらちゃん、グロッタにいる時から気になってたよね。はいどうぞ」
「じゃあ遠慮なく・・・うわっ」
とが枝の両端に指をかけた瞬間、虹色の枝がまばゆい光を放つ。
ただでさえ疲れきって難しいことを考えられなくなっている頭に、どういう仕様か次から次に初めて見るどこかの景色が流れ込んでくる。
ううう気持ち悪い、調子に乗った翌日に二日酔いした気分だ。
手に入れたばかりの情報を吐き出しそうになり、は枝からぱっと手を離した。
同時に景色の流入も止まり、気持ち悪さも収まる。
枝に謎の特殊効果があるのならば、初めからそう書いていてほしい。
が何もないと言ったので、信じきって油断したではないか。
「ちょっと! 何よ今の! アタシにも見えたわよ!」
「大空に佇む祭壇・・・。あと6つのオーブも見えたわね」
「お姉さま! もしやあの祭壇に6つのオーブを捧げれば命の大樹への道が開かれるということでは!?」
「オーブって、カミュが城からくすねた赤いやつのこと?」
「そうそう、こいつ。オレにはオレの使い道があったんだが、そういう話ならこれはにやるよ。大事に使ってくれよな」
「なんでも盗んどくもんだねえ・・・。お姉さんお祖父さんも枝盗んだからに会えたんだし」
「ちゃんも盗まれてきたようなものだったわね」
「でことは、この話の流れだと私もそのうちいつか何かの役に立ったりして!」
クモに肉体の表面積を削られ、ユグノア逃避行ではボロボロになってしまう程度の弱さだが、これから劇的な進化を遂げるのだろうか。
もう一度枝に触ったら、未来図を見せてくれるのだろうか。
だが、次に枝に触れたら今度こそ枝から命をいただいてしまいそうだ。
そのくらいお腹が減っている。
元が悪食なので、この際カミュが拾ってきた毒入り草やキノコの盛り合わせも貪り食べてしまいそうだ。
「、ほんとに大丈夫なの? 顔色悪いけど、まだ寝てた方がいいんじゃない?」
「おおぅ、確かにおぬしには辛かろう。オーブを集めるため世界をくまなく回るには、まずソルティコの町にある水門を抜け外海へ出るのがいいじゃろう」
「ソ、ソルティコ。そこってねぇ」
「知っておるのかの? ソルティコの街にはジエーゴという知り合いの領主がおる。わしが頼めば快く水門を開けてくれるじゃろうて。おぬしの体調もよく診てくれるじゃろう」
その街には入らない方がいいかもしれない。
はロウの柔和な笑みに、ぎこちなく笑い返した。
たぶん水難の相が出てる