フィフスセクターに、あんな人はいただろうか。
同志のはずなのにフィフスセクターのやり方を真っ向から否定し、組織に対する暴言ばかり吐き散らかして颯爽と去っていった謎の女性を剣城京介は不審に思っていた。
サッカーを愛し係わっている人々の中には、フィフスセクターの手法を嫌う連中が少なからずいることは知っている。
サッカー部を潰すという当初の目的こそ監視に変わったが、雷門中サッカー部の監督を務める久遠などは反フィフスセクターの最たる存在だ。
だから、邪魔でしかない久遠を排除することが新たな任務になった。
フィフスセクターに仇なす存在は皆、粛清の対象だ。
声を上げて異を唱える者も黙って意に従わない者も、皆程度の区別なくサッカー界から追放される。
先程出会った女性も、あれだけの暴言を口にしたのだから当然存在を消されてしかるべきだ。
仮に彼女がフィフスセクター側の人物だとしたら、幹部である黒木の前での発言はとてつもなく間が悪いものだったということになる。
物怖じしない強い人なのかもしれないが、彼女は何も知らなさすぎる。
聖帝に逆らった者の結末は哀れで悲惨だ。
あの人、人生終わったな。
剣城は笑顔が特徴的だった名前も知らない女性に別れを告げると、自らに課せられた任務を遂行すべく頭を切り替えた。
サッカー部を潰すことはできなかったが、ちょっと遊んでやったことにより部は崩壊も同然に状況になった。
フィフスセクターの圧力に恐れをなした部員たちは散り散りになり、サッカー部は試合もできないくらいの人数しか残らなくなる。
化身使いが現れたことは予想外だったが、ろくに使いこなせない奴など特訓を受けたこちらの敵ではない。
むしろ、奴らは化身を使ってもなお勝てないという屈辱を味わうことになる。
「面白くなってきたじゃねぇか・・・」
どうせ潰すなら、潰れる瞬間まで苦痛の呻き声を上げ続ける骨のある奴を潰す方が面白いし潰しがいがある。
剣城は底意地の悪い笑みを浮かべると、雷門中潜入のためにと与えられた新居の扉を開けた。
聖帝はよほど自分に目をかけてくれているのか、親元を離れても不自由がないようにと万全の配慮をしてくれたらしい。
なるほど確かに新居は綺麗で、家具なども揃った絶好の住まいだ。
料理人も養ってくれたのかリビングからはいい匂いもする。
さすがはフィフスセクターだ、バックアップすると言った言葉に嘘はない。
剣城はリビングに入ると、キッチンでわあわあと携帯電話に向かって理解不能な言葉で話し続けている女性を発見し思わず叫んだ。
「あんたは・・・!?」
「だから左サイドもっと後ろ気にして、背中ががら空き! ・・・ん?」
叫び声が聞こえたのか、電話を手にしたまま女性がくるりと振り返る。
ことんと首を傾げ電話を切り、無言でこちらに歩み寄ってくる。
今度は何を言う気だ。
いや、それよりもまず、なぜ人生終わった人がここにいる。
何から切り出せばいいのかわからずただ黙って睨みつけている間に、相手がマジでと呟く。
そう、それだ。
つまるところ、今起こっていることについてマジでとこちらも言いたかったのだ。
剣城は早足で外に出て号室と黒木から渡されたメモに記された数字を見比べ、マジかよと呟いた。
ありえないんだけどねえちょっと部屋間違ってんじゃないの?
これまたこちらが思い言わんとしていたことをそのまま言い放った女性に、黙って黒木から預かった手紙を渡す。
封を切られたと同時に床に捨てられた白い封筒を屈んで回収してやっていると、頭上で本日3度目のマジで発言が飛び出す。
この人、俺の言いたいこと全部代弁してるけどひょっとして人の心読めるのか?
何がどうなのかさっぱりわからずとりあえず立ち上がった剣城を、女性が心底嫌そうな顔で見つめる。
こいつ、大人のくせして言うことやること露骨すぎだろ、ガキじゃあるまいし。
一言も口に出さず心の中で反目していると、ねぇと声をかけられる。
「不良くん、もしかしてケンジョウくん?」
「違う」
「いや、ケンジョウくんでしょ。私はお宅がケンジョウくんじゃなかったらまだましだなあって思ってたんだけど、不良がケンジョウくんって知って正直超最悪」
私、元不良は好きだけど現役不良は不良やめるまで好きになれないから、ケンジョウくん早くここの家の主導権握りたかったらさっさと不良やめて私に好かれることね。
好き勝手なことをしゃあしゃあと言ってのけ再びリビングに引っ込んだ名前も知らない謎の女性の背中に向かって、剣城はケンジョウじゃねぇよツルギだよとぼそりと呟いた。
俺の人生、終わったな