4.通学路でエンカウント
聖帝の考えがわからない。
剣城はついでとばかりに用意されていた朝食を無言で頬張りながら、向かいに座り同じように白ご飯を口に運んでいるをちらりと見つめた。
互いが互いのことを何ひとつ教え合うことなく冷やかに始められた共同生活は、剣城の気分をぐしゃぐしゃにかき乱していた。
その気になればどこぞの雑誌デビューできそうなほどに整った顔にくっついている口からは、キチガイだの不良だのケンジョウくんだのといった不穏な言葉しか出てこない。
黒木の手紙のどこを読んでこちらをツルギではなくケンジョウと認識したのか、彼女の思考回路が果たして人間のものなのか不安になる。
しかもこちらのことを間違った名字で呼ぶ割には、自身が何者であるか一言も伝えない。
おかげで見ず知らずでいけ好かないとはいえ、年上の女性を今でもあんた呼ばわりだ。
そういう呼び方するなんてこれだから現役不良はもうとその度に彼女は憤るが、呼ばれたくないのであればさっさと名を名乗れと言いたい。
そうだ、今こそ彼女に名を問おう。
剣城は茶碗をテーブルに戻すと、テレビのチャンネルを高速で切り替え、飽きたのか電源を切ったにあのと声をかけた。
「あんたに訊きたいことがある」
「ほーらまたそうやって人のことあんた呼ばわりするー。ねぇケンジョウくんってさあ、なぁんでそんなに不良なの?」
「俺があんたをどう呼ぼうと俺の勝手だろ」
「へぇふーんあっそう。ほんと可愛くない、同じ中学生でもあの子とは大違い・・・」
「誰かも知らねぇ奴にへらへらするわけねぇだろ、あんた馬鹿か」
しまった、今日もやってしまった。
まともな会話ができない大人のペースに乗せられて、今日も喧嘩腰になってしまった。
しかも大の大人相手にあんた呼びに留まらず馬鹿とまで罵ってしまった。
普通のまっとうな大人は子どもの暴言にいちいち目くじらを立てないが、この女性は普通の枠を叩き壊した人だから子どもの言葉も真正面から受け止める。
剣城は無言で席を立ちキッチンへと向かったの背中を見つめ、自らの予想が的中したと悟った。
「見ず知らずの人にちやほやされんのもそろそろ飽きてきてたから、たまに変なこと言われるとすっごく新鮮。ケンジョウくん、そこの壁時計30分前から電池切れたのか動いてないから、今日学校さぼるつもりなら電気屋さん行って電池買ってきて」
さっすが不良、入学早々学校さぼるなんざやるう。
棒読みで告げられた言葉に、剣城は慌てて壁時計と携帯電話に表示されている時間を見比べた。
まずい、走ってぎりぎり間に合うかどうかといったところだ。
どうしてもっと早く教えてくれなかったのだ、あいつは鬼か。
剣城はキッチンに割れない程度にやや乱暴に食器を置くと、仮住まいから飛び出した。
サッカーで足を鍛えていて良かった。
剣城は慌ただしく校門を潜ると、何食わぬふてぶてしい表情に顔を切り替えサッカー棟へ向かった。
不良にしては聞き分けのいい不良だ。
髪型は奇抜だが染めてはいないし、きちんと学校にも通おうとしている。
さすがはサッカー部を潰すという目的だけのために親元を離れただけはある。
やる気の原動力が何であれ、まともに通学しているところは褒めていい。
食事もいただきますとごちそうさまは欠かさず言うし、食べ終わればたとえ急いでいても食器を流し台まで運ぶ。
この調子でもっと素直になってほしいのだが、不良というのは得てしてひねくれ屋さんなので更生の過程で叩き直すしかないのだろう。
いけ好かない不良だが、彼の性根を真っ直ぐにすればきっと役目は終わって解放される。
セイテイだかフィフスなんとかか何かわからないが、いたずらに知るよりも先にこの場から立ち去った方がいいに決まっている。
は自身の長年の厄介事巻き込まれ経験から、余計なことには係わらない足を突っ込まない触らないと確信していた。
セイテイとやらに会うのは、ここに連れて来たことに対する怒りの張り手を飛ばす時だけでいい。
は食器を片付けたテーブルの上に近所の書店で黒木宛ての領収書つきで大量に買い込んだサッカー雑誌を載せると、ハサミを手に取った。
イタリアではなかなか手に入らなかった雑誌が、当たり前だが日本ではいくらでも買える。
費用も、フィフスなんとかにVIP待遇の義務として請求すれば経費として落ちるはずだ。
海外から人1人を何事もなく連れ去るような暴挙をやってのけ、かつ、事件として報道されることもない影響力を持つ巨大な組織だ。
ひょっとしたら写真集も強請れば落ちるかもしれない。
「そうだ、イタリアリーグ見れるように放送契約も結んどこ」
ハニーたる者、いついかなる時も愛する人の雄姿を目に焼き付けておきたいものだ。
それにきっと、たとえ画面の中だろうとフィールドを駆け回る彼を見ていれば、ともすれば発狂しそうになる閉塞した気分も紛れるはずだ。
はハサミをテーブルに戻し携帯電話を手に取ると、雑誌広告にでかでかと書かれている案内番号のボタンを押した。
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