6.ぴりりと辛いスパイシーハニー










 普段は無口な人なのだろうか。
剣城は昨日の雷門中対栄都学園での饒舌なゲームメーク語りとは裏腹に、今日も無言で朝食を口に運んでいるの口元をじっと見つめていた。
細身のくせによく食べる人だ。
成長期のこちらとそう変わらない量を平らげる頑丈な胃の持ち主らしい。
たった数分、しかも手抜きしかしていない雷門イレブンの動きを見ただけで、人はあそこまで的確かつ緻密な戦略を編むことができるのだろうか。
剣城は、何を考え日中何をしているのかわからないのことが急に怖くなってきた。
家に帰れば必ずいるので、仕事をしているわけではないらしい。
たまにテーブルに雑誌の切れ端が残っているが、細かく切り刻まれているためそれが何の雑誌なのかわからない。
サッカーに多少詳しいようだが、名前がわからないのでフィフスセクターのデータベースにアクセスしても調べることもできない。
いつの間にか黒木も家に近寄らなくなったし、聖帝の側近にしてフィフスセクター幹部でもある黒木を蹴散らすとはこの人はいったい何をやったんだ。
食事の手を止めを見つめていた剣城は、ねえと声をかけられはっと我に返った。




「私ってそんなに美人?」
「・・・は?」
「だってケンジョウくんさっきからずっとぼうっと私に見惚れてんじゃん」
「・・・何言ってんだあんた。誰があんたみたいな得体の知れない奴」
「ひっど、私も人間なのに」




 私から見たら、マジンだか化身だか出してる人の方がよっぽど人外キチガイ宇宙人に見えるんだけどな。
人間業とは思えないゲームメークを披露した本人から人外扱いされるとは心外だ。
こちらからしてみれば、化身も出さずに淡々と戦略解析をしたの方がサッカーに特化したサイボーグなのではないかと思ってしまう。
いや、もしかしたら彼女は本当に血の通わぬ物体なのかもしれない。
そう仮定すれば、他者の心を抉るような辛辣な発言ばかりすることにも、人の心がないからだと納得できる。
剣城の思考回路は、未知の電磁波を発している人型ロボットによって大渋滞を引き起こしていた。





「あんたといると苛々する、あんたほんと何なんだ」
「一つ屋根の下に住んでる綺麗なお姉さん」
「・・・の皮を被ったサイボーグ」
「んん? ケンジョウくん、あんまり減らず口ばっか叩いてるとトマト増量するけど」
「勝手に増やせよそんなもん」
「あら、ケンジョウくんトマト食べれるんだ。ふぅん、偉いじゃーん私の昔の友だちの元不良で元キチガイのえーっとそうそうリカオくん?はねぇ」
「ガキ扱いすんじゃねぇ!」




 いやだって、ケンジョウくんついこないだまでランドセル背負ってたなりたて中学生のくそガキじゃん。
むきになってもそんなに可愛くなぁいと余計な一言どころか二言三言口にするに、剣城は最前の無口なイメージを完全に捨て去った。








































 今日も泣きたい気分だ。
神童は自室のソファーに項垂れて座ったまま、いつ涙が零れ落ちてもいいようにハンカチをぎゅうと握り締めていた。
久遠がサッカー部の監督を辞めたのは、栄都学園戦でシュートを決めたからだった。
久遠は役目が終わっただけだと言ったが、サッカー部の監督という役目を勝敗指示違反という形で終わらせた原因は間違いなくこちらにある、
シュートをしてはいけない、得点を入れてはいけないとわかっていたのにシュートしてしまった。
栄都学園の実力は、試合を始めてすぐにわかった。
相手ゴールに向かって必殺技を使わずとも、少々強いシュートを打てば得点できるともわかっていた。
自分だけではないフィールドで戦う1年生以外の誰もが相手の実力を知っていたから、シュートを打つことすらしなかったのだ。
そうだというのに、チームの苦しみながらの負ける努力をすべて無に帰してしまった。
シュートへの、サッカーへの誘惑に勝てなかった己が不甲斐ない。
キャプテンたる者いかなる時も冷静に対処しなければならないというのに、一時の気の昂ぶりを抑えることができず最悪の結果を残してしまった。
もうどうしようもない、おしまいだ。
神童のぼやけていた視界が、いよいよぐしゃぐしゃになった。





「また泣いてるの」
「・・・ふっ、なん・・・」
「なんでここにって? 私をここに住まわせるのは拓人さん、あなたでしょ。今日もまたべそべそ泣いてみっともない。蘭丸くんと大違い」
「霧野と比べるな・・・!」
「人のこと言えるの? 拓人さんだって私と誰かを比べてるんじゃない? 例えば、この間拓人さんが連れて来た女の人とか」
「・・・!?」
「知らないとでも思った? 残念だったわね、拓人さんの泣き声ってすっごく響くのよ。この大きなお屋敷にいても響くくらいにうるさくて」





 私もあの人みたいに優しく慰めてあげよっか?
ソファーで項垂れるこちらに体を寄せ、内緒話をするかのように密やかに尋ねてくる声の誘惑に負け腕を伸ばす。
そんな手で触らないで。
直前とはまるで違う冷ややかな声で、伸ばし触れようとした腕を叩き落とされる。
初めてではないのに、拒絶された驚きで涙が止まった。
サッカーとは違う新しい傷を作った気はするが、泣き止みたいという願いはとりあえず叶った。
ショック療法で涙腺決壊を阻止した愛しい少女の顔をちらりと盗み見る。
相変わらず自分の前では愛想笑いすらしない子だ、悲しい。
神童は大きく深呼吸すると、改めて今度は堂々と真正面から見つめ直した。





「ありがとう、また泣き止ませてくれて」
「ありがとう? 私を恨んで憎んでしかるべきじゃない、普通は」
「いいや、今は礼を言う時だ。さすがは俺の「言わないで」・・・そんなに俺が嫌いなのか?」
「嫌いよ、大嫌い。拓人さんなんか、あんたなんか大っ嫌い」
「こーら、またそんなこと言って神童を困らせてるのかー? よっ、お邪魔します」
「蘭丸くん!」





 あえて修羅場に踏み込んでやった俺に感謝しろよと軽口を叩きながら部屋に入ってきた霧野に、先程まで鬼のような形相しかしていなかった少女の顔がぱあっと緩みこちらを離れていく。
霧野に向けている笑顔が欲しい。
神童はまた新たに生まれた傷にそっと胸を押さえると、痛まないふりを装い霧野へと向き直った。





「今日はすまない・・・。久遠監督には本当に、俺は・・・」
「今日、新しい監督が来たんだ。誰だと思う? あの円堂守だよ、伝説のGK、円堂守が監督になったんだ」
「円堂守・・・!?」
「でも面白いこと言っててさ、練習は河川敷のグラウンドでするって言うんだ。だからみんなびっくりして1年以外は帰っちゃったんだけど」
「河川敷で? 何をしてるんだ・・・」
「学校の練習場じゃ見えないものを見るって言ってたけど。俺も参加しないでここに来たってわけ」





 どうだ神童、気になってきたか?
何が面白いのか笑顔を浮かべ尋ねる親友にして幼なじみに、神童は神妙な面持ちで首を横に振った。







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