むしゃくしゃする。
朝は朝でむしゃくしゃしたが、放課後は放課後で苛々する。
監視の任務も楽ではない。
剣城は河川敷のサッカーグラウンドでちまちまと行われている雷門中サッカー部に就任したばかりの新米監督と、彼に心酔するうざったい1年生たちの特訓を建物の陰からじっと窺っていた。
ドリブルとヘディングの練習とそれぞれに課しているが、上達しているのかまったくわからない。
円堂は選手としては一流だが、指導者としての実力は未知数だ。
現役時代は理論よりも直感で動くタイプだったから、それなりにフォーメーションなども研究されている中学サッカー界も同じスタイルで通用するとは思えない。
もっとも、たとえどんなに指導者が優れていても彼らの才能はフィフスセクターの勝敗指示の前には無力も同然なのだが。
何が起こるか、また、何を起こそうとしているかさっぱりわからない円堂を監視していると、足元に西園がヘディングで取り損ねたボールが転がってくる。
ヘディングもろくにできないのに名門雷門中サッカー部員を名乗るとは度胸のある奴だ、笑わせてくれる。
ボールを黙って睨みつけていた剣城は、おーいと間延びした声で呼ばれ眉間に皺を寄せた。
「おー来たか剣城、そのボール取ってくれー。サッカーやろうぜ!」
初めて知った。
サッカーやろうぜと誘われるよりも、やらないでと言われた時の方が心にずんとくることを。
サッカーをするなと言われた方が、自身を否定されているようで悲しいことを。
サッカーやろうぜと無邪気に誘われると単純に苛々する。
サッカーはそんなに簡単なものではない。
どんなに努力しても、努力が報われない者がいる。
罪を償うかのように進んで辛く厳しい特訓に励んでも、望む結果を得られない者もいる。
苛々する。
サッカーに係わるすべての存在に腹が立つ。
それほどまでにサッカーをやろうとせがむのならばやってやる。
サッカーに対する思いを込めた、とびきりのデスソードをお見舞いしてやる。
剣城は足元のボールを蹴り上げると雄叫びを上げた。
円堂守も1年生もキャプテンも、サッカーなんて大嫌いだ。
渾身の力を籠めて放たれたデスソードが円堂が守るゴールへと襲い来る。
伝説のGKにふさわしいキャッチをするかと思いきや、首を軽く捻るだけでシュートを許した円堂に言葉を失う。
すごいシュートだな、やるじゃないか!
円堂の満面の笑みと称賛の言葉に、怒りで体が熱くなる。
あの野郎、人を馬鹿にしやがって許さねえ。
今度こそシュートを止めさせるべく、再びシュート体勢に入る。
やめときなさい、ケンジョウくん。
不意に肩を叩かれ間違った名を呼ばれた気がして、剣城はうるせぇと吠えた。
「どいつもこいつもうぜぇんだよ! あんたいったい何なんだ!」
「俺かー? 俺は円堂守、よろしくな!」
「てめぇじゃねぇよ、あのいけ好かねえ・・・ああ?」
「どうした剣城ー、幻覚かあー?」
「ふざけんな!」
あんなものが実物だけでなく、幻覚までも見えてたまるものか。
所構わずケンジョウくんケンジョウくんと、あの人は本当に日本人なのだろうか。
剣城はこちらを凝視する円堂や雷門イレブンたちに背を向けると、苛々した気分を抱えたまま帰路に就いた。
思春期とは、男の子は苛々する年頃なのだろうか。
は家に帰ってくるなりいつも以上につんけんとした態度の剣城を見やり、ふうとため息をついた。
年頃の男の子が何を考えているのかまったくわからない。
スポーツや趣味に打ち込んでいればいいのだろうが、不良を気取りサッカーができるくせにサッカーを嫌う彼が欲求不満なのではないかと心配になってしまう。
サッカーバカでも欲求不満になっていたのだ。
彼よりも遥かに生き方不器用に見える剣城が、不満を抱えていないわけがない。
はぶすくれた表情で携帯電話を弄っている剣城を、頬杖をついて眺めた。
「それ、楽しい?」
「俺に係わるな、話しかけんな」
「はぁい」
本当にどこまでも素直な人だと思う。
ガキと言って憚らない年下にうるさいと言われれば黙るし、尋ねたことには的外れだが一応答えをくれる。
彼女に比べてこちらはどうだ。
あれやこれやと言われても常にうるさいやうざい、ふざけるなと会話を切ったきた気しかしない。
放っておけばべらべらと変わったことを口にする人だから、ここで黙って喋らせておけば先日のゲームメークのようなためになる話を聞かせてくれるかもしれない。
サッカーは嫌いだが、情報を得て雷門中サッカー部を潰すことができるのならば監視役としての任務は果たしたい。
剣城は目の前で日本語ではない言語で書かれた雑誌を読み始めたに、おいと声をかけた。
「あんた、今日外出たか」
「・・・・・・」
「おい」
「・・・・・・」
「おい!」
「軟禁されてるラプンツェルがそうほいほい外に出れるわけないでしょ」
「軟禁? あんたここに住んでるだろ」
「んなわけないじゃん。私ここの人じゃないもん」
「・・・やっぱあんた宇宙人か」
「かぐや姫も宇宙人だもんねぇ」
ケンジョウくん、人と話したいなら無理せず自分の欲望に忠実になった方が体と心にいいと思うよ?
雑誌から目を離すことなくさらりと言い放ったに、数分前の話しかけるな宣言を思い出した剣城がうるせぇと再び叫んだ。
冷たいふりしてるけど俺は知ってる、彼女は俺以外には本当に優しいんだ