7.疑惑のチラリズム










 あの不良、今日はついに弁当ストライキまで起こしやがった。
国籍人種を問わず評判のお手製リンゴのうさぎさん入りを、鞄に入れることなく登校しやがった。
は片付けたテーブルの上にちょこんと置かれたままの弁当箱を見下ろし、ああもうとぼやいた。
昼食は昼食で作るし、冷めたご飯よりも温かいご飯の方が好きだから弁当をつつく気にはならない。
弁当を忘れていったとケンジョウが昼休み前に気付けばいいが、彼は早弁するような食いしん坊ではなさそうだから事前に気付くとは考えにくい。
運動部員にとって弁当は命だ。
朝練に参加しているのかはわからないし興味もないが、放課後も遅くまで部活に励んでいるかもしれない身に朝昼兼食は堪えるに決まっている。
居候人を甘やかしたくはないが、健全な将来性がある少年を飢えさせるのは気分が悪い。
最近は何かと世知辛いご時世だから、虐待とでも通報されたらもっと気味が悪い。
仕方がない、いつ出戻ったケンジョウと鉢合わせてもいいように通学路を通って雷門中まで出前してやるか。
は黒木に貢がせた電動自転車の籠に弁当箱を放り込むと、雷門中に向かってペダルを漕ぎ始めた。
お出かけはストーカーがついて来ると最近知ったのであまりしたくないのだが、奴らは既にスパイを送り込んでいる雷門中にはついてこないようだ。
は電気の力であっという間に辿り着いた雷門中に躊躇うことなく入ると、巨大な校舎を見上げあっと小さく叫んだ。
しまった、ケンジョウが1年何組なのかわからない。
クラスメイトに誰がいるのかもわからないし、担任の先生が誰なのかもわからない。
雷門中は今も昔もマンモス校のようだから、1年生だけでも何百人いるのか見当がつかない。
困った、大いに困った。
は弁当箱をぶら下げたまま構内を歩いていると、前方に見知ったユニフォーム姿の生徒を見つけ再びあぁと叫んだ。
そうだ、確かケンジョウはサッカー嫌いのサッカー部員だった。
試合には同行しているので幽霊部員ではないだろう。
はサッカーグラウンドに降りることなく練習中の部員を見下ろしている少年に近付き、彼が雷門中生で唯一の知り合いだと判明すると顔と緊張を緩めた。




「おっは、神童くん」
「・・・・・・」
「し、ん、ど、う、くん?」
「え・・・? ・・・えっ、さん?」
「そう、さん。あっ、どうしてここにいるのかって思ったんでしょー。私も来るつもりなかったんだけどさあ、お宅のケンジョウくんが」
「ケンジョウ? 待って下さい、話が読めません」
「だからケンジョウくん、あれでも一応サッカー部員でしょ? 神童くんこれから朝練するんでしょ、だったらこれケンジョウくんに渡しといて」
さん、ケンジョウなんて奴はサッカー部には「キャプテン、おはようございます!」





 どこのどいつだ、人がせっかくイケメンと話していたのに急に割り込んできた空気の読めないガキは。
は突如現れたユニフォーム姿の少年をちらりと見下ろすと、見なかったことにして再び神童へ視線を戻した。
見ず知らずの大してイケメンでもない子どもより、面識も見どころもあるイケメンと話している方が楽しい。
は神童に弁当を突き出した。




「ほら、お迎えも来たしついでにケンジョウくんにこれ渡してきてよ」
「・・・俺は、俺はサッカーはもう、やらない!」
「へ?」「あっ、キャプテン!」





 弁当を抱え校舎へ駆け去って行った神童の背中を見送る。
神童はちゃんとケンジョウに弁当を渡してくれるのだろうか。
神童とケンジョウの相性はすこぶる悪そうだと今思い出したが、彼に預けて良かったのだろうか。
神童を追いかけ弁当を取り戻そうとは思わないので仕方がないが、渡さないのであればせめて箱だけでも返してほしい。
弁当とケンジョウの胃袋の行方を少しだけ案じ、自宅へ帰るべく踵を返す。
雷門中にもサッカー部には厄介事がたくさん潜んでいそうだから、あまり係わりたくない。
あのーあなたは誰ですか、待って下さい監督がと呼びかけるサッカー部員の言葉は聞こえなかったふりをして、は雷門中を後にした。






































 手を怪我でもしたらどうするの、ピアノが弾けなくなったらどうするのと周囲から散々心配され反対され、それらを押し切って始めたサッカーを自らの手で捨てた。
神童はもう来ることはないであろう部室で新任監督円堂に退部届を出し、顔を伏せた。
サッカーが好きだった。
サッカーが管理されていると知らない頃は、練習すればするだけ上達することが楽しかった。
雷門中に入学しファーストチームに選抜され初めてフィフスセクターの存在を知り望んだとおりのサッカーができないと知ったが、それでも時折訪れる本物の試合を楽しみに堪え技を磨いてきた。
しかし、待ち望んだ本物はもうやって来ない。
フィフスセクターが改革に本腰を入れ剣城というシードにして監視者を派遣したことですべてが変わり、そして終わろうとしている。
悔しかった。
窮地のサッカー部を立て直すどころか自らが先頭に立って崩壊のきっかけを作り、修復しようという気概すら消え失せた自分自身が不甲斐なくて憎くて、悲しかった。





「神童、俺は認めん。誰よりもサッカーを愛するお前が辞めるようなことはな」
「・・・・・・」
「・・・今朝、誰と話してた?」
「・・・監督には関係ありません」
「あるかもしれないから訊いて確かめたいんだ。・・・、じゃなかったのか?」
「知りません」
「知らないってでも神童、お前「本当に知らないんです! あの人のこともケンジョウという人のことも弁当のことも、俺は何も知らない!」




 あの人が、さんが何だというのだ。
円堂監督はあの人のことを疑っているのか。
ありとあらゆることが嫌になり部室を飛び出した神童は、盗み聞きをしていたのか神妙な表情を浮かべていた剣城にから押しつけられたケンジョウ宛の弁当を八つ当たりのごとく押しつけると、愛しくそして憎らしいサッカー棟に別れを告げた。







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