イタリアにいて活躍しているはずの友にしてサッカー界の知る人ぞ知るフィールドの女神が、日本にいるわけがない。
日本にあっさりと別れを告げて以来ずっと海の向こうをホームとしている彼女が、日本にいる理由がない。
円堂は朝見かけた友とよく似た女性をより鮮明に思い出そうとし、頭を抱えた。
疑惑の人物はそれなりに離れた高い所にいて、正面ではなく横顔しか見ることができなかった。
神童と知り合いなのか彼に何かを押しつけ、こちらの呼びかけは聞こえなかったのか無視をして去っていった。
神童は知らないと言い張った。
隠そうとしているわけではなく、本当にほとんど何も知らないようだった。
神のタクトの異名を持ち中学サッカー界のゲームメーカーとしてはずば抜けた才能を持つ神童も、さすがにまだ国外のサッカー事情には疎いらしい。
、出るとこ出たら俺らよりもうんと有名人ですげぇ奴だもんなあ。
円堂は向かいに座りノートパソコンでなにやら調べている雷門中サッカー部顧問の春奈を眺めると、どうだと尋ねた。





「やっぱ俺の気のせいかなー」
「わかりません。さんって元々、チームの定期更新とかに出てくる人じゃないですから」
「だよなー。でもここにいたら超頼もしいんだよ。ほら、って昔から権力と圧力は叩き壊して潰すもんだって思ってただろ。まあ、身内ってか俺らも結構ぐちゃぐちゃにされたけど」
「円堂さん、兄さんに殺されますよ」
「告げ口やめてくれよ、音無」
「・・・確かに、今の状況にさんがいたらどれだけ心強いかわかりません。でも・・・、私は、できればさんには係わってほしくありません。今のサッカーをさんに見てほしくありません」





 見られたくないんですとぽそりと呟くと、春奈はパソコンを閉じ小さく笑った。
中学生だった時から本気でないサッカーには激しく憤り、強烈な発破をかけていただ。
勝敗指示まで細かく決められた今日のサッカーを観たら、はサッカーのことが嫌いになるかもしれない。
怒りを通り越し、呆れてサッカーへの興味を失くすかもしれない。
の隠退はサッカー界にとってはそれなりに大きな損失だ。
他の誰も気付かなかった才能を持つ選手を見つけ、才能を開花させる存在がなくなると未来に優れた選手は現れにくくなる。
目立つ才能、見てわかる才能だけが才能ではない。
フツメンだって付き合ってみればフツメンにしか出せない良さがあるってわかってくるんだからといつぞや熱弁していたのたとえ話を、春奈は今でも忘れていなかった。
雷門中サッカー部にもたくさんの選手がいる。
既に活躍している選手の他にも、一瞬だけでもきらりと光る何かを持った子はいる。
サッカー部顧問として春奈は、見つけにくい才能を持った子を探すことに重きを置いていた。





「ていうかさ、ってまだだよな? 音無招待状もらった?」
「まださんですよ。当たり前じゃないですか、私ですよ。当日は立向居くんのムゲン・ザ・ハンドでブーケは私のものです」
「音無センセイ、必死」
「そっ、そんなことないですよお!? ていうかそれセクハラですよキャプテン!」
「音無は変わんないなあ、ははははは!」





 音無が顧問で良かったよ、音無いてくれて俺スッゲーほっとしたし心強い。
中学生のころと変わらない人懐こい笑みを浮かべた円堂につられ、春奈もへにゃりと笑い返した。







































 なぜ神童が弁当箱を持っていたのか経緯はわからないが、神童のおかげで昼食抜きは免れた、
剣城は空っぽになった弁当箱を仕舞った鞄を地面に置き、時間が経つのも忘れ河川敷で繰り広げられている神童と松風、西園の1対2のミニゲームを見守っていた。
神童はサッカー部を去るらしい。
雷門中サッカー部の要である神童の退部は、サッカー部を潰すという剣城の目的が達成されるための大きな一歩だった。
神童が辞めれば、キャプテンという大黒柱を失ったサッカー部はますます崩壊していくだろう。
すべての中学サッカー部をフィフスセクターの支配下に置き、そのために派遣された自身はもっと大きな顔をしていいはずだというのにあまり嬉しくない。
同じ化身を出す者として幾許かのライバル心があったのか、現実に背を向け去っていく神童につまらないと感じてしまう。
あれだけサッカーが巧いのにサッカーをやめるのか。
あれだけ周りがよく見えた優れた選手なのに、サッカーをやめるのか。
サッカーをやりたくてできない人もいるのに、できるサッカーから自ら遠ざかろうとするのか。
神童を追い詰めた一因は確実にこちらにあるというのに、不思議なことに辞めるなと言いたくなる。
泣いてしまうほどにサッカー思い愛しているのに、本当にやめていいのか。
キャプテンの資格なんて、そんなものなくても堂々としていればいいだけなのだ。
大きな流れに従うために自らの心を裏切ることなど、慣れてしまえばどうということはないのだ。
松風の必殺技によりボールを奪われフィールドの真ん中で泣き始めた神童に、大きな影が歩み寄る。
神童の足元に散らばった白い紙切れは、おそらく彼が円堂に提出した退部届だろう。
なんだ、やめないのか。
剣城はぐずぐずと泣きながらも退部の思いを翻意した神童から見えないところで、にやりと口元を緩めていた。
それでこそフィフスセクターに屈しない厄介な学校、名門雷門中サッカー部だ。
剣城は円堂たちが去った後のフィールドに入ると、回収し損ね地面に落ちていた退部届の切れ端を拾い握り締め、強烈なシュートを無人のゴールへと放った。






ゴミはゴミ箱に、ストッププライド捨て






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