8.鉄板芸はボスのふり
さすがは他称フィールドの女神、自称マジ天使が見込んだだけはある。
は空っぽの弁当箱にせっせとおかずを詰めながら、自らの人選センスに満足していた。
口では嫌だのやりたくないだの言っていても、根がいい子はこちらのおねだりを聞いてくれる。
ケンジョウのことなど知らないと言い張っていた神童はきっと、別れた後に必死になってケンジョウを探し弁当を託したのだろう。
責任感溢れる素晴らしいキャプテンだが、その責任感の強さはちょっぴり不安にもなる。
責任感が強いのはいいことだが、強すぎる者は得てして1人ですべてを抱え込もうとする。
頼れる仲間や、頼って助けてくれる心強い仲間がすぐ近くにいることを忘れてしまう時がある。
神童は、日本の中学サッカー界では名の知れた神のタクトの異名を持つ天才ゲームメーカーらしい。
自ら神と名乗る人物は信用ならないキチガイが多いが、人から神と称えられる者は確かな才能を持っていることが多い。
本人ですら気付いていない稀有な能力を持つ、他人から見れば神業としか思えないことを平然とやってのける変わり者。
神童は優れた選手だ。
だから皆神童を中心に据え期待をし、彼の後についていこうとする。
もちろんそれは悪いことではない。
そうされるだけの魅力が神童にあるということだ。
しかし、だからこそは神童のことを案じていた。
案じるほど神童のことを知らないし調べようとも思わないが、神童と似たような人々と浅からぬ縁があるせいか、は彼を視界の外に完全に締め出すことができなかった。
「それに比べてうちのケンジョウくんは素直じゃないしサッカーもしないし、おべんと渡してくれた神童くんにちゃんとありがとうって言ったー?」
「あんたの子どもになった覚えねぇよ。俺は押しつけられただけだ」
「ほんっと可愛くないよねえ、ありがと言わないとかなぁんか昔の修也みたい」
「最悪だな、その修也」
「そうそうほんとサッカー以外は何やっても駄目なダメダメダメンズでさあ。修也今何してんだろ、ケンジョウくん知ってる?」
「知るかよ、そんなろくでもなさそうな奴」
「そっかあ。うーん、でも今の状況かくかくしかじかだからヘルプって言ったら修也も巻き込んじゃいそうでそれはやだもんなあ」
そもそも、修也召喚したらそこでまた何か面倒なこと起こりそうだもんね、浮気とか不倫とか泥沼昼ドラ展開!
たこさんウィンナーを強引に詰め込み強引に蓋をしけらけらと笑う自称ラプンツェルに、剣城は返事をすることなく家を出た。
戦略を組み立てるのは苦手だが、監督だからやらなければならない。
本当はゲームメーカーに任せうんうんと頷くだけにしたいのだが、対等な地位にいるゲームメーカーはここにはいないので自分で考えるしかない。
円堂は風呂敷残業し編み出したホーリーロード地区予選1回戦の攻略法を、いまいちやる気を感じられない神童たちの前で発表していた。
プレイするのと指導をするのとではまるで勝手が違う。
現役時代もゴールからディフェンスジンの指示程度は出していたが、中盤から前線にかけては鬼道、ディフェンス陣は風丸が統率していたので大局を見ての判断を求められることは少なかった。
紙や映像という間接的な情報を基にチーム全体を統率するのは難しい。
鬼道や不動はよく戦略を練り、試合中でも臨機応変に必殺タクティクスを生み出していたと思う。
円堂は改めてかつてのチームメートの才能に感心しながら、神童たちの反応を窺っていた。
勝敗指示は当たり前のように言い渡されたが、それを伝えるつもりはない。
撒けるために戦う試合などない。
負けを覚悟して戦って苦しむのは、負け試合を演出した神童たちだ。
全力を出しているふりをして負ける、あるいは負けさせる戦いを円堂は指揮したくなかった。
苦渋の決断を下し、負け試合を思わせなかった負け試合をメーキングした10年前の友の思いを踏みにじることはしなくない。
円堂の勝利宣言に、サッカー部員の大半の表情に戸惑いと困惑の色が走った。
「・・・監督、俺たちはみんな将来のために我慢しているんです。1勝のために将来を棒に振るのは、俺たちは嫌です」
「だから望まない試合をして負けてもいいっていうのか? 妥協して将来を手に入れても、そんな未来は楽しくないぞ」
「楽しくない未来よりも、未来そのものを閉ざされることの方が俺たちは怖いんです」
最近の中学生は皆口達者だ。
サッカー部をやめても弁論部員として身を立てていけそうなほどに賢く、反論しようにもそれができるだけの材料及び技量がこちらに足りない。
松風と西園を残し、三国を初めとした面白くない現実重視のリアリティ溢れる部員たちが去っていく。
権力に支持されることに慣れている者は、ある日突然自分の意思で動けと命じられても今までそうしてこなかったために『自分で考える』という行為に頭がついてこない。
フィフスセクターは確かにサッカーに忠実な秩序正しい管理サッカーを作り上げてはいるが、管理と秩序の代償に選手たちの自立心を奪ってしまった。
自分で考えることをやめた者の成長限界は、驚くほどに早く訪れる。
このままでは、やがて日本のサッカー選手は世界で活躍できなくなる。
「神童ももうちょっとタフになった方がいいんだろうけど、責任感強いのがあいつの長所だもんなあ・・・」
「円堂監督! 俺の、俺にもいいとこってありますか!」
「天馬は諦めずに粘るとこだな!」
やったあ監督に褒められたあとはしゃぐ松風たちのような無邪気な頃が、神童や三国たちにもあったのだろうか。
指揮者がタクトを放り投げてしまう不協和音だらけのサッカー部の行く末を思い、円堂は小さく息を吐いた。
フットボールフロンディアは今は昔の話らしい。
は久々に姿を見せるなり迎えの車に押し込んだ黒木からもらったホーリーロードとやらのチラシを眺め、ふうんと相槌を打っていた。
テレビ中継される人気の大会なのだから開会式も自宅で観ると言い張ったのだが、フィフスセクターはサッカーだけではなくどこにでもいる一般人のスケジュールまで管理する組織らしい。
海を言わさず会場まで連れて来られ、前日のパイプ椅子観戦はさすがにまずいと思ったのか用意されてた豪華な来賓者席に誘導される。
試合はスタンドもしくはベンチでしか観戦したことのない身に、VIPルームは居心地が悪すぎる。
は所用と誤魔化し席を離れると、かつて一度も訪れたことのないVIPエリアを探検すべく歩きだした。
出場中学校の校長たちに宛がわれているのか、スーツを着た偉そうな人々がボックス席からフィールドを見下ろしている。
ここにいる連中は、皆、フィフスなんとかの八百長サッカーに取り込まれている学校のトップたちなのだろう。
は部屋の前にかけられた名札を見ながらふと、自分の部屋には何と書かれているのか気になってきて踵を返した。
ここへ連れて来た黒木はこちらのことを何も知らなさそうだが、ひょっとして名無しの誰かとでも書いてあったのかもしれない。
それは嫌だ、せめて通りすがりに見つけた綺麗な女性あたりで手を打ってほしい。
VIPゾーンの一番端の自室へと戻って来たは、部屋の前に佇んでいる来訪者らしき人物にことんと首を傾げた。
学校関係者にしてはド派手なスーツを着ているが、誰だろうか。
TPOを弁えない男を知り合いに持った覚えはないから、声もかけにくい。
誰だろ、あの人。
ぼそりと呟くと、独り言が聞こえたのか派手男がくるりとこちらへ首を巡らせる。
なんとなく視界に入りたくなくて反射的に曲がり角に身を隠す。
こっちに来たらどうしよう、いや、どうもしないけど。
でもなぜだろう、あの人に会いたくない。
存在を知られたくないと息を潜めたの耳に入ってきたのは、深く長い寂しげな溜息だった。
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