やはり、フィフスなんとかの息がかかっている場所には長居すべきではない。
はVIPゾーンから早々に抜け出すと、満員のスタンドの中に残されているかもしれない空席を探し彷徨っていた。
今回はきちんとスタンド観戦したい。
パイプ椅子観戦は腰が痛い、軋む音が嫌なのだ。
はようやく見つけた隙間に体を滑り込ませると、雷門イレブンと対戦相手をざっと見回した。
相手によって選手を変えられるだけの人的余裕がない雷門中は、栄都中と同じスタメンで挑んでいる。
ユニフォームすら着ていないケンジョウはサッカー部員にしてそうでないから頭数には入っていない。
ケンジョウのような面倒な子供の相手をするのは骨が折れる。
雷門中ベンチにいるのは中学時代の友人たちのようだが、今も昔も直感的な円堂がケンジョウを物にするにはまだ時間がかかるだろう。
ああいう類にはしつこく構わず放っておくのが一番だ。
ケンジョウは、誰かに注目されていないと自身の力を見せつけられない不器用な人間のように思う。
下手にちやほやせずに、いない者として扱っていた方が向こうから構ってほしくて距離を縮めてくる。
国中からたくさんの若者が集まってくるから、人を見る目は嫌でも肥えてくる。
だからか、だからケンジョウのお守りをするために連れ去られたのか。
は気付いていなかった自身の癖が今日の厄介事を招いたと知り、天を仰いだ。
こちらは他人の才能を見つけるのが仕事だが、他人はこちらの粗探しはしないでほしい。
はいつ誰に見られているともわからない現実に、慌てて身だしなみを整えた。
「どうせ今日も八百長やってんでしょ、あの動き」
どうせ八百長試合をするのならば、誰にもわからない全力を尽くしたふりをした試合展開にしなければ面白くない。
今日は神童を初めとした3人ほどの選手は本気で戦っているようだが、彼ら以外はてんでやる気がないからより八百長試合だとわかりやすくなる。
だが、この試合で無気力で無防備になるのはやめた方が良さそうだ。
天河原中という雷門の対戦校は、ラフプレーが多い。
怪我を狙った卑劣な悪意溢れる危険極まりないプレイとまではいかないが、激しくチャージし弾き飛ばす見ていてひやひやする攻撃を得意とするようだ。
連中と実力通りの力を出せば容易くあしらえるであろうこれらプレイも、負けるがためにただ突っ立っているだけの状態でいるといらぬ怪我を招くことになる。
スポーツ選手にとって怪我は人生の大事件だ。
程度の差はあっても、雷門中サッカー部にコーチだか監督だか守護神だかでくっついている円堂のように戦線を離れざるを得なくなる。
今日も嫌な試合だ、見ていて苛々する。
帰ろうと思い腰を上げかけたは、フィールドに走る見えない光を感じ光の発生源を顧みた。
「ただの泣き虫センチメンタルイケメンじゃないとはわかってたつもりだったけどふぅん・・・。もったいない」
秩序という名の牢に繋がれていなければ、彼の才能はもっと大きく花開いてやがっては世界中の一流選手と互角に渡り合える天才ゲームメーカーになれるのに。
チームの良さを生かすも殺すもチーム次第ってことか。
は再び座席に腰を深く下ろすと、先制点を奪った神童を見つめ小さく頷いた。
フィフスセクターに対して反旗を翻したところで、同調する者はいない。
だが、しないからといって諦めつもりはない。
心はバラバラに離れていようと雷門中サッカー部の仲間であることは変わらず、仲間である以上仲間の力を借りて勝利をもぎ取りに行く。
フィフスセクターの勝敗指示に従うために動かない選手がいることはわかっている。
わかっているならば、それを見越した上で戦略を立てればいいだけだ。
円堂が主将を務めた10年前のフットボールフロンティアインターナショナルでのイナズマジャパンの試合の数々は、神童の夢だった。
当時から天才ゲームメーカーと呼ばれ現在も海外プロリーグで活躍している鬼道は、神童にとって神に等しい雲の上の存在だった。
フィールドすべてを見通した視野の広いゲームメークを展開するにはどうすればいいのだろうと、何度も見ては研究してきた。
鬼道や円堂、久遠監督が不在だったアルゼンチン戦は、フィフスセクターの勝敗指示に従わざるを得なくなった時から頻繁に見るようになった。
フィールド外の誰かが指揮を執っていたその試合で後半から格段に動きが良くなっていたことは、神童の想像を遥かに超えた奇跡のように見えた。
ベンチに向けられたカメラ内にちらりと掠め映った、きりりと引き締まった表情を浮かべフィールドに向け手を伸ばしている可愛らしい女の子。
スタッフ一覧にも載っていない今の自身とそう変わらない年格好の少女は、彼女の戦いの意図を読めた時から神童の中で大きな存在となっていた。
周囲に、おそらく選手たちにも負けるべくして負けたと悟らせないように下していた判断は、世界大会の舞台では決して褒められた行為ではない。
しかし、そう悟らせないだけのずば抜けたゲームメーク力と崩壊した陣形を立て直させるリカバリースキル、選手のコンディションを知る観察眼が批判を生み出さなかった。
人々は、戦いの中に批判点を見つけることすらできなかったのだ。
負けるべくして負ける試合をキャプテンとして、ゲームメーカーとして演出しなければならない立場にあるのならば、せめて彼女のような素晴らしい負け試合を作りたい。
ただ負けるのではなく、次に繋がる有意義な負け試合でありたい。
いつしか神童は、10年前の少女に思慕に近い憧れを抱くようになっていた。
勝敗指示を守るつもりはないと知った天河原中が、先程よりも更に激しく強引なプレイで動かない雷門イレブンディフェンス陣を倒しゴールに肉薄する。
味方が味方でないために充分な指示を与えることはできないが、やると決めた以上1人ででも止めてみせる。
天河原中FWの前に立ちはだかった神童は、彼の呼び出した化身に圧倒されシュートもろとも吹き飛ばされた。
ケンジョウと同じようなフィフスなんとかの勝敗指示を受けた者が化身を使いこなすことは、雷門にすらケンジョウがいるという時点で予想できていた。
神童は久々に勝ちにこだわったせいかそこまで読んでいなかったようだが、それでもいいと思う。
下手に先が見えたふりをするよりも、今を全力で楽しんだ方が閃きやすい。
閃きは子供の特権だ。
は苦悩のイケメンキャプテンを間近で拝むべくロッカールームへの通路を歩いていると、見知った顔に出くわしげっと声を上げた。
あの、いかにも悪どいこと考えてますといったふてぶてしい面構えのどでっ腹は雷門中学校理事長様だ。
理事長様がご立腹ということは、今日の試合は八百長の約束を破っているということだろう。
フロント連中には汗臭い場所には近寄りたがらない者がそれなりにいるが、理事長はそれを覆してでも汗臭いチームに物申したいことがあるらしい。
下らない、理事長が何を言ったところで円堂や神童の思いは変わらないというのに、円堂たちを責める時間があるのならばセイテイへの上手い弁明方でも考えていた方が生産的だ。
は連れの男相手にぶつぶつと怒りの愚痴を零し今まさにロッカールームの扉を開けようとした理事長の背中をちょんとつつくと、何やってんのと尋ねた。
「陣中見舞いも試合中はお断りだからおととい来てね」
「な、何なんだね君は! ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ!」
「そんなのお互い様でしょ、理事長サマも今日の試合に満足できてないんでしょ? 私と一緒じゃん」
「き、君は誰だね! そこをどきたまえ!」
動きの鈍い理事長たちに先んじて扉の前に立ったは、むっと眉をしかめるとあんたこそ誰よと指を突き出した。
なんで理事長が雷門理事長や夏未さんじゃなくてあんたなのと言い放つと、は理事長を見やった。
「勝てば学校の評判上がるならいいじゃない、このままやらせとけば」
「サッカーも知らんような小娘が口を出すな! ホーリーロードにおけるフィフスセクターの勝敗指示は絶対だ、この試合は確実に負けるのだ!」
「あーっ、あんたもしかしてそれ円堂くんたちに言おうとしてたんでしょ、サイッテー! ケンジョウくんみたいなガキが言うならまだ笑って済ませられるけど、大人が言うとただの馬鹿!」
「黙りたまえ! 誰に向かって口をきいているのかわかっているのかね? 私は、名門雷門中学校の理事長だぞ!」
「あんたこそ誰に向かって物言ってんのかわかってんの? 私は・・・うん? あれ? 今の私って何? 無職? んー・・・、あ、セイテイ?サマに拉致監禁・・・違った、そう、囲われてる超VIP待遇に向かって!」
「・・・おい嘘だろ」
なんだか外が賑やかだ。
円堂たちはロッカールームのすぐ外で繰り広げられている騒ぎに、完全に調子を狂わされていた。
ポーカーフェイスを気取っていた剣城は腕組みをしたまま顔を逸らし苦々しい顔をしているし、浜野はくすくすと笑っている。
理事長を中に入れさせない気持ちはとても嬉しいしありがたいが、彼らが中に入ってきた方が騒々しさはすぐに止むとも思う。
円堂はこほんと咳払いすると、外野の声が聞こえないふりをして口を開きかけ、そしてすぐに閉じた。
『八百長やれって言われてても、シュート打たれて止めようとした雷門のGKすごいと思わない? そりゃあんな化身シュート取れないわよ、昔の円堂くんとかブラージも無理無理。でも、やる気ないふりしてても反射的にシュート止めようとした人が1人でもいるなら、私は今日の試合はずっとこのまま観てたい。本気になれとは言わないけど、本気出したとこ見てみたいなって選手がいるから、だから余計なこと言うならここ絶対どかないからね!』
「・・・と俺も言いたかったので、俺はフィールドで待ってる。その、な・・・、なんか外の人が俺の知り合いかもしれないっぽくてごめん・・・」
これだろ、しかいないだろ。
TPO弁えずに言いたいだけ言い散らして言ったこと全部的の裏からど真ん中貫くのとしか思えないし、以外にそんな奴いてほしくないよ、平穏のために。
円堂は扉を開け理事長とクレーマーが既に消えていることを確認すると、見えざる女神からかけられているとてつもないプレッシャーを背にフィールドへと戻っていった。
今日の試合は途中からは見られたよねえと暢気にぼやく同居人に、返す言葉も見つからない。
貴重なハーフタイムに壁越しから茶々を入れてきやがって、雷門イレブンを失意のどん底に突き落とそうとしていたのにどうしてくれるんだと詰りたい。
思うだけで実際に詰らないのは、そうしたところで効果がないとわかっているからだ。
「神童くんも化身使えるようになったし、やっぱケンジョウくんっていう悪役がいるからイケメンが輝くのかと思ったらケンジョウくんの存在って大きくない?」
「・・・・・・あんた、全部本気で言ってんのか?」
「マジよう。キーパーの子もいいセーブしてたし、隣のおばさんキーパーのファンだったのかめっちゃ大声で応援してたから報われて良かった」
フィフスなんとかもホーリーロードもどうでもいいけど、とりあえずセイテイってのには会ってみたいかも。
見ず知らずであろう男性に対しとんでもない暴言ばかり吐いていたを目の当たりにした剣城は、聖帝の身に危険が及ぶのを案じやめろよと即答した。
大声でわあわあ言ってる雛壇芸人さんが、類型である