変な嘘をつくのではなかった。
は黒木ではないフィフスセクターの職員に連れられ、フィフスセクター本部を訪れていた。
全館省エネ中なのか、廊下もロビーもどこもかしこも薄暗い。
サッカー少年たちの健全な成長を後押しするというよりも、後ろめたいことやってますというイメージの方が強く見えてしまう。
サッカーと何の関係もない、ただ気が付けばケンジョウの子守ということで巻き込まれた一般人の行動を逐一監視したがる公的ストーカー機関なのだから、
試合会場に監視カメラがついているのも当然と思うべきだった。
迂闊だった、機械の目が見ている中で嘘八百を吐いたこちらの負けだ。
こんな美人を囲ってるなんて羨ましい奴ね、そうボラ吹かれただけでも良しと思いなさいと開き直って言いたいが、間もなく人妻になるという大切な時期にいる者が
夫ではない誰かの愛人になるのはまずすぎるので、今日は素直に謝るしかない。
はこれまた薄暗い聖帝の間へ通されると、遥か前方に王のようにゆったりと豪奢な椅子に腰かけている聖帝らしき人物を見つめた。
照明が暗すぎて、聖帝の性別も年格好も何も見えない。
ラスボス的な雰囲気を出して他を圧倒したくなる演出はわからなくもないが、訪問者の視力のためにももう少し照明を明るくしてほしい。
それともフィフスセクター本部は現在全館停電中で、今の明かりは非常灯のそれなのだろうか。
目を眇めたの耳に、聖帝と思しき男の声が入ってきた。




「先の試合で面白いことを言ったらしいな」
「・・・へえ」
「私は囲ってやった覚えはないが、そんなに囲われたいのか?」
「まさか。でもお宅でしょ、私にケンジョウくんのお守り押しつけてんのは。その時点で囲ってるようなもんじゃない」
「ケンジョウ? 知らんな、そんな奴」
「わっかりやすい嘘言ってんじゃないわよ。今の中学生に八百長させて言うこと聞かないサッカー部潰しにかかってるあんたらが私に何の用があるのかわかんないけど、迷惑してるから今すぐ帰して」
「それはできない相談だ」
「なんで。あんたセイテイさん、一番偉い人なんでしょ? 私の処遇くらい聖帝決済でぱぱっと今すぐこの場で決められるでしょ」






 ほらほら早くさあ早くと急かすと、壇上からため息が聞こえてくる。
ため息をつきたいのはフィフスセクターの理不尽なわがままに付き合わされ人生のスケジュールを滅茶苦茶にされたこちらだというのに、なぜ奴の方が先にため息をつくのだ。
解せない、意味がわからない。
苛立ちを露わにし、側近たちの制止も聞かず聖帝へと歩み寄るべく一歩踏み出す。
決めた。
面白そうに歌いように口を開いた聖帝の言葉に、が足を止める。
顔を上げようとすると、視界が温かな何か、おそらくは手に覆われ何も見えなくなる。
何すんのよ。
そう言いかけた直前、耳元で低く艶やかな男の声で囁かれの体がぴしりと固まった。





「囲われたいなら囲ってやる。だから俺の言うことを聞け」
「・・・だっれが聞くかっての!」





 ばちいんと乾いた音に次いで、ばっかじゃないのと叫ぶ声が部屋中に響き渡る。
何が囲ってやるだ、何が言うことを聞けだ、色狂いの皇帝気取りもいい加減にしろ。
は顔も知らない初対面の聖帝の頬に強烈な張り手をお見舞いすると、追いすがる案内役を蹴散らし聖帝の間を後にした。







































 聖帝イシドシュウジに会うのは実は初めてだ。
剣城は、黒木に連れられ訪れたフィフスセクター本部で初めて見る聖帝の姿と威圧感に圧倒されていた。
薄暗い照明の中でも感じることができる鋭い眼力には、こちらのもやもやとした感情をすべて見透かされている気分になる。
眼力に負けじと聖帝を睨み返してみるが、所詮はフィフスセクターという大きな掌で転がされて操られている子供の抵抗だ。
ちらりと見返されただけでたちまちのうちに勢いが削がれてしまう。
剣城は黒木によって滔々と語られる自身とサッカー、そしてフィフスセクターとの因縁を聞き唇を噛んだ。
兄の手術の援助と言えば聞こえがいいが、人質に取られているのと状況はちっとも変わらない。
兄の足を駄目にしたのが自分なら、兄の足を治すのも自分でありたい。
兄の足が良くなることですべての罪滅ぼしにあるとは思っていないが、このままずっと失われたままの兄のサッカーの時間を取り戻してやりたい。
兄からサッカーを奪い、好きでもないのに人よりも上達した自身のサッカーセンスがあれば兄を救うことができる。
この話を知れば兄はもちろん、誰もいい顔はしない。
覚悟を決めたはずの自分自身も、時折心が揺れることがある。
強さや才能は、自由を奪う鎖をもたらす。
あの人も、きっと今も家でのんびりとしているであろう正体不明の観賞用人間も、気味が悪いまでに研ぎ澄まされたゲームメーク力を見初められ自由を奪われたのだろうか。
いや、あの人はたとえ自由を奪われても、不自由の中で新たなる自由を生み出す逞しい人物だ。
ひょっとしたら彼女自身が誰かの人質なのかもしれないが、あれが人質ならばそう心配し不安になることもないだろう。
剣城は黒木の話を聞き、兄弟とぽつりと呟いた聖帝を見上げた。
肘置きに凭れ頬杖をついている聖帝の片頬がうっすらと赤い。
フィフスセクターの最高権力者は、誰かに張り手でも飛ばされたのだろうか。
こちらが顔でも目でもなく頬に見入っていたことに気付いたのか、聖帝が頬杖をやめそっと自身の赤く腫れた頬に指を這わせる。
同じ男であるはずなのに、妙に艶めかしい聖帝の指の動きにどきりとする。
聖帝は小さく笑うと、気になるかと口を開いた。





「勝てない者を屈服させようとするといつもこうだ・・・。覚えておくがいい。この世には、どれだけ足掻いても手に入らないものがあると」
「聖帝でも敵わぬ相手がいるとは・・・、排除しますか?」
「いや、面白いではないか、反乱は」
「・・・はっ」
「勝てない、手に入らないとわかっていても人は無様に足掻く。叩き潰して思い知らせてやるより他に、目を覚まさせる道はない」




 聖帝は、もしかしたらその『勝てない』人とやらに叩き潰されたいのだろうか。
何の脈絡もなく、突然奇妙な性癖を暴露したのか。
話すことに飽きたのか話しているうちに痛みが蘇ってきたのか、頬に手を当てたまま退席した聖帝の無人の空虚な玉座を見つめた剣城は、同居人についてのクレームを伝え損ね額を押さえた。






何もかもが、愛おしくて懐かしい






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