10.てのひら型の認定証
居候人ケンジョウもサッカー部をかき回す問題児だが、部内にはもう1人、厄介なサッカーバカがいるという。
サッカーは個人で行うスポーツではなく11人とベンチ、そしてマネージャーたちサポートメンバーの力が合わさって初めて成立するチームプレイだ。
サッカーが好きでサッカーバカを自称するのは自由だが、サッカーバカだからといってサッカーに対して何をしてもいいわけではない。
ごく一部を除いて、サッカー部員たちはサッカーが好きだから部に所属している。
しかし彼らがなぜサッカーを愛するのかという理由は人それぞれで、統一できるものではない。
豪快にシュートを放つのが好きだから。
相手からボールを奪い、前線へアシストするのが好きだから。
シュートを阻止した瞬間が好きだから。
自分の出した指示通りに試合が動くことが好きだから。
サッカーをしないサッカーファンがざっと挙げただけでもこれだけあるのだから、実際にプレイする選手たちはもっと細かなこだわりの『好き』を持ってサッカーに向き合っているはずだ。
だから、自分の意思を他人に押しつけるのは良くない。
人に押しつけられずとも相手は相手なりの形でサッカーを思い愛しているのだから、それを受け止める広さを求めなければならない。
サッカーバカは、時に視野が狭くなる。
周囲にサッカーバカは今も昔もたくさんいたが、皆様々な形で見ているものが限定されていた。
大人ですらそうなのだから勢いで生きようとする子供はもっと狭く、そして意固地なはずだ。
は買い物の帰り道偶然出くわした今にも泣きそうな神童を放っておくわけにもいかず、公園のブランコに腰かけ神童のお悩み相談を黙って聞いていた。
「俺はキャプテンなのに天馬のことをフォローできないし、倉間を窘めることもできないんです・・・」
「ごめん、天馬と倉間が何かわかんない。私、サッカー部で知ってんの神童くんとケンジョウくんだけなんだけど」
「だからケンジョウなんて奴は・・・。・・・いいです、もう」
「そ? キャプテンってさあ、そんなことにまで首突っ込まないといけないわけ? 殴り合いでもさせとけばいつの間にか仲良くなってるかもよ」
「暴力沙汰は駄目です! さんって結構攻撃的ですね、意外です」
「へえ?」
「だって、こんなに綺麗な人が殴り合いとか・・・。な、なんでもないです忘れて下さい」
思わず漏れた本音が聞こえてしまったのか、がにいと笑う。
視線を釘付けにする綺麗な笑みから目を離すことができない。
この人、今も綺麗だけど昔も可愛かったんだろうな。
俺が好きなあの子には負けるだろうけど、さんみたいなしゃきっとした人から発破をかけられたら相手は奮起せざるを得なかったろうな。
をじっと見つめていた神童は、不意にちょんと額をつつかれわっと小さく声を上げた。
「ここ、皺寄ってる」
「え、あ・・・」
「せっかくのイケメンなのに、そんなに顔皺くちゃにしちゃやぁよ。へへっ、なぁんかあの人に言ってるみたい」
「あの人?」
「私のこと一番近くで見てくれて、私が一番長い時間見ていたいすごーく大切な人」
今は訳ありで音信不通だけど、フィフスなんとかぶっ潰したら即行逢いに行くんだあ。
そう告げはにかみ笑いを浮かべたに、神童は眉間の皺を消し去りふわりと頬を緩めた。
どうやら幽霊部員ではなかったようだ。
はロッカールームからユニフォーム姿で現れたケンジョウを捕まえると、似合ってるうと声をかけた。
アイロンを前日に怠ったからなのか、襟が立っていてみっともなくはあるが概ね似合っている。
背が高く肉づきも面構えも悪くないケンジョウは、何を着てもそこそこ似合う恵まれた容姿の持ち主だ。
見てくれのおかげでファッションセンスの微妙さもカバーしているともいえる。
顔も体つきもいいのに性格と愛想だけは相変わらず悪いケンジョウがこちらを見つめてくる。
10歳も年下のくそガキと同じ目線で話をするのは複雑な気分だ。
見下ろされるよりもましだが、そのうちあっという間に背丈を追い越され冷めた目で見下ろされるかと思うと、そうなる前に日本を去ろうという思いが強くなる。
年長者としての意地と威厳を見せようと姿勢をぴんと伸ばしていると、ケンジョウが案の定冷ややかな表情のまま口を開いた。
「今日のスコアは、1対0で雷門が負ける」
「ケンジョウくんがオウンゴールでもするんでしょ、どうせ」
「・・・さあな」
「勝っても負けてもどうでもいいから、ケンジョウくんがお仕事してもしなくてもどうでもいいんだけどね。・・・襟立ってるよ、おっかしー」
「立ててんだよ、ほっとけ」
「はいはい。良かったね、ケンジョウくんフィフスなんとかのグルで」
「は?」
「だって、そうでなかったらケンジョウくんくらいすごい選手は真っ先にラフプレー浴びて即入院してるって。聖帝ってサイテーで頭いい奴よねー、サッカーの秩序を乱す不平分子がいたらその子の足の骨マジで折ればいいんだもん」
そんな試合観させられてるなんて私もほんとかわいそうな人。
そう言い残し背中をぽんと叩き去って行ったを、剣城はざわつく心音を押さえ見送っていた。
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