大好きな人の前以外ではつんけんとしている我が身は、こんなに弱々しい声を出すことができたのか。
大嫌いな奴を近くで見るのが嫌で近付こうともしなかったが、大好きな人を思えば避けたい場所へも足を踏み入れることができるのか。
愛とは、好きとはこういうことを言うのだ。
どうやって入ったのかわからないが、いつもはスタンドから見ていたベンチの中に立っている。
やめて下さい、やめさせて下さいと見ず知らずの監督らしき男性に懇願する。
大事な教え子たちが相手チームの理不尽なプレイにより叩きのめされ傷つき負傷しているというのに、なぜこの監督は平気な顔をして黙っているのだろうか。
このままでは大好きな人もそうでない人もクラスメイトも皆潰れてしまうと素人が見てもわかるのに、なぜ監督は動こうとしないのだ。
監督だけではない、顧問の音無先生もなぜ見ているだけなのだ。
誰も彼らを救う気がないのか、このまま見殺しにするのか。
こちらを認識していないのか、どれだけ呼びかけても反応しない監督に失望と絶望を同時に味わう。
サッカーとは何なのだ、何のために彼らはボールを追いかけるのだ。
こんなもののために、自分は神童によって人生を滅茶苦茶に狂わされたのか。
やめて、もうやめさせて。
誰の耳にも入らない願いを零した直後それは無理でしょーとお気楽に言い放つ女性の声が聞こえ、ようやくみられた反応に顔を上げた。
「監督なんてのは雇われてるだけだし顧問の先生だって残業と休日出勤増えてるだけだから、試合やめさせるような権限なんてないない」
「え・・・」
「頼む相手をちょーっと間違えてるだけだから大丈夫、三角つけたげる。・・・そこの襟立ててるくそガキ、私が言ったことわかった?」
「・・・・・・あんたほんとに何なんだ・・・」
「今やるのは私の尋問じゃなくてサッカーでしょ。自分が潰そうとしてる相手が他人に潰されてる前にとっととケリつけなさい、今すぐに」
相変わらずぶすくれた表情を浮かべてはいるが無愛想な表情の中に何かを決意した真っ直ぐな思いを感じ、ケンジョウを視界の外へ追いやる。
見ているだけの監督ならばいなくても構わない。
教え子たちを見殺しにするような監督など、いない方がいい。
は何が嬉しいのか弾んだ声で自身の名を呼んだかつてのクラスメイトとよく似てはいるが中身はまるで違う男を振り返ると、躊躇うことなく右手を横に薙いだ。
円堂であってそうでない彼はきっと、自分がなぜ張り手を飛ばされたのかもわかっていないのだろう。
何が起きたのかわからず右頬を押さえきょとんとこちらを見つめてくる円堂を、はちらりと睨み返した。
「なあ、だろ?」
「キチガイカビ頭に魂売った馬鹿の話なんて聞こえません」
「どうしたんだよ? なあ、剣城と知り「私が向こう脛蹴飛ばさないの、なんでだと思う?」
「すみません・・・」
「何がすみません? 何に対してのすみません? 教え子守る気もない監督サマになるなんて、まるで」
宇宙人バスターズやってた時の監督にそっくりじゃない。
喉元まで出かけた言葉をすんでのところで飲み込み、追おうとする春奈を振り切りベンチを後にする。
ケンジョウの奮起により集団暴行は止んだだろうが、後半に入れば怒り狂った相手はさらに激しい攻撃を加えてくるだろう。
それを見越していた円堂が前半すべての攻撃を受けるようにと指示を出していたのかもしれないが、彼の指示が何であれ、傷つき倒れゆく選手たちに何をするでもなく冷めきった目で見続けている
キチガイカビ頭傍観者バージョンに肩入れする気は微塵もない。
フィフスなんとかも酷いが、酷さで言えば雷門中サッカー部も負けてはいない。
フィフスなんとかの付け入る隙を雷門中がわざわざ作り与えてやっているのではないかとすら思ってしまう。
「ケンジョウくん、神童くんのいうことちゃんと聞けるかな」
あの子人の言うことは無視するもんだと思って生きてるもんなあ。
天邪鬼のケンジョウと責任感に圧死させられようとしている神童の不安でしかない相性を思い、スタンドへ戻ったはほうとため息をついた。
シードと呼ばれるフィフスなんとかのエリートチームの中でも、おそらくケンジョウはかなり巧い部類に入るのだろう。
フィフスセクター内では仲間だった化身使いが、敵味方に分かれて本気でぶつかっている。
ボールをキープするケンジョウを相手にシードが2人がかりでディフェンスに入るのは、ケンジョウの強さを引き立たせてくれて観客として見る分には面白い。
これで向こうがフェアプレイをしてくれればもっと面白いのだが、万能坂中サッカー部は相手チームの選手は肉体的に破壊するものだと信じているらしく、後半に入り攻撃はさらに激しさを増している。
幾重に重なるトラップや悪質なチャージの連続には、さすがのケンジョウも1人で捌くことはできない。
万能坂中サッカー部のサッカーは、アグレッシブなのが脅威だが前のめりになりすぎるためカウンターには弱い。
化身を使う者を多く擁していても所詮は力のごり押しでしか進んできていないチームだから、戦略らしい戦略は無きに等しい。
動かない選手をも戦術に組み込み華麗なゲームメークを展開する神童の手にかかれば、万能坂の力だけしかないサッカーを封じることは容易い。
問題はカウンターを狙うためにGKに粘ってもらうことだが、ディフェンス陣全員と仲違いしている限り雷門中に反撃のチャンスは訪れない。
自らの手で将来へ延びる芽を摘む者は哀れだ。
マネージャーやマネージャーではなさそうな心優しい乱入者に発破をかけられなければ動くことができない、自分で物事を決めるという決断力に劣る者は損だ。
もっと早くから動いていれば戦線離脱者を出すこともなかっただろうに、結局人は後悔をしなければ前へ進めない厄介な生き物なのだろう。
はディフェンス陣がようやく機能し始め本領を発揮し出した雷門中サッカー部を見下ろし、ようやく口元を緩めた。
やはり、ゲームメーカーはチームに砂割ったすべての力を使いこなして初めて最大限の力を見せる。
きらきらと光り輝いているように見え、見ているだけで心強くなる。
ゲームを仕切り化身を出し、アシストするだけではなく自身も得点し、本当に神童は責任感溢れる素晴らしいキャプテンだ。
理想のキャプテン像とやらに彼なりに悩み、悩んだ末に導き出した結論がすべてを受け止め受け入れ、それでも先頭に立って仲間たちを導いていくものというものであれば、
は神童の険しさしかない道を応援したかった。
「はー、今日は祝勝会ってことでぱあっとご馳走作ったげるかー」
試合終了のホイッスルと同時に席を立ち、祝勝会の支度のために足早に会場を後にする。
男子中学生が好きそうななりのご馳走を準備したその夜、ケンジョウが家に帰ることはなかった。
あれが噂の右手、マリアンジャッジメントか・・・!