11.ふぞろいな子どもたち
フィフスセクターの勝敗指示を裏切った時から、こうなることはうっすらとわかっていた。
わかっていてもこの道を選んだのは、万能坂中サッカー部の手口に腹が立ったからだ。
負傷者は出たが、二度とサッカーができなくなるような絶望を味わう者がいなかったことにはほっとしている。
久々に本気でサッカーをしたことにも満足した。
満足してしまった。
フィフスセクターが指導し提唱するサッカーでは微塵も感じることができなかったサッカーに対する充足感を、雷門中サッカー部の一員として指示に背きプレイしたことによって覚えてしまった。
剣城は自身の心の奥底に眠っていたサッカーへの情熱を呼び覚ましてしまったことに、複雑な思いを抱いていた。
「剣城京介、お前は我々を裏切ったな」
「・・・申し訳、ありません」
「今度背けば、兄は唯一の希望を失うことになる」
「・・・・・・」
「私は信じている。次の試合で証明してくれたまえ、君の真意を」
「・・・わかっています」
聖帝は、が言ったように賢い男だ。
一度の失態にはわざと寛大な処分を下し、次に同じ失態を起こせば取り返しのつかない辛い制裁を与えると示唆してこちらの行動や心すべてを拘束する。
兄のためならば何を犠牲にしても構わないという覚悟を知っているから聖帝は以前よりも更に強力な、こちらにとっては脅威と恐怖でしかないカードを切ってくる。
サッカーをすることの楽しさを思い出してしまったからこそ苦しい。
サッカーは楽しくない、忌むべきものだったとずっと思い続けていれば良かったのに、どうして心は単純にできているのだ。
重い足取りでフィフスセクター本部を後にした剣城は、同居人も眠りに就いた深夜の薄暗い照明の中食卓に置かれているいつもよりも少しだけ豪華な夕食を視界に入れ、床に泣き崩れた。
にこやかに笑う彼女を見るのはとても嬉しいが、願わくばその笑みをこちらにも向けてほしい。
神童は親友の隣に座り華やかな笑顔を振りまいている愛する少女を、柔らかな目で見つめていた。
ベンチに姿を現した時は驚いたが、そうまでしてこちらの身を案じてくれていたのかと思うと彼女の不器用な愛情表現にむずむずする。
彼女が来た時、霧野は既にベンチに下がっていた。
つまり、彼女はまだフィールドで戦っていた自身を思い駆けつけてくれたのだ。
優しい子だと思う。
この優しさが彼女の本質だと神童は知っていた。
「良かったな、チームの雰囲気が変わってきて」
「ああ、みんな本気で勝とうと思ってる」
「早く練習したくてうずうずするよ」
「まだ駄目よ、蘭丸くんは少し休まないと」
「そうだ、焦るなって。2,3日の我慢だろ」
「だけど、頑張ってる姿を見てると負けられない。次の試合はもっといいプレイをしたいし見せたいからな」
霧野はあんまり心配かけたくないしなあと続けると、自身をじっと熱い視線で見つめていた少女の頭を撫でた。
彼女に触れた瞬間に神童の頬と口元が引きつったように見えたが、神童を気にしていては何もできないので見なかったことにする。
神童の彼女に対する想いの深さはもちろん知っている。
初めこそ責任があるだのと言っていたが、本当に好きになったから強引に家に住まわせ一方的な関係を約束したという経緯も見ればわかるので知らないはずがない。
神童はとてもいい奴だ。
確かに彼はやや盲目的に何かを求める傾向にあるが、それら性格を合わせてもよくできた男だと思う。
「ねえ蘭丸くん、そっちに戻ってもいい?」
「俺んちよりも神童んとこの方が絶対に住みやすいって。まーだごねてるのか?」
「だって・・・」
「霧野、安心してくれ。彼女はちゃんと家で預かってる。至らないところがあるならいくらでも言ってくれ」
「拓人さんの家には蘭丸くんがいないでしょ。私、蘭丸くんと一緒にいたいだけだから邪魔しないで」
「あーもーほんとに可愛いなあー! 娘を嫁にやる父親の気持ちがよくわかるよ」
「お嬢さんはとっくに俺のものです、お義父さん」
「私は拓人さんのところには絶対にいたくないの、よく泣くしうるさいし邪魔だし」
見事に被った真逆に意見に、2人が顔を見合わせる。
目が合ったことが嬉しかったのかにこりと笑いかける神童からぷいと顔を逸らす目に入れても痛くない従妹に、霧野は苦笑いを浮かべた
さすがは自分以外には懐かないクールで通っているだけはある。
神童にはクールどころか氷のごとき冷ややかさで接している。
神童も毎日毎時間つれない態度ばかり取られているというのに、よくも愛想を尽かさずむしろ更に愛おしいと思うようになるものだ。
今の状況から推測するに彼女が神童に靡く確率はゼロを叩き出しているのに、霧野は友が描いている未来設計図を覗きたくなった。
「そういえば・・・、この間さんと何を話していたんだ?」
「さんって、拓人さんが鼻の下伸ばしてたすっごく綺麗な人のこと?」
「伸ばしていない。驚いたな・・・、神出鬼没の人だけどまさか、ベンチにまで来てしかも円堂監督を殴るなんて」
「あの人かっこいいわね。ああやって気に食わない人を思いきり殴れたらどんなに気持ちいいか」
「殴ったら手が痛くなる。代わりに俺がそいつと話をつけに行くよ」
「無理ね。どうしてもやりたいっていうなら、自分で自分の頬でも殴ればいいんじゃなくて?」
「神童・・・、お前、この子相手だと全部ポジティブだな・・・」
俺はお前に拳じゃなくてハンカチを渡したいよ。
そう呟いた霧野に、神童は思い出したように借りたまま返しそびれていたハンカチ3枚を手渡した。
大の大人たちから苛められたのだろうか。
はいつもよりも更に無口で、そして思い詰めた表情を浮かべているケンジョウを頬杖をついて眺めていた。
万能坂中に勝利した夜、ご馳走を用意したにもかかわらずケンジョウは家に帰って来なかった。
ここはあくまでもケンジョウの仮の住まいだから、自宅に帰ったのかもしれない。
そうであってほしいと願ってすらいた。
しかし今も昔も神様は同業者の女神に嫉妬しているのか、こちらの願いをちっとも聞いてくれやしない。
おそらく、ケンジョウはフィフスなんとかに何らかの圧力をかけられたのだと思う。
言うことを聞かなければならないような辛く過酷な1人で背負うには大きすぎる何かを抱え、ケンジョウがサッカーではないものと戦っている。
の視線に気付いたのか、ケンジョウはふと顔を上げると何だよと口を開いた。
「ご飯、美味しい?」
「・・・・・・悪かった、この間はその、せっかく作ってくれたのに」
「ああ、いいのいいのそんなこと。どうせ食べるし」
「・・・あんた、ほんとに変わってるな」
「そーう?」
「何考えてるのかわかんねぇし円堂監督は殴るし、・・・羨ましいぜ、その滅茶苦茶さ」
「ケンジョウくん。ケンジョウくんがくそガキからちょっとはましなサッカーバカになるんなら、なりたいんなら、私がケンジョウくんのことも滅茶苦茶にしたげよっか?」
「・・・はっ、あんたってほんと、変わってる・・・・・・」
ポーカーフェイスを気取っていたケンジョウの顔が苦しげに歪み、茶碗がテーブルに置かれる。
ああ、これはどうやら思っていた以上に重症のようだ。
は黙って涙を流し始めたケンジョウにタオルを握らせた。
どいつもこいつも勝ち目ZERO