どうせ子どもの面倒を見るのであれば兄の方が良かった。
は病室で引き合わされたケンジョウの兄優一を見下ろし、口に出すことなく心の中でぼそりと呟いていた。
ケンジョウも最近はほんの少しだけ素直になったが、相変わらず手のかかる点ではくそガキだ。
優一のように歳に似合わない達観した精神を持っていること生活するのも肩が凝りそうだが、手間がかからない分接しやすい。
は優一が観戦していたホーリーロード関東大会地区予選準決勝雷門中対帝国学園の試合へ視線を移すと、フィールドを走る雷門イレブンの数を数えあれぇと声を上げた。




「1人足りないじゃん、どうなってんの雷門中」
「・・・俺が出なくてもあいつらは10人で戦える」
「そりゃ試合はできるだろうけど、帝国ってたぶん今も相当強いんでしょ? ちょっとお兄さん優一くんだっけ? 弟にびしっと言ったげてよ」
「京介、なぜ試合に出ないんだ? 今ならまだ試合に間に合う」
「ケンジョウくんのお仕事は試合に出ないと始まらないでしょ。とりあえず出とけばいいんだからほら、タクシー呼んだげるから」
「・・・喉乾いたな、俺ジュース買ってくるよ」
「あっ、こら!」





 都合が悪いことを訊かれ逃げ出したケンジョウを追いかけるべく、は椅子から立ち上がった。
出口へ向かうと待ってと優一に呼びかけられる。
そうだ、問い詰めるのは兄も連れて行った方が精神的にも心強い。
は優一が乗った車椅子を押すと、10年前に足繁く通った記憶を引っ張り出し給湯室へと歩き出した。
悩み口が重い剣城からぽつりぽつりと聞き出した情報によれば、ケンジョウがフィフスセクターに与しているのには理由があるらしい。
理由という名の目的を叶えるためにはフィフスセクターに与するしかなく、目的には優一が関係しているという。
怪我をしてサッカーどころではない優一とフィフスセクターに何の関連性があるのか考えもつかないが、悪者はありとあらゆる手段を使い悪事を働くから悪者と言われる。
同じ道を二度ほど通りようやく見つけた給湯室に入ろうとしたは、ちらりと見えた天敵を発見し身を潜めた。
あのケチ野郎、こちらの前に姿を見せなくなったと思っていたらケンジョウに集中砲火を浴びせていたのか。
聖帝一の幹部なのか、絶大な権力を持つと思われる黒木にケンジョウは弱い。
抗いがたい力を持っているから弱いのか、弱味を握られているから下手に出るしかないのか理由はわからないが、黒木が天敵であることに変わりはない。
は優一を連れ中庭へ出たケンジョウと黒木を追うと、2人の視界に入らない扉の陰に隠れた。





「・・・あの男は誰ですか? 京介の知り合い?」
「私としちゃあんまりお近付きになってほしくない知り合いってとこ?」
「あなたは・・・「さんは、京介とあの人の関係を知っているんですね」
「なんであんな奴にケンジョウくんがぺこぺこしてんのかはわかんないけど、あれのバックが超権力者だからケンジョウくん逆らえないんだろうなってことくらいはわかるよ」
「京介はどうして権力に屈しているんですか? それは京介が試合に出ないのと何か関係が・・・」





 言葉を続けようとした優一の口からひゅうと息を吸い込む男が聞こえ、は壁にもたれ腕を組んだ。
優一を連れて来るべきではなかったかもしれない。
兄の足を治すためにかかる莫大な治療費をフィフスセクターに与し言いなりになることによって手に入れようとしているなんてありがた迷惑な話を、
盗み聞きのような形で優一に聞かせるべきではなかった。
ケンジョウの兄を思う心は本物で、そう思い願うことは決して悪いことではない。
愛する人を救うために力を尽くすことは恥ずべきことではない。
そうだというのに、なぜケンジョウはそれを隠すのだ。
兄思いの優しい弟なのに、隠してるのは後ろめたいことをやっているという自覚があるからだ。
ケンジョウの心を利用したフィフスセクターも悪いが、ケンジョウにも非がある。
後ろめたいことをして手に入れた金で足が治って、優一はそれで満足するとでも思っているのならばそれはケンジョウの自惚れでしかない。
人の心は金銭では買えない。
金は、人の心を縛るだけで所有物とすることはできない。
それにしても聖帝は本当に賢い男だ。
人が何を質に取られると弱いか熟知している手口には、恐ろしさよりも先に感嘆してしまう。
聖帝の策略により弱味を握られた人物は、きっとケンジョウだけではあるまい。
は怒りと衝撃で震えているであろう優一を見下ろし、数分前まで隣にいた彼がいないことに気が付き慌てて辺りを見回した。
いない、どこにもいない。
優一の行方を探したいが、今ここでケンジョウと黒木を2人きりのままにさせておくのもケンジョウの崩壊寸前の心中を思えばできない。
どうしよう私、こんなことなら分身ディフェンスをもっと広域で発動できるように特訓しておくべきだった。
困った、ドッペルゲンガーが欲しい。
中庭の入口で動こうにも動けず足踏みしていたは、中庭へ繋がる自動ドアが開く音に顔を上げた。
やばい、見つかった。
は目の前で真っ直ぐこちらを見据えてきたケンジョウにはぁいと声をかけた。





「ごめん、大体聞こえちゃった」
「どうしようもないくそガキだって思ったろ、俺のこと」
「そうね、ろくでもないとこから借金しようとするからそうなるのよ。ほんっとどうしようもないとこね、フィフスなんとかってただの悪徳高利貸しじゃん」
「あんたがどうこうするまでもなく滅茶苦茶だったな」
「ほんとケンジョウくんってばどうしようもないくそガキよねえ」




 はケンジョウの頭をぽんと叩くと、中庭へと向き直った。
訝しげな表情を浮かべるケンジョウを早く行かなきゃなんないとこに行きなさいと促し、追い払う。
ケンジョウが本当に辛くなるのはこれからだ。
兄に詰られ問い詰められ、兄のためではなく自己満足のためだけにサッカーを利用した悪事に加担していたと知ったケンジョウは、
愛する兄やサッカーの信頼を取り戻すために今よりももっと辛い戦いを強いられることになる。
はケンジョウが去ったのを背中で感じると、中庭でこちらを待ち構えている黒木の元へ歩み寄った。
言いたいことわかるでしょと尋ねると、黒木が黙って頷く。
さすがは聖帝が重用する男だ、頭の回転が速くて無駄な時間を過ごさずに済む。
は黒木と共に黒塗りの車に乗り込むと、ケンジョウのサッカー人生を滅茶苦茶にした犯人の居城の門を潜った。







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