誰も望んでいないことをさも世界の望みとでも思い自らのエゴのために利用し、そしてエゴが本来ならば生むことのなかった悲しみと怒りと引き出した。
世界で一番大好きな兄の笑顔を取り戻そうとしてやったことが兄の涙を作り、すべてが裏目に出た。
こんなはずではなかったが、結果は悲惨だった。
失った兄の信頼と笑顔を取り戻すには、本当は大好きなサッカーで本物の結果を出すしかない。
剣城は正体不明の同居人に促され駆け付けた帝国学園サッカーグラウンドで突きつけられた現実に、焦りを感じていた。
フィフスセクターに抵抗する道を選んだ雷門中サッカー部に用意された壁は、予想通りの強さと想像以上の絶望をもたらした。
イタリアプロリーグで活躍していた天才ゲームメーカー鬼道が、何のためだか帰国し帝国学園の総帥としてサッカー部を指揮している。
日本人選手の中で彼に比するゲームメーク力を持つ人物は1人いるかいないかと言われる神のごとき存在が、フィフスセクターの意思の下に雷門中サッカー部を潰しに来ている。
たとえ雷門中の必殺タクティクスアルティメットサンダーが完成したとしても、鬼道はすぐにそれへの対応策を打ち出してくるかもしれない。
必殺タクティクスを出しても勝てるかどうかわからない雷門中と、まだまだ余力を残している帝国学園。
神童たちの力を受け膨大なエネルギーを孕んだボールを蹴ることはできるが、何度蹴っても完成形とは程遠い結果しか得ることができない。
何がいけないんだ、何が足りていないんだ。
兄のため、兄に本気のサッカーを見せるためにこうして本気でサッカーをしているのになぜ空回りばかりするのだ。
フィールドにいる同じユニフォームを着た彼らが仲間のようで仲間ではない存在に見えてくる。
駄目だ、こんなことを考えていればますますゴールが、兄の笑顔が遠くなる。
剣城は無意識のうちにベンチを顧みた。
いるはずのない、けれどもいてほしかった人物がベンチの奥から現れるのを見つけ、恥をかなぐり捨てて声を張り上げた。
「・・・一つ屋根の下に住んでる綺麗な・・・お、お姉さん!」
「剣城、何言ってるんだ・・・?」
「あんた、いや、あなたならわかるだろ!? 今の俺に何が足りてなくて、どうしてアルティメットサンダーができないのかわかってるんだろ!?」
「・・・そんなのわかるわけないじゃん、私を誰だと思ってんの?」
発狂し突然いもしない女性を呼ばわった剣城の視線につられ、神童はベンチへと視線を向けた。
あの人は本当に、いつどんなタイミングでどこに現れるかわからない不思議な人だ。
しかしなぜだろう、今日のあの人からはいつもとは違うオーラを感じる。
恐ろしくて悲しくて、今にも壊れてしまいそうな脆さを鎧に見せかけた薄い殻で必死に覆い隠しているように見える。
怖い。
神童はゆらりと円堂の隣に立ったと、彼女を取り巻く空気の変化にぞわりとした。
「・・・、お前」
「こないだはごめんね円堂くん。でも、今日の私も情緒不安定だから」
「・・・だと思う。・・・剣城のこと、後で聞かせてくれ」
「ツルギって誰よ」
「・・・・・・日本語、人名って難しいもんな」
確かに、円堂に日本語はハードルの高い難解語のようだ。
は円堂より一歩前にすいと歩み出ると、私は私よと言い放った。
「ケンジョウくんが何考えてるかなんて私にわかるわけないでしょ。ケンジョウくんは今、何考えてるの?」
「何って・・・。・・・兄さんのためにサッカーがしたい」
「それ考えててできないんなら、考えなきゃいいだけでしょ。サッカーバカならサッカーバカらしくサッカーのことだけ考えてサッカーしなさい。サッカー以外のこと考えながら一人前にプレイできるほど上手くないんだから自惚れないで」
サッカーバカがサッカー以外のことを考えても、ろくなことが起こらない。
サッカーバカはずっとサッカーバカでいればそれで良かったのに、それ以外は何も望まなかったのに下手に色気を出したからあんなことが起こったのだ。
思い出すだけで腹が立つ。
少し見ない間にあんなにアホになっているとは思いもしなかった。
いい歳した大人がキチガイになって、空白の時間に彼の身に何があったというのだ。
はケンジョウの何か閃いたような顔を見て、フィールドから背を向けた。
さすがは雷門中。
そう呟かれた聞き覚えのある声に、の足が止まった。
「・・・まさか、その声をこの場で聞くことになるとは思わなかったがな」
「・・・幻聴?」
「そうだといいが、どうやらこれは現実のようだ。皮肉なものだな」
「、知らなかったのか・・・?」
「・・・修也が言ってた意味がやーっとわかった。この世に騎士なんていない。そうでしょ、有人さん」
「・・・・・・」
もう何も信じたくない。
誰も信じようと思わない。
会いたくて、助けに来てほしくてたまらなかった愛する忠実なる騎士にもそっぽを向かれ裏切られ、これ以上何を信じられるというのだ。
誰も助けてくれないのであれば、誰の手も借りずに1人で戦うしかない。
大丈夫だ、1人で戦うのには慣れている。
よく思い出すのだ。
ここぞという時、本当に助けてほしいと心の底から願った時傍にいたのは誰だった?
幼なじみでも友人のち戦友やがてダーリンでもなく、そこら辺にいたぱっとしない悪友だったろう?
初めから彼らの期待することが間違いだったのだ、甘ったれていたのはこちらだったのだ。
は帝国ベンチに陣取る人生最大のライバルにして理解者を視界から外すと、真っ直ぐケンジョウたち雷門イレブンを見つめ直した。
天才ゲームメーカーの考える戦略も、それを毎日見ていたこちらにとっては攻略にそう手間取るものではない。
は思いが吹っ切れようやく必殺タクティクスアルティメットサンダーを成功させ得点をアシストしたケンジョウに向かって、声を張り上げた。
「こっちも滅茶苦茶にしてやったわよーーーケンジョウくーーん!」
滅茶苦茶になったのは本当だ。
人間関係も精神状態も、何もかもが滅茶苦茶だ。
の発破を聞いた剣城が、ひときわ真剣な表情になり松風からパスを受ける。
もう、何かに縛られることはない。
誰かの目を盗むことなく自由にサッカーをしていいのだ。
剣城は渾身のデスドロップをゴールに叩きこむと、フィールドの中央でガッツポーズを作りケンジョウじゃねぇよ剣城だよばーかと絶叫した。
おきのどくですが あなたの騎士は もういません