13.潜入! リアルゴーグル!
試合会場から、どうやってここまで来たのか思い出せない。
は公園のベンチに腰かけ、ぼんやりと地面を見つめていた。
誰が味方で誰が敵なのかわからなくなった。
味方であるはずだと思っていた人がことごとく敵で、騙され裏切られた気分だった。
これからいったいどうすればいいのだろうか。
フィフスセクターと完全に袂を分かったケンジョウとフィフスセクターの頂点聖帝に支配されているこちらは、実はケンジョウという名字ではなかった誰かさんのためにも早急に身を引いた方が良さそうだ。
兄弟を人質に取るなど、かつて夕香を人質に取られ辛い経験をした豪炎寺だけには絶対にやってほしくない卑劣な手段だった。
サッカーバカだろうが甲斐性なしだろうが、どうやら今までは幼なじみだという理由で彼を買い被っていたらしい。
何がスターの原石を見つける女神の瞳だ、笑わせてくれる。
女神の瞳は、今でこそ離れているが10年もの長い間共にいた人物の本性を見抜くことができない曇りきった瞳に過ぎないのだ。
豪炎寺だけではない。
豪炎寺ほど長い付き合いではないが、近年最も近い距離にいる鬼道のことも何も理解していなかったことが悔しかった。
権力と圧力に屈し、自身の持つ類稀な才能を悪事に加担させる悪の司令塔だとは今日まで気付かなかった。
私ってば、こんな人に人生の残り全部預けようとしてたんだ。
ほんとにろくでもない男だったんだ。
口に出して呟いてみると、本当に愛する人がろくでなしのように思えてきて悲しくなる。
どうやら、俺の言うことを聞けという豪炎寺の言葉は正しかったようだ。
さすがは幼なじみの自由を拘束する術に長けている豪炎寺だ、いちいちポイントを突いてきて腹が立つ。
「・・・まさか、ここに来るとはな」
「なんで来たのかこっちが知りたいっての」
今や憎しみしか呼び起さない幼なじみの声に、顔を見ることなく素っ気なく答える。
豪炎寺はの隣に腰を下ろすと、ゆっくりと口を開いた。
「だから言ったんだ、行かない方がいいと」
「そうだね」
「俺の言うことを聞く気になったか?」
「言いなりになって私にメリットはあるわけ?」
「・・・これ以上酷い目には遭わせないと約束する」
「これ以上があってたまるもんですか。今がどん底、超最悪」
「そうじゃないから言ってるんだ。は知らない、何も」
「知るわけないじゃん、何も教えず拉致監禁してんのはそっちでしょ? 今よりもっと酷いことって何よ、言ってみなさいよ」
「・・・言えない」
「またそれ。昔っからそう、大事なことなぁんにも言わないで1人でしょい込んで、なんで懲りないの?」
「懲りたからこうしてるんだ。昔と今じゃ状況が違う。俺は守らなければならないんだ、サッカーを」
昔は力も勇気も足りなくて、守れなくても守れなかった。
けれども今は違う。
守れるだけの力があるならば、守りたい人を最後まで全力で守り抜かなければならないのだ。
守ろうとすることで、今まで築き上げてきた関係を修復不可能なまでにぶち壊すことになっても構わない。
そのくらいの覚悟でもっと望まなければ勝つことはできない。
豪炎寺は疲労が色濃く残るの顔をじっと見つめ、名を呼んだ。
は断らない。
なぜなら、我が身に迫り来る厄介事を粉砕するだけの気力を一連の出来事で根こそぎ奪い取ったからだ。
のような過程を求めていては、望む結末は得られない。
手かせ足かせをつけてでも、豪炎寺はを服従させたかった。
「もうわかっただろう、うんざりしただろう。俺に抵抗しても傷つくだけだ」
「・・・条件、あるんだけど」
「何だ?」
「金輪際、私の幼なじみやめて。幼なじみだったこと忘れて。だってあんた、イシドシュウジさんなんでしょ」
「・・・それが条件か」
「そ。どうする? 赤の他人と取引する? そうまでして私を有人さんから取り返したい?」
「・・・望むところだ。俺が欲しいのは肩書きなんてどうでもいい、ただのだからな」
さすがは人をばっさりと切って捨てる断捨離のプロだ、いとも易々と関係性をぶった切った。
豪炎寺修也ではなくイシドシュウジとして取引されたことには鈍い痛みを覚えたが、これでを心置きなく存分に守ることができる。
憎まれ役を騎士がする必要はない。
騎士は愛する姫君を悪役から取り返しに来ればいい。
豪炎寺は失われた関係性の代わりに得た悪役に、満足げに口元を緩めた。
策士が考えることは回りくどくてわかりにくく、そして恐ろしい。
鬼道が仮初の敵で良かった。
円堂はフィフスセクターに与した経緯をまるで他人事のように淡々と語る鬼道に、感嘆と恐怖の混じった声を上げていた。
鬼道はゲームメーカーとしてだけではなく俳優としても一流だ。
昔から悪人面は彼の十八番だったが、心中と裏腹な態度まで浮かべることができるようになるとは思っていなかった。
連絡を取り合っていない間に何があったのだろうか。
うちのサッカー部にふらっと来ては好き勝手やって去っていく彼女との仲を訊いてもいいのだろうか。
いやでも、いくら友だちでもデリケートな部分だから訊きにくいしな。
まさかのまさか、どうしよう言い過ぎたと泣きつかれても気の利いたアドバイスをできる気は微塵もしない。
あああああ、俺も大人になったからちょっとは場の雰囲気読めるようになったんだー!
それがいいことか悪いことかわからないままもじもじと黙りこくっていると、鬼道がふっと笑う。
「何か訊きたそうだな」
「あ、いや、その、うん?」
「お前に隠し事はできない。訊きたいことが何かはわかっている、言ってみろ」
「・・・の・・・あ、ごめんさん?「でいい」あ、うん、その・・・。どうなってんだ?」
「ある日突然いなくなった。国中探しても見つからない。怒らせた心当たりもないのに不思議だろう?」
「いつの間にか日本にいたみたいだけど」
「フィフスセクターに何のためだか連れて来られたみたいだ。・・・俺がフィフスセクターに潜入した理由にはそれもある」
「そうなのか?」
「この世界のどこに姫君を助けに行かない騎士がいる。彼女は俺の大切な人だ、必ず連れ戻す」
そこまできっぱり言い切ると、鬼道はふと表情を曇らせだがと呟いた。
先程とはまるで違う表情に疑問を覚え、俯いた鬼道の顔を覗き込む。
鬼道は眉根を寄せると嫌な予感がすると口にした。
「彼女は、俺をフィフスセクター側の人間だと思ったかもしれない」
「会ってないのか? 連絡は?」
「取れないと言っただろう。会おうにもどこにいるのかわからない。・・・今すぐ会いたい、会って抱き締めたい、声が聞きたい」
「・・・なんか鬼道、ほーんとに丸くなったな」
「何だと?」
「いい意味で言ってるんだよ。へへ良かったな、と一緒になれて。何が決定打だったんだ?」
「まだ一緒になってない。・・・本当に嫌な予感がする。俺は、彼女を奪い返されそうな気がする」
「奪い返される? 誰に?」
「いずれわかる」
策士の考えはやはりよくわからない。
鬼道だけではなく、も何を考えベンチを訪ね剣城をケンジョウと呼ばわっていたのかまったく理解できない。
変わり者カップルだな、俺の嫁さんも料理は変わり種のしか作ってくれないし、むしろそれしか作れないけど。
お互いいい奴だけど変わった嫁さんもらったよなあ。
そう言って鬼道の背中をぽんと叩いた円堂は、彼女は変じゃない人よりも感性が優れているだけだと即答した10年単位で眼鏡なりゴーグルなりが曇っている鬼道に閉口した。
「そういうこと言ってると殴られるぞ」「もう殴られたぜ!」「ふっ・・・、自業自得だ」「えー」