14.闇堕ちのやり方
祝勝会のつもりなのかもしれないが、用意されたご馳走が豪華すぎて気味が悪い。
祝い事が一気に2つか3つやって来たかのような豪勢な食事は嬉しいが、何か裏があるのではないかと勘繰ってしまう。
なんでこの人、こんなに引きつった笑顔してるんだ。
剣城はぎこちない笑みを浮かべている一つ屋根の下に住む綺麗なだけのお姉さんを見つめ、あのさと声をかけた。
「そんな顔されてたら食いたいもんも食えねぇんだけど」
「ごめんねー顔のつくりがいいのは元からなのー」
「すっげえ引きつってんだけど」
「うっそマジで?」
神妙な顔つきで頷いてやると、事態の深刻さを悟ったのかの顔がますます歪む。
つい昨日まではここを自分の城のようにのし歩いていたのに、急にどうしたというのだ。
剣城は真向かいに座るのコップに麦茶を注ぐと、とうに成人している大人に向かって落ち着けと言い放った。
「あんた挙動不審すぎ。言いたいことあるならいつもみたいに言えよ」
「えー」
「えーじゃない。気味悪いんだよ、ずっとそんな顔されてちゃ」
「・・・あの、さ。私、あんまり日本に住んでないのよ」
「日本語へったくそだもんな」
「長ーくイタリア住んでたから、イタリア語ならぺーらぺらなんだけど」
「それで?」
「それでって?」
「日本語ろくに読めなかったから人の名前も読めませんでしたって?」
俺、ケンジョウじゃなくて剣城だしなと剣城が続けた直後がテーブルに突っ伏した。
あまりに勢い良くテーブルに伏せたため、顔をぶつけたのではないかと心配になり恐る恐るおいと呼びかける。
顔とテーブルの隙間からぶつぶつと聞こえてくる呟きの内容が気になり、耳を近付ける。
またやっちゃったよ今度は何すればチャラになるやばいまずいどうしようと何かに憑かれたかのように呟き続けるに、剣城は前科ありかよと呆れ声を上げた。
「いい歳した大人が何やってんだよ」
「いいやあの時は子どもだった。ケンジョウ「剣城」そう、剣城くんよりも1つお姉さんの頃にやらかした」
「その時、間違われた奴はどうした?」
「どう、とな?」
「怒ったとか喧嘩したとかいろいろあるだろ」
「・・・怒られなかったし殴られなかったし何されたかなあ・・・。結論言えばプロポーズ?」
飲んでいた麦茶が気道に詰まり、むせた。
日本語が下手どころではない、言語が壊滅している。
剣城はともすれば逆流しそうになる胃液も若干混じった麦茶を胃へと強引に送り込むと、憐みの籠もった目をに向けた。
自分で撒いた種とはいえ、当時中学生だった彼女にはあまりにも酷い仕打ちだ。
時折おかしな顔はするが顔立ちは自他ともに認める美しさを持つだから、きっと中学生時代の彼女も相当可愛らしかったのだろう。
この人、昔から面倒なことばっか巻き込まれて生きてんだな。
剣城はもういいよと告げると、今度は落ち着いてコップに口をつけた。
「名字わかってもらえただけでいい。できればケンジョウとは呼んでほしくないけどな」
「それを言うなら私ももちょっと可愛く呼んでほしい」
「今は俺の話してるんですが」
「ごめんなさいケンジョ「剣城」くん、ソードくんじゃ駄目? ソードならほら、オーディンソードで言い慣れてるし」
「ふざけてんのか、剣城は万国共通剣城だよ」
「すみません」
「・・・なんか、あんたをまともに呼ぼうと思ったけどやめようかな」
「様か様あたりで手を打ってほしいなあ」
「あんた何様だ」
「様」
疲れる。
目の前に敵がいるのに独り相撲をずっとしているような気分になり、徒労感が全身を容赦なく押し潰す。
さん、残りは明日の弁当に詰めるわ。
そう言って思い体に喝を入れ椅子から立ち上がった剣城は、うんわかった京一くんと嬉々とした声でに呼ばれ京介だよと即座に言い返した。
京介くーんなんか呼んじゃってさんなんて呼ばれちゃって、家から出にくくなったなあ。
は新たな勤務先フィフスセクター本部に職員通用口から入ると、聖帝専用エレベーターで仕事場へと向かっていた。
フィフスセクターから足を洗った剣城には裏切っているようでやや申し訳なくもなるが、聖帝イシドシュウジ様の監視下に置かれているこの身に真の自由はない。
円堂たちがフィフスセクターを破壊してくれれば解放されるので、彼らの快進撃を待つしかない。
これぞまさしく囚われのお姫様ごっこだ。
はイシドの前に立つと、傍にいるとばかり思っていた人物がいないことに首を傾げた。
「帝国の総帥さんは?」
「あれはスパイだった」
「・・・は?」
「帝国に送り込んだシードが誰か見極めるために一時的に潜入しただけだったのだ。・・・予測はできていた」
「じゃあ、なんで私はまだここにいるの? なんであの人は私を連れ戻してくれなかったの?」
「既に円堂側にいるからその必要はないと判断したか、あるいは・・・、捨てられたか」
「連れ戻しに来る前に私を囲い込んだんでしょ」
「なんだ、わかっているじゃないか」
本当に腹が立つ男だ、ぶん殴ってやりたい。
は護身用兼戦闘用兼掃除用モップをぎゅうと握り締めると、イシドに手招きされるままにイシドの隣に歩み寄った。
室内が暗いのは、ここが大型モニターを備えたビジュアルルームだったからのようだ。
は薄暗い闇の中ぼんやりと映し出されたサッカーグラウンドに目を細めた。
「これは何?」
「次の雷門中と対戦する海王学園中学だ。全員シードだ」
「ふぅん、雷門潰す気満々じゃん」
「それが仕事だからな。どう思う」
「どうも何も、実力見てないからわかるわけないっての。なぁに、シードってことはみんなマジン出すの?」
「いいや、化身使いは3人だ。シードはフィフスセクターの指示に従っているかサッカー部の中から監視する監視者のことだ。
剣城のように力で従わせようとするシードもいれば、隠密に行動しチームをコントロールするシードもいる」
「でも、フィフスセクターの息がかかってる時点で相当ハードな特訓させられてそう」
「さすがに冴えてるな。・・・雷門は俺たちを潰し革命を起こそうとしている。だったらこちらもそれ相応の手を打たなければ失礼だろう?」
「そういうことは勝ってから言うことね。うちの京介くんやるわよ、なんてったって私がちょーっと入れ知恵したから」
「京介、か・・・。やっと気付いたのか」
「うるさい」
やめろ、そんな顔をするな。
悪役に似つかわしくない、何かを思い出させるような穏やかな笑顔でこちらを見るな。
はイシドの視線を無視すべく、面白くもなんともない海王学園サッカー部員のデータに目を落とし た。
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