アドバイスをするのであれば、堂々とベンチに乱入すればいいのだ。
剣城はベンチにも選手通用口にもいないに心中で毒づくと、これから戦うことになる海王学園サッカー部を睨みつけていた。
全員シードのチームというが、顔見知りはいない。
シードは日本全国の中学校の数だけいる。
自分1人しか派遣されていなかった雷門中が特殊だっただけで、どの学校にも大抵複数で送り込まれる。
だから、同じ関東地区担当のシードであろうとすべてのシードたちと知り合いになるわけがない。
チーム全員がシードの海王学園は、もはや海王学園とは名ばかりのフィフスセクターの傀儡に過ぎない。
敵しかいないんだからサッカーしかできないサッカーバカは前だけ向いて、あとは余計なこと考えなくていいから今日は楽ねえ。
革命やレジスタンスについて何も知らないのか、あっけらかんと話していたの言葉が脳裏に蘇る。
が思っているほど雷門イレブンが背負うものは軽くも楽でもないのだがなぜだろう、なんてことはない戯言のはずなのに妙に気になる。
は、見た目のやる気とサッカーへの興味のなさと相反して優れた観察眼を持っている。
余所見をしながらも的確に選手の動きを読み、次の彼らが何をするのかすら言い当てる予言のごとき凄まじい力を持っている。
もしかしたら、今日のの発言も試合でのアドバイスなのかもしれない。
アドバイスなら、もっとわかりやすく直球で教えてほしかった。
本当に何考えてんのかわかんねぇ奴。
そうぼやいていると、不意に肩をぽんと叩かれ慌てて振り返る。
何ですか。
思わずぶっきらぼうに尋ねた剣城に、円堂はにかっと満面の笑みを浮かべた。
「どうしたー、難しい顔してここに皺寄ってんぞ」
「元からです」
「何か、剣城見てるとあいつ思い出すよなあ」
「あいつ?」
「あ、こっちの話。ところで、今日は一つ屋根の下に住む綺麗なお姉さん来ないのか?」
「あの人見た目だけですよ。中身は滅茶苦茶、ただの観賞用」
「だろうなあ。昔から面白い奴だったもんな、。昔もよく連呼されてたよ、あいつは見た目だけだ騙されるなーって」
「・・・知り合いなんですか、さんと」
「うん、クラスメイト。つっても半年も一緒だったかどうかもわかんない短い付き合いだったけど。すごかったぜ、ほんと色々あって」
やはりは剣城と一緒にいたらしい。
しかし、シードでフィフスセクターに与していた剣城と一緒にいた理由がわからない。
まさか、本当に春奈が危惧していたようにはフィフスセクター側の人間なのだろうか。
剣城がシードをやめた今もまだ、はフィフスセクターの手の中にいるのだろうか。
ふわふわへらへらと万事においてやる気を感じられない事なかれ主義者のが、自ら進んで厄介事に足を踏み出すとは考えにくい。
もしもがフィフスセクターにいるのであれば、不本意で向こうにいるのだと思いたい。
ゲームメーカーの相手をするのは非常に骨が折れる。
ああいう連中は敵に回したくないのだ。
円堂は訝しげな表情でこちらを見つめている剣城に、どうしたと声をかけた。
「さんって何者なんですか」
「? あー・・・、何なんだろうな、俺にもわかんね。ほらってさあ、予想と全っ然違うこと平気で言ったりするだろ? 大体それがいい方向に行くからそこがまた怖いんだけどさ」
「敵しかいないからサッカーバカらしく前だけ向いて、余計なこと考えなくていいから今日は楽だって言われたんです。意味わかりますか」
「な、なんとなく?」
「わかってないですね」
「いや、わかるんだけど使いどころがさ、の考えに追いついてないんだよ! 鬼道とかみたいなゲームメーカーは俺らの軽く10分先くらいを読んで物言うから、時差があるんだよ」
どこかしらこちらに手厳しいだが、今日はかなり噛み砕いて教えてくれた。
の張り手の発動速度は相変わらずだが、性格はややまろやかになったらしい。
嫁さんになったり剣城みたいな子どもと暮らしてると母性が出てくるのかなあ。
こういうこと教えてくれるってことは、ってやっぱりフィフスセクターじゃなくてこっち側の人?
いやでも、敵味方の変わり身の早さはの得意技だもんな。
ふらふら落ち着きないって、昔っからそりゃもう俺と風丸以外のほとんど全員から言われてたもんなあ。
円堂は時を経て更なる要注意人物へと進化を遂げたかつてのクラスメイトにしてチームメイトの友人を思い、ため息を吐いた。
シードってすごいのねえ。
おやつ完備のリクライニングビジュアルルームで雷門中対海王学園の試合を観戦していたは、1つ座席を開けた隣に座るイシドにのほほんと話しかけた。
今までサッカーはスタンドかベンチかごくごく一般的で家庭的なリビングでしか見たことがなかったが、スーパーVIPルーム仕様で観るサッカーはサッカーには見えない。
まったく知らない違う世界で繰り広げられているボールゲームのようで、ちっとも親近感がわかない。
馬鹿でかい画面に映るフィールドは、選手たちを閉じ込めた檻のない牢獄のようだ。
楽しみたいためにボールを蹴るのではなく何かに突き動かされ強いられ走り回る彼らはいったい、どんな業を背負っているのだろうか。
はコーヒーをテーブルに戻すと、試合開始早々呆気なくゴールを割られた雷門中にあーあと声を上げた。
「1対1じゃ勝てないってわかってるけど、海王の動きにぐちゃぐちゃにされて結局フリーにさせちゃうってとこ?」
「海王は剣城が11人集まったようなチームだ。雷門に勝ち目はない」
「京介くんの方があの子たちよりも上手だからね。京介くんほんとにサッカー好きのサッカーバカで、シュートチャンス見る目がすごくある天性のFW」
「FWなんてみんなそうだろう」
「みんながみんなそうってわけじゃないの。見てるようで見てない選手もいるし」
「やけに買い被っているな。妬く」
「囲ってる女が他の男に熱上げてんの見るの腹立つでしょ。わざと腹立たせてんだけど」
実力のない者をただのイケメンだからという理由だけで買い被りはしない。
実力があり見込みのある選手だから目をかけ、彼の戦いを見続けたいと思うのだ。
剣城も、今度はまた厄介な人物に目をつけられたものだと思う。
フィフスセクターとようやく縁を切ったかと思いきや、今度はフィフスセクターに絡め取られ身動きの取れないいわくつきの同居人のターゲットにされたのだ。
イシドはもう剣城に手を出すことはないようだが、ひょっとしたら、こちらにその気がなくてもいずれ彼を傷つけてしまう日が来るかもしれない。
神童の原因不明の突発性落涙もそうだが、子どもを悲しませるのは後味が非常に悪い。
恐れている厄介事が起こる前に助けてほしいのだが、頼みの騎士はこちらのことをすこんとお忘れのようで望みは薄い。
は松風なる剣城のクラスメイトのサッカーバカから受けたボールを必殺技と共に豪快にゴールに叩きこんだ剣城に、ほらあと声を上げた。
「見た、今の京介くん。ほんとに上手よねえ、楽しそう」
「海王を甘く見てもらっては困る。シードは勝利してようやく報われるほどに厳しい特訓を重ねた選手だ。勝たなければならないという使命がある彼らは強くなる」
「使命を失くした人たちはどうなるの? 抜け殻?」
「そんなものにはならない。なぜなら、シードは負けることが許されないからだ。勝って、私を聖帝であり続けさせることが彼らに課せられたもう1つの使命だ」
「じゃ、円堂くんたちが勝ちまくったらイシドさんは廃人ってこと。ふぅん」
早く廃人になればいいのにと何の躊躇いもなく暴言を吐き出していたの顔が、剣城に得点を許し本気を出した海王の立て続けの得点劇にわずかに歪む。
フィフスセクターのいてフィフスセクターの頂点である自身の傍にいるというのにあからさまに雷門を贔屓するとは、見上げた根性の持ち主だ。
恐れを知らないというよりも、今置かれている状況に対して投げやりになっているからだろう。
不平不満を多く洩らしていながらもなんだかんだでサッカーが好きでサッカーグラウンドに近い場所にいたは、
サッカーから引き離すと彼女の長所である溌剌さや生き生きとした表情を浮かべなくなってしまった。
サッカーを見ていても覇気を感じられずただ眺めているだけのようで、近くにいても張り合いがない。
輝きを失ったには利用価値を感じなくなり都合がいいが、それはこちらが望む結末ではない。
強引に借り受けたものは、返す時には借りた時と同じかそれ以上にきちんとして返さなければならない。
返して使い物にならなくなったを作りたくなかったし、見たくもなかった。
「試合、スタンドで観たかったか?」
「別に? 言いたいことは始まる前に言ってきたし、円堂くんもやぁっと気付いたみたいだからどこで見たってつまんないのは一緒」
「どうしてつまらない? どちらも全力で戦っている」
「勝ちにこだわりすぎてどっちもギスギスしてんの。そりゃ勝負は結果がすべてだろうけど、勝ち尽くしたチームの次の目標ってどこにあるの? 勝ちたいって思いが強すぎて、色んなものが置いてけぼりになってない?」
「追いつけない者を待ってやる時間がないんだ。目標が作れない選手はそこで終わる」
「じゃあ私ももう終わったわ。だってないもん、目標」
こっちに連れて来られて帰れないって知って、やろうとしてたことがぜーんぶやれなくなってそりゃやる気も夢もなくなるわ。
そう自重の笑みを浮かべが呟いた直後、画面の中のキーパーにポジションチェンジした松風が強烈なシュートを無心で真正面から受け止め背中に魔神の翼を生やす。
これがアドバイスか。
イシドの問いに、はうんと短く答えた。
「化身って相手を真正面に捉えてないと出せないんでしょ。でも松風くんはMFでドリブルしかしないから前を向かなくて、強引に出すにはキーパーにするのが手っ取り早いってわけ」
「それだけ読めるのに目標がないのか」
「ない。言っとくけど、私から目標ぶんどったのあんただから」
あんたが私を囲ってる限り私はずーっと夢なんか持たないし、荒んでくばっかりだと思う。
それがイシドさんの夢なんでしょ、良かったじゃない叶っておめでとう。
感情すら込められていない口調で淡々と告げられたイシドは、予想通りのの関係性の悪化と少しだけ想定外だった海王学園の逆転敗北に唇を小さく噛んだ。
その時差、およそ40分超