秋に教えられた道を走り、の姿を探す。
足はそう早くないだからすぐに追いつけると思っていたのだが、近道とばかりに路地に入ったのかどこまで走っても見つからない。
イタリア暮らしがこちらよりも8年ばかり稲妻町の地図などとうに忘れているだろうに、細い路地に入っていくの無鉄砲ぶりと度胸の良さには感心する。
さすがは誰もが考えもしない戦術を編み出し選手たちを未知の海域への航海へ促す羅針盤と呼ばれるだけはある。
が道中迷子になっていないか非常に気になる。
どこにいるのだ。
どこに行けばと会えるのだ。
鬼道は携帯電話の存在を思い出すと、アドレス帳の一番上に表示されるようになったの番号へと発信ボタンを押した。
もしもし?
そう待つことなく聞こえてきた声に、鬼道は大きく深呼吸した。
「・・・・・・もしもし?」
『うん、もしもし』
「・・・今、捜している。どこにいる? どこに行けば会える?」
『今更私に会ってどうするの?』
「話がしたい。俺がなぜ帝国にいたのかとか今何をしているのかとか、もちろん、がどうしてここにいるのかも訊きたい」
『話を聞いたりするのは電話でもできるでしょ。わざわざ探すことないよ、はい用件どうぞ』
「そんなことを言わないでくれ。・・・本当は話なんかどうでもいい。会いたい、会いたいんだ、に」
『無理ね』
「なぜだ!? 俺がフィフスセクターにいたからだと言うならそれは違う、あれは作戦で本当は円堂や久遠監督、響木さんとレジスタンスとして活動しているんだ」
『ふぅん・・・。じゃあ尚更無理だよ、だって私、イシドさんに囲われてるから』
さらりと告げられた言葉に、鬼道は危うく携帯電話を地面に落としかけた。
があの、フィフスセクターの頂点であるイシドシュウジの元にいる?
しかも囲われているとはどういうことだ、奴はに何をしたというのだ。
ふざけるな、はそう遠くない未来に人の妻となる女性だ。
いくらが女性としてもゲームメーカーとしても魅力溢れる人物だろうと、彼女に手を出すことは許さない。
鬼道はともすれば大声を上げそうになる心を必死に抑え、努めて冷静にに尋ねた。
「・・・イシドシュウジと何かあったのか」
『んー・・・、これから何かあるのかなー?』
「何か弱味でも握られているのか?」
『ないとは思うんだけど、あの人単純に私のことお気に入りらしいから愛人にして侍らせたかったんじゃない?』
「自分が何を言っているのかわかっているのか? 今置かれている状況そのものが問題なんだ。わかってるんだろう、あいつが誰なのか」
『わかっててどうするの? わかってたならもっとどうしようもないじゃない。どうすればいいのよ、誰があれの、イシドさん名乗ってる真性のバカ見てればいいってのよ』
「今すぐ迎えに行く。・・・断ち切ってくれ。もうあいつだけの幼なじみじゃないんだ。は、は俺が愛するただ1人の妻となるべき人なんだから」
『・・・だったら早くここまで来ることね。私、実は有人さんのこともあんまり信じてないの。有人さんは神童くんや京介くんたちと一緒にここまで勝ち上がってくることね。私はイシドさんの隣で待ってるから』
「・・・1つだけ訊いてもいいか。・・・俺のことを本当に愛しているのか?」
『好きよ、鬼道くんのことは』
サッカーを愛する戦友としての『鬼道くん』は好きだが、男性としての『有人さん』は必ずしもそうではないということか。
どうやら作戦とはいえ一時的にフィフスセクターに与していたことは、の純粋な心に多大なる不信感を与えてしまったらしい。
少しの不信感につけ込みイシドがに接近し横からかっさらっていったというのであれば、を取り返すべくこちらも全力を尽くさなければならない。
イシドがどこまでゲームメーカーとしてのを利用するのかはわからないが、世界で活躍する一流プレイヤーたちが認める奇才を相手に戦う道は険しいものになるだろう。
と戦術をぶつけ合うことにはサッカー選手としてはわくわくするが、彼女を愛し続ける恋人としては心が引き裂かれるような痛みを感じる。
のためにも、サッカーのためにも自身の未来のためにも絶対に負けられない。
鬼道はあっさりと切られた携帯電話をポケットにしまうと、円堂たちの元へ戻るべく来た道を引き返した。
また出た。
本当にこの人はいつどこに現れるかわからない人だな。
神童は円堂や対戦チームの監督秋と楽しげに談笑しているを眺め、ふっと頬を緩めた。
今日のは先日とは違い、穏やかな雰囲気を発している。
円堂との理解不能なジェスチャーに満面の笑みを浮かべ頷いている秋を見ていると、きっと3人は昔からこうだったのだろうな容易に想像がつく。
きらきらと弾ける笑みを振り撒いているをじっと見ていた神童は、浜野にちょいと脇腹をつつかれ浜野を顧みた。
「どうした?」
「そーやって綺麗なお姉さん見てるからつれない態度取られるんだってわかんね?」
「別にそういう意味で見てるんじゃない」
「そうだとしてもほら見てみ? 興味すら持たれてないあの背中どうよ」
「姿勢がいいのは彼女の長所なんだ」
「駄目だ神童、お前男としては駄目っ駄目」
全然駄目っ駄目なのは、率直意見を言ってくれずに落第を言い渡していた浜野の方だ。
少し目を離した隙にぺらぺらと話しかけ、何を考えているのかわかったものではない。
神童は背中しか見せてくれない愛しの彼女へ熱い視線を送ると、ポジションへと戻った。
「あーあ、神童くん一方通行すぎ」
「だよなあ。見てすぐわかるけどあれ辛いな」
「ほんとほんと、女の子やるう」
「・・・それを円堂くんとちゃんに言われると、すっごく複雑な気分になるんだけど」
「はっ、なんかごめん秋ちゃん! でも秋ちゃんもモッテモテだったよ!」
「そうそう!」
「こら、円堂くんはこういう時は何も言っちゃ駄目! めっ!」
「そうなのか!? やっべ、ごめん秋!」
「謝っても駄目!」
「えっ、もう俺退場した方がいい!? どうする秋!?」
「もう、円堂くんが退場したら誰がチームの指揮執るの」
「」「私」
恐ろしいまでに知能指数が近い2人だ、どこから手を付ければいいのかわからなくなる。
でも2人とも変わらないなあ。
昔からよくわからない話で盛り上がって回りを置いてけぼりにして、大人になったはずなのに今も子どものままみたい。
円堂くんと豪炎寺くんとちゃんと、あとえっと、そう半田くん。
円堂くんとちゃんが2人で素でぼけてるのを豪炎寺くんと半田くんが毎日ツッコミ入れて、それを私が毎日笑ってたっけ。
半田くんはともかく、今豪炎寺くんは何してるのかしら。
今日のちゃんを見る限り昨日は結局鬼道くんと会わなかったみたいだし、同じ稲妻町にいるのにみんながみんな遠いところにいて少し寂しいな。
不安げな、けれども温かな眼差しを背中に感じながらは隣で黙って試合を観戦している円堂に話しかけた。
「私は円堂くんの代わりはできないけど、円堂くんのピンチヒッターはダーリンがやるんでしょ」
「話はしたのか」
「うん。いつも通り厄介事に巻き込まれてどうしようもないんだけど、京介くんにいろいろ吹き込んどくからとっととてっぺんまで来て」
「簡単に言うけど結構毎試合ギリギリなんだぞー。しかもも向こうとか俺、もう話についてけないよ」
「ばっかねえ、そのための有人さんでしょ。大丈夫大丈夫、京介くんには指一本触れさせないから!」
「、本当にどうしようもない時は逃げるか助けを求めてくれよ。俺ら、急ぐっつったって試合ないと先に進めないんだからさ」
「じゃあ手始めにイシドさん誘惑して中一日で試合させとく?」
「勘弁して下さい」
嘘だってばやぁねぇ円堂くんたらまっじめー。
の嘘は嘘に聞こえないんだよ。
円堂のやや引きつった顔を覗き込んだは、口元に手を当てけらけらと軽やかに笑った。
は、熱い視線? そんなの知らないけど