16.迷言避けれんハリケーン










 トランプの女王様みたいね。
イシドは、鏡の前で身だしなみを整えている自身の背後から聞こえてきた声にそうだろうと短く返した。
聖帝は中学サッカー界を管理する組織フィフスセクターの頂点に立つ者だ。
次期聖帝を決める選挙とはいえ、今いる地位をあっさりと手放すほどこちらはお人好しではない。
王たる者は、いついかなる時も寸分の隙も見せず相手と対峙するのだ。
イシドはだらりとソファに腰かけているに歩み寄ると、彼女なりにめかし込んだらしい姿を見下ろし眉根を寄せた。




「何だその格好」
「何ってジャージー。中学サッカーの試合での女子の正装ってジャージーか制服でしょ」
「・・・・・・ふざけないでくれ」
「わっけわかんないどこに意味わかんないメッシュ入れてる奴に言われたかないわよ。私が何着ようと私の勝手でしょ、どうせ私裏方だし」
「・・・来い」
「は?」
「いいから来い、ほら」




 嫌がるを強引に立たせ、ソファにしがみつき動こうとしない体を抱えるようにしてバルコニーへと向かう。
ホーリーロード本線会場アマノミカドスタジアムには、聖帝専用の観覧席がある。
サッカーを観戦するにはそこはあまりにも高すぎて見にくいことこの上ないが、聖帝という逆らってはならない絶対の権力を周囲に示すには絶好の場所だ。
イシドは数時間後には開会宣言することになるバルコニーにジャージー姿のを連れ出すと、柵に押しつけ見ろと言った。




「どうだ、いい眺めだろう? ここが最高権力者が見る景色だ」
「馬鹿となんとかは高いとこが好きってほんとだったってこと」
「ここには誰も登って来られない。どうだ、大嫌いな奴と2人きりの気分は」
「訊かなきゃわかんないわけ? それとも言ってほしいの? だとしたらイシドさんも相当アレな性格ね」
「どうせその思いがひっくり返ることはないんだろう。だったらいっそ全部吹っ切れる」





 押しつけられた柵が体に当たり痛い。
まさかないとは思うが、ドッキリ仕様でこのまま柵が外れ地上に落下してしまうのではないだろうか。
いつの時代もサッカースタジアムは欠陥だらけだ。
鉄骨が降ってくる世界なのだから、鉄骨ほど太くも頑丈でもない瀟洒な作りの柵が外れてもおかしくはない。
さすがに死ぬのは嫌だ、今死ぬのは少し早い。
はイシドの体を退けるべく、体を左右に揺らした。
動きにくい体勢で無理に動いたせいか、大きく開いた上着のポケットからかしゃりと何かが音を立てて落ちる。
あ、まずい、そこに入れてたのは。
は今にも地上に落ちてしまいそうなそれを拾い上げるべくずるずるとしゃがみ込もうとして、足を柵にしたたかにぶつけた。





「いったあ・・・あっ、あーーーーーーーーー!!」
「どうした? 俺はまだ何も「嘘、えっ、ちょ、や、は!?」
「何してるんだ、死ぬ気か!?」
「お、お、落ちた! うっそマジで!? やっば!」
「落ち着け、だから何が落ちたんだ」
「ネ・・・いや、言わない!」
「拾いに行くから言え、言わなければわからないだろう」
「いい! もういい、あんなもんいらない! ちょうど良かった捨てる手間省けた!」
「・・・落としてそれだけ取り乱すんだ。捨てられるほどどうでもいい物じゃないはずだ。きっとそれはとても大切な物だ」
「いいや大切じゃない! 絶対そう!」





 とにかくもういいから離して、ジャージーが嫌なら服寄越せ。
迫るイシドを突き飛ばし、大股で部屋へと戻る。
そうだ、あんな物なくなってしまえばいいのだ。
むしろどうして今の今まで大事に持っていたのかわからない。
そんな物に縋っても、汚れ黒く塗り潰されてしまった過去が帰ってくることはないのだ。
この期に及んでまだ吹っ切れてないなんて私も甘っちょろい、私ってほんとに優しすぎ。
はジャージーから着てきた服に着替えると、バルコニーから身を乗り出し落下物を見つけようと目を凝らしているイシドの背中を眺め目を伏せた。


































 彼女もフィフスセクター側の人間だったのだろうか。
南沢は試合前のロッカールームに現れ早々自身を呼び出した美人を見上げ、話半分に相槌を打っていた。
彼女は確か剣城がフィフスセクターからの刺客シードとして雷門中を訪れ、初めて試合をした時にいた。
途中からベンチに戻り暇になったので、黒の騎士団の監督や剣城に暴言を吐き散らかしていた彼女のことはよく覚えている。
綺麗な顔してとんでもないことを言う人だなと、できれば係わりたくないリストに入れたこともしっかり覚えている。
実はフィフスセクターの組織にいた彼女が今更何の用があるというのだ。
まさか、まだこちらのことを疑っているのか。
南沢は口元に薄く笑みを浮かべると、それでと言い返した。




「聖帝の愛人サンが俺に何の用?」
「む、なぁにその言い方かっわいくなーい」
「俺は生憎可愛いとは言われ慣れてないんで」
「お宅イケメンだもんねえ。どう、ここには慣れた?」
「どこにいようとやるのはサッカーですから」
「そりゃそうだけど、なんかここ物足りなくない? 強いけどつまんなくない、ここ?」
「いいんですか、フィフスセクターの中にいる人がフィフスセクターの悪口言って。それとも愛人サンなら何言っても許されるんですか」
「さっきから愛人愛人ってあのね、愛人って意味わかってて言ってる?」
「おねえさん、耳貸して」





 言われれがままに南沢の口元に耳を寄せたは、15歳やそこらの少年から告げられた言葉に思わずわあと叫んだ。
信じられない。
どうしてたかだか人生15年しか歩んでいないガキんちょが24の大人も赤面するようなことを知っていて、そして平気な顔して口にできるのだ。
好奇心旺盛すぎるのも困りものだ、彼はいったいどこでこんな知識を得たのだろうか。
はっ、まさか彼も誰かの・・・!?
ありうる、彼の歳不相応な艶めかしさとイケメンさを鑑みればない話ではない。
人生いろいろあるわよね、それが人生だもんね。
そうしんみりと呟かれ見下ろされた南沢は、目の前の女性の考えにすぐさま気付きふざけないで下さいと即答した。





「国語と保健の授業ごっこはいいんです。何の用か、用件だけあるなら言って下さい」
「む、ほんと最近の中学生神童くん以外可愛くないんだから・・・。いーい、クールにプレイするだけがサッカーじゃないからね」
「泥臭いサッカーをしろと?」
「そんなとこ? でもここも選手は勝利にがっついたことないの。言うこと聞いてれば勝てるんだから、本気出さなくて良かったんだもん。でも今日は本気出して、それでも苦戦するかも」
「まさか」
「まさかって思うでしょ。南沢くんはまさかって思えるだけまだまし。他の選手は、まさかすら考えてない。与えられたレール走ればゴールって思うだけで、あの子たちのレールに切り替えポイントはない」





 ポイントの変え方忘れちゃ駄目よ、それが南沢くんの強さなんだから。
意味がわからない。
言いたいことがあるのならもっと真っ直ぐ言ってくれればいいのに、どうしてこの人はわかりにくく言うのだろう。
本当にわかってほしくて言っているのだろうか。
南沢はぽんと叩かれた背中に残る温もりをわずかに感じながら、どこかへ去っていくを見送っていた。







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