はどこまで試合に関与しているのだろうか。
円堂は一糸乱れぬフォーメーションを見せ雷門イレブンを翻弄している月山国光イレブンを、険しい表情で眺めていた。
月山国光の監督は策士として知られた存在だ。
月山国光の動きを見るに、相手はサイクロンスタジアムの仕掛けを知っているらしい。
圧倒的に不利な環境に置かれている中、神童たちは善戦していると思う。
こちらにとっては不規則な竜巻のコースを相手の動きで読もうとしたり神のタクトを使ったりと、竜巻を利用しようとする姿には期待できる。
問題はなんとか前へ進もうとしている中盤から前線ではなく、霧野がまとめるディフェンス陣だ。
練習の時から気になってはいたが、霧野と狩屋の仲は決定的なものになっている。
仲間の動きを見極め守備の総合的な指示を出すはずの霧野が狩野のプレイにのみ気を取られ目をつけていると、守備のすべてが乱れてしまう。
霧野はただのDFではない。
後方にいながらにしてフィールドを見渡し、今何をすべきか判断することができる優れた分析力を持っている。
それがわかっていない、周囲が何も見えなくなった今の霧野はフィールドに居場所がない。
円堂は前半を0対1で折り返しベンチに引き上げてきた霧野に、後半の出場停止を言い渡した。
「どうしてですか! 狩屋は、狩屋は残すんですか!」
「ああ」
「狩屋は嘘をつきます。嘘は内部崩壊を招きます」
「前半のお前のプレイには斑があった。それは結果としてチームの連携を乱す」
「それは・・・!」
「頭を冷やせ、霧野」
頭は、円堂の言葉で一気に冷めた。
突然頭から氷水に突っ込まれたかのような強烈な冷やされ方をした。
なぜ自分なのだ。
なぜ狩屋ではなく、こちらがチームから外されなければならないのだ。
ワンマンプレイしかしない狩屋が、月山国光の変幻自在の攻撃に仲間と協力して対抗するとは思えない。
自分というストッパーがいなくなり狩屋がチームを更に崩壊に導くような真似をしたら、その時は狩屋と刺し違えてでも奴をチームから追い出し、神童や円堂監督たちの目を覚まさせる。
「・・・今日の蘭丸くん、いつもよりも余裕がない・・・」
霧野のいつになく剣呑な目をスタンドから双眼鏡で観察していた霧野とよく似た容姿をした少女は、双眼鏡を外すと蘭丸くんと不安げに呟いた。
さすがは円堂、いや、鬼道といったところか。
守備の要を外したのは彼を諦めたからではなく、本来の力を取り戻させるためだ。
月山国光の冗談の1つも通じなさそうなお堅い監督は、イシドの話によれば国内では有名な策士として鳴らしているらしい。
向こうも向こうでこちらの名前を知っていたし、ただの顧問の先生というわけではなさそうだ。
はハーフタイムを終えロッカールームからベンチへと戻る道すがら、監督の近藤にあのうと声をかけた。
「ほら、こないだから練習してたお宅の必殺タクティクス、あれ」
「タクティクスサイクルか?」
「そうそれ。あれ、雷門の2番が戻って来たら使わない方がいいと思うんだけど」
「理由を聞かせていただいてもよろしいか?」
「彼、今日はまだぱっとしてないけど雷門のディフェンスまとめ上げてるっぽいの。どうすれば相手の攻撃を封じることができるか考えるの相当上手いから、外にいて見てると尚更タクティクスなんとかの隙突かれるんじゃない?」
「ほう、あれの隙があるとはさすが世界で戦う方は違う」
「見慣れてないから違和感感じただけ。このチームは強い、策なんて雷門よりもうんと上。でも弱いの、だから隙がないって思っちゃう」
やはり、月山国光は監督すら自チームの本当の弱点に気付いていない。
弱点があると知る前に管理サッカーに組み込まれたから、知ることがなかったのだ。
せめて知ってから管理されるサッカーに入っていれば、月山国光は本当の意味で強いチームになっていた。
フィフスセクターが求めるのは過程ではなく、試合開始から60分後の結果だけだ。
結果さえ指示と合っていれば、試合内容はどうだっていい。
そんな環境で作られ鍛えられた必殺タクティクスは、必殺と胸を張って言えるだけの恒久的な破壊力を持たない。
がフィフスセクターのやり方についてもっとも失望したのがそこだった。
フィフスセクターの管理サッカーにゲームメーカーはいらない。
努力するプレイヤーもいらない。
ゲームメーカーや努力家のいないサッカーに、は魅力を感じることができなかった。
「意見の1つとしてお聞きしますが、このチームの監督はこの私。いかにあなたがあのフィールドの女神ミネルバと呼ばれる天才であろうと、チームの取る道の最終決定権は私にあります」
「そうね、それがいいと思う。あーあ、お宅みたいな人とはこんなとこで会いたくなかったわ」
「私も、なぜあなたのような方がここにおられるのか「それ以上は言わない方がいいんじゃない?」・・・そうですな」
月山国光は悪いチームではない。
才能溢れる選手が揃ったいいチームだ。
将来性豊かな人たちから逆境を跳ね返す粘り強さと諦めの悪さを奪った罪は大きいんじゃない、聖帝さん。
は月山国光イレブンを送り出すと、近いうちに出くわすであろう壁の厚さに彼らがどう立ち向かい、あるいは挫折するのか思い口元を緩めた。
霧野は神童以上に曲がっていることやあやふやなことが大嫌いなはっきりとした男だ。
うじうじと恥らいながら告白してくる子に対してはつまり俺が好きなのかとずばりと尋ねばっさりと断るし、こちらが霧野家に帰りたいと駄々を捏ねても無理だと即答する。
霧野が新入部員の1年生に不信感を抱き警戒し、そして彼と正面から向き合うようにしたのも、霧野が狩屋の裏表のありすぎる性格に振り回されるのがまだるっこしくなったからかもしれない。
霧野は物事の本質を見極めることに長けている。
霧野の心を弄んだのは許しがたいが、霧野が彼に向き合うというのであればこちらも狩屋少年を許してやろうと思う。
それに他人を信用しないという点はこちらの神童に対する思いとまるきり同じだ。
なぜ信用するようになったのか、そう思うに至るまでの過程を訊いてみたかった。
「あの人、蘭丸くんの言うこと聞いて蘭丸くんと連携して蘭丸くんの見せ場たくさん作ってくれて、もしかして意外といいパフォーマー?」
試合が終わったら蘭丸くんに会いに行くついでに、あの子もちょっと褒めてみようかな。
ふふっ、南沢さんまるで別人みたい、でも懐かしい。
久々に楽しいサッカーを見た気がする。
楽しいサッカーではあの泣き虫神童もまともに見えるのだからサッカーの力は偉大だ。
思わず頑張れと霧野に向かって声を上げた直後、霧野でも神童でも狩屋でもない長身の1年生FWの化身シュートが月山国光のゴールに突き刺さった。
遠慮と謙遜という日本人の美徳を胎内に置き忘れてきたのだろうか。
南沢はサイクロンスタジアムの出口で待ち伏せしていたを見つけるや否や、隠すことなくはあとため息をついていた。
「今度は何ですか」
「出待ち?」
「・・・愛人サン意外とすごいんですね、すごいすごいはいすごい」
「南沢くんもすごかったよー、まさかあんなにやる気出すことは思わなかったー」
「本気のサッカーしに来たんですからやる気出すの当たり前です」
「そーう? まいっか、お疲れ! あと私のこと愛人サンって呼ぶのいい加減やめてくれる?」
「どうしよっかな・・・。俺、結構呼び慣れちゃったんですよね、愛人サン」
「えー」
「・・・次」
「ん?」
「今度、サッカーの話聞かせてくれたらその時は愛人サン呼びやめてもいいけど?」
「えっ、なになにデートのお誘い?」
冗談で言った言葉に、南沢が前髪をかき上げふっと鼻で笑う。
いちいちやることが気障で腹が立つ子どもだ。
前髪が邪魔ならオールバックやドレッドヘアー、カチューシャやバンダナで対処すればいいのだ。
は南沢から視線を逸らすと、会場からようやく現れた人物に向かってあーっと声を上げた。
おっかえりー京介くん、すみません待たせて、いいのいいのさあ帰ろ!
目の前で繰り広げられている華やかな会話に、南沢はばっと顔を上げた。
目が合ったのがではなく、かつて雷門で着ていた10番のユニフォームを身につけた剣城だったことにややたじろぐ。
剣城は南沢に向かって小さく会釈すると、に知り合いですかと尋ねた。
「ううん、今日初めて話しただけ。えへへ、デートに誘われちゃったー」
「物好きな人もいるんですね・・・」
「おい」
「いやいや見る目あるって。あー、さては京介くん焼き餅ー?」
「生憎、俺は物好きじゃないしそんな餅は焼きません」
「おい、俺に失礼だと思わねぇのか」
「「失礼?」」
「・・・もういいよ、じゃあな愛人サン」
「もーうだからそれやめてってばー」
さん本当に聖帝のつまり、あれなんですか。
やぁねえ私風丸くんのファンよ。
知ってます、部屋真っ青ですから。
なんだよあの人、俺を待ってたんじゃないのかよ。
南沢はぼそりと毒づくと、敗戦ながらも皆充実した表情を浮かべている仲間たちが待つバスへ乗り込んだ。
「まだその冗談続けてるんですね」「うーん?」