17.北の国から地中海から
なるほど、これは確かにが手を焼くわけだ。
円堂は、暗い室内でゆったりと玉座に腰かけているかつてのチームメートを鋭い目で見据えていた。
姿をちらりと見た時から、声をわずかながらでも聞いた時からもしやと思っていた。
信じたくなかったが、心と頭の片隅では彼に間違いないと告げ続けていた。
日本に寄りつかずイタリアで自由を謳歌していたがフィフスセクターに巻き込まれ、そして逃れようにも逃れられないと知った時は確信すらしそうになった。
もう彼でない理由がなくなっていてもなお聖帝イシドシュウジが彼でないと信じ続けたのは、会って別人だと安堵したかったからだ。
他人の空似だと思い、安心したかったからだ。
なんでお前なんだよ。
円堂の問いに、豪炎寺修也とよく似たイシドは違うと冷ややかに言い放った。
「いったい何があったんだ・・・。こんなことをしてみんなからサッカーを取り上げて、サッカーできない辛さはお前が一番知ってるんじゃなかったのか! なのになんでお前が管理サッカーなんか!」
「・・・・・・」
「もうやめよう。こんな戦いを続けるより、昔のサッカーを取り戻すにはどうしたらいいか一緒に考えよう。みんなで考えれば必ず答えは見つかる」
「わからないのか。サッカーは変わったのだ、昔には戻れない」
「昔に戻る気がないならなんでを巻き込んだんだよ!」
「・・・?」
「とぼけたって無駄だ。俺は、俺と鬼道はを今すぐにでも取り返したい。はああ見えて優しいから、お前が否定するお前に付き合ってやってるだけなんだよ。お前が豪炎寺じゃないなら今すぐを解放しろ!」
に聞かれたら一発のアイアンロッドに2つ3つのお小言をもれなく喰らいそうだが、今この場にはいないので何を言っても怖くない。
は確かに優秀な戦略家だが、有能な指導者は以外にもたくさんいる。
わざわざ海外から呼び寄せずとも、日本にも優れたゲームメーカーはたくさんいる。
聖帝だのイシドシュウジだのと名乗っていても、結局のところ豪炎寺は豪炎寺だからを求めるのだ。
大人になっても多少の期間離れていても豪炎寺の依存症は改善しないから、がもはや幼なじみよりももっと大きな存在を得た今になってもを傍に置こうとするのだ。
も、なぜ自分の幼なじみが彼女が大嫌いな甲斐性なしのダメダメダメンズになっているのに放り捨てないのかわからない。
の放っておけず厄介事に巻き込まれ流され性分を理解し尽くしての豪炎寺の行動だとしたら、円堂は豪炎寺をかつての親友と同一人物だとは思えなかった。
「彼女は優秀なゲームメーカーだ。彼女の力は私の計画に必ず役立つ」
「がどうすごいのかはお前が世界で3番以内に詳しいからな。でも、イシドシュウジがを利用することは許さない」
「許す許さないを決める権限はない。彼女が必要、これは事実だ」
「豪炎寺・・・」
「もう話すことはない。帰りたまえ」
お前はもう本当に豪炎寺をやめたのか?
豪炎寺をやめて、でもだけは手放そうとしない亡霊みたいな奴になっちゃったのか?
円堂は終始冷ややかな目でこちらを見下ろしていたかつての友に、様々な思いを抱き背を向けた。
親でもなければ姉弟でもないし、お家がお隣でお互いの勉強部屋まである幼なじみでもないのだから、授業参観もとい部活動見学になど行きたくない。
剣城がサッカーに対して前向きに取り組むようになったのは喜ばしいことだが、剣城が明るく光差す道を歩むのと反比例するがごとくこちらは暗くおどろおどろしい道を歩いているから、光の中へは行きにくい。
京介くんがいいプレイしてることは試合でわかってるからいいじゃーん。
無理やり出された自転車に無理やり乗せられランニングの併走を強制されながらぼやくに、剣城は試合は試合ですと答えた。
「円堂監督や鬼道コーチとも知り合いなんでしょう。キャプテンもさんが来たら喜びます」
「そーう?」
「ゲームメーカー同士話も弾むと思います。知ってるでしょう、鬼道コーチがイタリアのプロリーグで活躍していた天才ゲームメーカーって」
「そりゃもう有名だよね、あの眼鏡目立つもん」
「どこで知り合ったんですか? イタリア・・・ってことないですよね、鬼道コーチはプロのサッカー選手ですし」
「プロになる前から知ってたよ。円堂くんとはクラスメイト、春奈ちゃんとはうーん何だろ、とにかく知ってるよ」
「だったら尚更行けるでしょう。そもそもどうして最近ベンチに来ないんだか」
剣は本当によく喋るようになった。
昔はうんとすんくらいしか言わなかったのに、ようやく口の筋肉が解れてきたらしい。
は剣城の後に続き雷門中の校門を潜ると、誰にも見つからないようにわざと剣城とはぐれ木陰に身を潜めた。
円堂と鬼道に会えとは剣城は鬼か。
どの面下げて会えばいいのかアドバイスしてからここへ連れて来てほしかった。
親友の妻になる女性が親友の親友であり自分にとっても親友でもある男に囲われているという、テレビ局に企画を持ち込めば即昼ドラ風味に脚色されそうな泥沼展開に陥っているのだ。
当事者がひょっこり出てきていいわけがない。
京介くんめ、何も知らずに修羅場をセッティングしやがって今晩はデザート抜きにしてやる。
は脳内夕食のお買い物メモからぶどうを消去すると、草むらの隙間から神童たち雷門イレブンを見下ろした。
「うわーあの子すっごくすっごいー」
「ほんとだね、初心者だ」
「ねー。あーどこ見てドリブルしてんだろ、やり方わかんないけど」
「ドリブルは前を見てするんだよ。下を向いてたら先が見えなくなっちゃうからね」
「ふむふむなるほど。でもあの子サッカーセンスはあるよ、見ただけでシュートはあんなに上手」
「呑み込みが早い子みたいだね。ふふ、ちょっとそこから動かないでねさん」
「はい?」
いつからそこにいたのかわからない誰かがすっと目の前に風のように飛び出し、気が付けば間近に迫っていたおそらくはゴールを大きく外れたらしいシュートを軽やかに受け止める。
ボールカットは前とボールの両方を見なくちゃいけないからちょっと難しいんだよ。
そう言ってくるりと振り返った青年に、はことんと首を傾げた。
「だぁれ?」
「やだなあ、そういう思わせぶりな言葉」
「いや、マジで言ってんだけど」
「君はちゃんでしょ。僕だよ、吹雪士郎。よく一緒に遊んだじゃないか、あんなことやこんなことも「してない」
「ふふ、さんったら何を妄想した? イケナイ人だなあ」
「ああ思い出した、その軟派なちょっぴり腹立つとこ吹雪くんじゃん。なぁに、吹雪くんも雷門中にいるの?」
「ううん、これからここで雇ってもらおうとしてるとこ」
僕も色々あったんだよ、解雇通知ってほんとにいきなりくるから参っちゃうよ。
吹雪はそう呟いて寂しげな笑みを浮かべると、気持ちの籠もったいいシュートだねとグラウンドに向かって声をかけ円堂たちに手を振った。
隠れていることは悟ってくれたのか、こちらの存在を円堂たちに伝えるつもりはないらしい。
自分の心にきょうだいの心を住まわせていた吹雪は、今でも他者の心に動きには敏感らしい。
彼にも彼のいいところはもちろんあるのだが、いかんせん軟派すぎるのがいけない。
歳を食って髪型などはさらに浮ついたふわんふわん状態になっているし、もう少し身なりだけでも鬼道のような年相応の落ち着きと貫禄を持っていた方がいいのではないだろうか。
ひらひらのワンピースにひらひらのリボンのついた帽子を被ったは、吹雪のふわふわとしたいでたちにぶつぶつといちゃもんをつけた。
「あーあ、居心地まぁた悪くなるじゃん、こそっと帰ろ」
練習はきちんと見ていたし、感想は家に帰って剣城に伝えても遅くはないだろう。
円堂は剣城に見つからないようこっそりと立ち上がったは、長くしゃがみ続けていたおかげで痺れていた足を木の幹に強かにぶつけ痛いと叫んだ。
豪華な顔ぶれに、誰を見ればいいのか視線が迷子だ。
神童はサッカー部室に集まったかつてのイナズマジャパンとという錚々たる大人たちに緊張とときめきを隠せないでいた。
神出鬼没のだが、今回はまさか同じくひょっこりと現れた吹雪に連れて来られるとは思いもしなかった。
見る限りは吹雪とも親しいようだし、の交友関係の広さには驚いてしまう。
ただのちょっぴりアグレッシブな綺麗な人というわけではなさそうだ。
神童は鬼道とは仲が悪いのか、ちっとも目を合わせようともしないにお久し振りですと声をかけた。
「まさか、さんとこうやってお話できるとは思いませんでした」
「ほんとにねえ、どこぞの吹雪くんが私を逃がさずに捕まえたからこんなことになっちゃってどうしよっか」
「酷いなあ濡れ衣だよ。さんが叫ばなかったら僕はさんをいないふりにしてたのに」
「俺は嬉しいです。俺たち次は白恋中と戦うんです。一緒に攻略法を考えてくれませんか?」
「私いらなくない? 円堂くんいて吹雪くんいて神童くんいて超すごいゲームメーカー鬼道くんもいるんだから私なんてお呼びじゃないでしょー」
「そんなことないって! な、鬼道もゲームメーカーはたくさんいた方がいいだろ? な!?」
「・・・そうだな、策は多いに越したことはない」
うわ、2人とも思った以上に空気重いな。
円堂は鬼道との間に流れるずっしりとした空気に額を押さえた。
吹雪は何も知らないからをあっさりと連れて来たのだろうが、鬼道との心情を考えれば彼女はここにいない方が良かった。
のアドバイスは欲しいが、その代わりに流れるわかる人にしかわからない重苦しい空気は耐えがたいものになるのだ。
正直、自分1人で手に負えそうではない。
せめて夏未や秋がいてほしかった。
春奈は既に軽い混乱状態に陥っていて、頭の上にある眼鏡を探すべくしきりにテーブルを散らかしている。
テーブルを探しても、10年経っても見つかるまい。
円堂はこほんと咳払いすると、モニターに映し出された白恋中の必殺タクティクス絶対障壁へと目をやった。
「絶対障壁は選手たちを集中的に配置することで極限までディフェンス力を高めた必殺タクティクスなんだ。アルティメットサンダーも通用しない」
「新しい必殺タクティクスを考えなきゃいけないってことか」
「策はある」
6人の選手が構成する三角形を眺めていた鬼道が静かに口を開く。
鬼道はちらりとを見ると、すぐに神童や円堂に視線を戻し対処法を話し始めた。
「絶対障壁は中央に選手を集めるから相対的にサイドががら空きになる。だから、左右から攻め上がることができれば勝機はある。ただし、相手を振り切れるだけの俊足と決定力を兼ね備えた2人が必要だがな」
「それなら剣城と松風にすればいい、足も速いし化身も出せる」
「化身ねえ・・・」
「松風は足も速いしシュート技も持っている。剣城と組んでも問題はない」
「京介くんはそんなに弱っちくないんだけど」
「ほう? 俺の策に問題があるとでも?」
「作戦はそれでいいと思うよ、むしろそれしかないだろうし。ただキャストがね」
「あ、あの、俺じゃ駄目ですか・・・? だったら倉間先輩と剣城で!」
「俺は化身は出せない。アルティメットサンダーもできなかった俺が剣城と組めるわけないだろ」
「ま、僕には僕のやることあるしねえ。松風くんだっけ? 京介くんに合わせるって相当大変だけど大丈夫?」
「俺やります!」
「そ?」
私としちゃお宅よりもあっちの初心者っぽい光る石みたいな子の方が京介くんとお似合いだと思うんだけどなあ。
はそう言って松風からも先程からずっと鋭い目で見据えてくる鬼道からも視線を外すと、部室の隅できょろきょろと周囲を見回していた因縁のロリコングラサン親父と同じ名字の少年へにこりと笑みを向けた。
壁にゴッドハンドでもして換気した方がいいレベルの空気の悪さと思われる