18.足元口元滑らせ注意










 毛皮のコートを持ってくるべきだった、持っていないが。
はジャージーに首を埋め手を引っ込め、極寒の試合会場と戦っていた。
世の中にはこんなに寒い世界があるとは思わなかった。
イタリアも暖かいし、日本でも北海道とかそんなに行ったことなかったもんなあ。
服従してはいないが立場上はフィフスセクター側にいるのだから、スタジアムの形式くらい事前に教えてくれても良かったと思う。
まったく、どいつもこいつもみんな私に優しすぎ。
そう呟き八つ当たり気味にひんやりと冷たい氷のような壁を叩いたは、つるりと足を滑らせ仰け反った。





「大丈夫ですか。・・・まったく、あなたはいつも落ち着きがない」
「あら黒木さんお久し振り、ありがと」




 白銀の世界に映える黒スーツと赤毛、そして辛気臭い顔に背を支えられ、は首を仰け反らせたまま因縁の疫病神を見上げた。
黒木と会うのは随分と久し振りだ。
剣城がシードだった頃は事あるごとに黒木と顔を合わせ火花を散らしてきたが、果たし状代わりの領収書送付と剣城の脱不良により彼とは疎遠になった。
女の子1人言いなりにできない黒木はてっきりフィフスセクターから解雇あるいは降格または左遷されたとばかり思っていたのだが、しぶとい彼は未だに中学サッカー部を監視巡回する
疫病神ポジションを失っていなかったようだ。
は黒木からひょいと離れると、白恋はどうなのと尋ねた。




「絶対障壁っていうディフェンス特化の必殺タクティクスがあるんでしょ」
「ほう、ご存知でしたか」
「イケメン口説いたらざっとこんなもんよ。雷門は雷門で対抗策考えてるみたいだけど、まあキャストがあのままなら白恋が勝つかな」
「やはりあなたは油断ならない。聖帝はなぜあなたを野放しにしているのか・・・」
「野放しなんてとんでもない。イシドさんはがーっちり私を縛ってるって」
「では、縄が緩いということでしょうか・・・。何にせよ、たとえフィフスセクターにいようと聖帝を欺くような行為は許しません」
「忠実な部下を持ってイシドさんも幸せ者よねえ」





 そういう人がいるから権力に対する反乱分子が出てくるのよ、残念なことに。
は怪訝な表情を浮かべている黒木に背を向けると、更に寒いであろうフィールドへ向かわずジャンバー完備の観客席へと足を向けた。






































 選手を見る目は悔しいが、向こうが上だったということか。
昔から他者の性格をびしばしと容赦なく指摘し、本人すら知らず気付いていなかった才能を強引に開花させてきたに勝とうと思ったのが間違いだったのか。
鬼道は白恋中の必殺タクティクス絶対障壁を破るために編み出したダブルウィングがまったく機能していないことに、唇を噛んでいた。
2つの風の塊は、2人のスピードとキック力が高い位置で一致して初めて完成する。
形だけ整えていても、2つの歯車が合わない限りは彼らの動きは白恋イレブンに読み取られてしまう。
あの日『うちの京介くんそんなに弱っちくないんだけど』と言い放ったは、これまで観戦してきたであろう試合とわずかな時間での松風の動きを見て、
彼の力量では剣城の相方にはなりえないと判断した。
松風がどんなに気合を入れても練習すると言い張ってもなんとかなると開き直っても、たとえ化身を使えたとしても松風では無理だとは彼がダブルウィングの軸としては不適格者だと見限ったのだ。
何度挑戦しても、今のメンバーでは絶対障壁を破ることはできない。
鬼道は難しい表情を浮かべている円堂に、ダブルウィングの失敗を告げた。





「松風ではパスのスピードが足りない。ダブルウィングは完成していない」
「どっちがボールを持ってるか見極められてるもんな」
「見極められた後に動いても守ることができるのは、氷の上でのスピードがあるからだ。は・・・、はわかって「言うな。は奇才なんだろ?」






 天才と奇才はちょっと違うんだから、鬼道は鬼道でいいんだ。
それには教えてくれただけ優しいよ。
円堂はゲームメーカーとして後れを取ったことを恥じ悔いている鬼道の肩をぽんと叩くと、唯一の攻撃パターンを封じられ攻め手を失い防戦一方の自チームを見つめた。
芝生と土の上でしかプレイしたことのない神童たちは、今もまだ氷のフィールドに足を取られパスカットをすることにすら難儀している。
吹雪の愛弟子らしいFWの雪村はエターナルブリザードやウルフレジェンドを超える威力を持つ必殺技だけではなく、化身も操る強敵だ。
フィフスセクターは雪村の化身を操る力を手に入れるために吹雪を追放したのだろう。
才能を持つ者ならばどんな手段を使ってでも取り込もうとするフィフスセクターだ。
数々の卑劣な手を使い続けている彼らにとって、雪村を吹雪から遠ざけ憎むよう仕向けるなど造作もないことだったに違いない。
が松風の技量を見極めていてもいなくても、苦戦することはわかっていた。
円堂は反撃することができないまま0対2で終わった前半戦から、光明を見出すべく目を細めた。







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