あらびっくり。
はスノーランドスタジアムの入口でばったり出くわした長髪をきりりと後頭部で結び上げた少年を見上げ、うわあと声を上げていた。
どいつもこいつもイタリアから日本に引き上げてきて、今は集団移民ブームなのだろうか。
は豪快に笑いこちらの両手を握りぶんぶんと振りまくる教え子からどうにかこうにか手を振り払うと、どうしたのと尋ねた。





「錦くん染岡くんとの練習さぼったの?」
「まっさかそんなことせんぜよ! わしゃあ雷門の話を聞いて居てもたってもおられんようになったがじゃ」
「ああ、そういや錦くんも雷門っ子だっけ」
「そうじゃき! して、コーチこそここで何しちゅうがぜよ? 師匠も心配しとうがぜよ」
「やっぱり? 染岡くんでそれならフィーくんも相当心配してたでしょ」
「もちろんじゃき。雷門はわしが来たからもう安心じゃ、コーチは早うイタリア戻った方がいいぜよ」
「戻れるものなら戻ってるんだけどねえ、それができないから困ってるのよちょっきん」
「ちょっきんじゃのうてじゃきぜよコーチ」




 錦が雷門中絶不調の中で戻って来たのは雷門にとっては心強いが、彼の力もポジションによって大きく変わってくる。
は錦を雷門中の空のロッカールーム前まで案内すると、念を押すようにゆっくりと口を開いた。




「錦くんはMFのままよね」
「そうじゃ」
「前半をざっと説明するとね、雷門全然駄目なの。有人さん・・・鬼道くん今向こうのコーチやってんだけど、あの人が考えた必殺タクティクスはミスキャストで失敗ばっかだから」
「何を他人行儀に言いようんじゃコーチ。わしゃあちゃぁんと知っとうんじゃ、鬼道さんがコーチの「話は終わってないんだけど錦くん」はい」
「錦くんがそれやってみて駄目で、でもそれでしかこっちの絶対障壁破る気ないんなら影山くんって子使って・・・と、円堂くんに言っといて」
「コーチが直接言えばいいんじゃ。わしゃあコーチが言いよる子がわからん」
「言えない理由があるから錦くんに言ってんの。いーい錦くん、よろしくね」





 まだ何か言おうとしている錦の背中をぽんと叩き、後半のフォーメーションについて話し合っているであろう雷門ベンチに送り出す。
錦はイタリアへサッカー留学するほどの逸材だが、かつてFWだったとはいえ今はMFとしての経験を多く積んでいる彼に剣城の相方は務まるまい。
剣城と肩を並べることができる可能性を持っているのは化身が使える松風でも総合力の高いMFの錦でもなく、初心者ながらも抜群の飲み込みの良さとキック力を持つ影山しかいない。
他者のプレイをすぐに自分のものとすることができる影山ならば、すぐに氷のフィールドにも適応できるはずだ。
必殺タクティクスも成功していないとはいえ剣城のプレイをずっと見続けていたので、彼のスピードとキック力を理解しているだろう。
せっかくイタリアから帰って来たとこ悪いけど、今日の主役は影山くんなのよねえ。
水面は錦復帰に湧く雷門イレブンの後ろ姿を眺めると、再び観客席へと足を向けた。

































 時々、はどこを見ているのだろうかと思う。
話したこともない、たった数十分の練習を見ていただけでどうして選手の特性を読むことができるのだろうかと思う。
こちらはよりも早く試合展開を読みそれに即した必殺タクティクスなりフォーメーションなり考えることができるが、出来上がったはずなのに完成していないそれをどう修正すべきかという方法を
見つけるのはの方が断然早い。
ゼロからプラスに転じさせるのとマイナスをゼロに戻すのは、同じ状況の好転を目指していても微妙に違うらしい。
トップリーグに上がれず選手層も厚くなく、常にギリギリの状態のチームを率いていたはマイナスからのリカバリーに慣れているようだ。
レジスタンスとフィフスセクター側に分かれ対立していても手を差し伸べてくれるのは、まだ俺を完全に見限っていないからだと勘違いしてしまってもいいのか?
鬼道はスタジアムのどこかから試合を観戦しているであろうに心の中で問いかけていた。
錦がチームに合流し改めて挑戦したダブルウィングは、錦自身もあっさりと認めたように失敗に終わった。
しかし、錦から伝えられたアドバイスと影山たっての希望で道は拓けた。
初めから、ダブルウィングをやるとあの日部室で決めた時からには必殺タクティクスの完成図しか見えていなかった。
松風を剣城と組ませると聞いた時、はどう思ったのだろうか。
駄目とも違うとも言わず、ただやってみればとだけ言った彼女の心境はいかばかりだったのだろうか。
遠回りをしているなとでも思ったのだろうか。
訊いてみたいとどんなに願っても、つれない彼女はきっとそうさせてくれる時間を用意してはくれない。
一日でも一時間でもいいから剣城と入れ替わりたい。
それこそまさに叶わぬ夢だというのに、強がっていても着実にに飢えていた鬼道は祈らずにはいられなかった。






「なあ鬼道」
「何だ」
「お前、スッゲーいい嫁さんもらったな」
「まだもらっていないし、今の彼女は聖帝の手の中だ」
「豪炎寺のあれは病気だからほっとけ。ってさ、昔から俺らのリカバリーばっかりしてくれてる」
「彼女がいなければどうなっていたのかわからない。そんなことがたくさんあった」
「うん。風丸たちとの時もフットボールフロンティアインターナショナルの時も、たぶん今もは自分を犠牲にしてるって知らないでやってる」
「それに頼ってしまう俺たちも成長しないな。俺は頼られ続けている彼女が不安で見ていられなくて、隣でなくてもいいから、彼女が倒れそうになった時だけでもいいから支えてやりたくて、だから」
「でもは強いかどうかはわかんないけどとにかく敵なし状態でいるから、鬼道の手を取らないんだろ。かっこいいよなあ」
「ふっ・・・惚れたか?」
「ははっ、そんなわけないだろ。は大切なちょっと怖い友だちだ!」






 友だちで仲間で、親友たちの大切な人をこのままにはしておけない。
雷門中サッカー部の監督でいることにはやりがいを感じるが、それだけでは何も変わらない。
ただ戦い続けて勝利を積み重ねていっただけでは見つからない、辿り着けないものがフィフスセクターにはあると思う。
そうだろ豪炎寺、だからお前を厄介事のど真ん中に連れて来たんだろ。
俺知ってるぜ、台風の真ん中ってすごく晴れてるって。
雷門には鬼道がいる。
錦も帰って来て影山の実力も判明した今は、自分がいなくても充分にやっていける。
むしろ作戦などは鬼道に任せていた方が上手くいく気もする。
ごめんな鬼道、俺ってサッカーバカだけどただの馬鹿でもあるから一度に1つのことしかできないんだ。
円堂は心の中で鬼道に謝ると、絶対障壁を打ち破り氷に閉ざされていたゴールを砕き開けた神童たち教え子を温かな目で見つめた。






エセ土佐弁ですまんぜよ






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