19.俺が騎士にならナイト










 円堂が監督を辞めた。
剣城からその知らせを聞いたは、やっぱりねとぼやくとすぐさまサッカー雑誌を切り抜く作業へと戻った。
雷門中サッカー部にとっての一大事だというのに、なぜはこうも飄々としていられるのだろうか。
剣城は風丸だけ見事に消えた穴だらけのサッカー雑誌を手元へ引き寄せると、ええーと大人げなく非難の声を上げるに円堂監督が辞めたんですと重ねて言った。





「知ってるって。円堂くんが無職になったんでしょ。この厳しいご時世、新しいお仕事探すの大変よう」
「円堂監督の今後も気になるかもしれませんが、今は雷門中を考えて下さい」
「円堂くんよりも監督っぽい鬼道くんいるじゃん。あの人いれば雷門も安泰安泰」
「・・・そうじゃないからさんに言ってるんです」
「なぁに京介くん不安? 鬼道くんいい監督よー、ちょーっとどころかかなりスパルタだろうけど」





 中学生時代は帝国学園で亡き影山の薫陶とスパルタ教育を受け、その教えを円堂たちのほほん雷門イレブンにも伝え、イタリアでも激しい特訓で自分を追い込み高みへと走り続けていた鬼道だ。
ゲームメーカーとしても指導者としても今の日本に彼以上の人材はいないと思うのだが、剣城は何を不安がっているのだろうか。
彼の教えにはコーチ時代からしたがっているだろうから、今更鬼道の才能を疑う理由はないはずだ。
神童といい剣城といい、年頃の男の子は色々と余計なことまで細かく考えすぎだ。
は剣城に一度は取り上げられた雑誌を再び取り戻すと、次なる要切抜きベストショットを探すべくページを捲った。





「聞いてますかさん」
「聞いてるよー」
「明日、練習を見に来てくれませんか? 練習というよりも、鬼道さんを」
「パス」
「どうしてですか。・・・あんまり言いたくないですけどさんだって円堂監督と同じ無職でしょう」
「違うよー今はハウスキーパー的な秘書的な、とりあえずいろんなもののためにもモップは常備してるお仕事やってるよ」
「愛人は職業じゃないですよ」
「こらもーまぁたそんなこと言って、そんなこと言う京介くんにはぎゅうってしちゃうぞー」





 あれ、そういや誰かに抱きついたり抱き締められたりハグ系行為をするのは、日本に連れ去られてから初めてかも。
イシドさんは私に魅力感じないのかこっちとしちゃありがたいけど手を出さないし、有人さんは相変わらず照れ屋さんだからかこっちがわざと隙とか作って見せても何もしてこない。
紳士だと思うが、男としてはそれでいいのかと訊きたくなる時もある。
は子どもとはいえこちらとそう変わらない背丈の剣城をぎゅうと抱き締め頭を撫でながら、今日までのハグ遍歴を思い出し目を伏せた。
昔はあれだけ主に風丸に抱きつくのが好きだったのに、今この場には雑誌の中にしか風丸はいない。
彼氏ができようと喧嘩しようと恋人ができようと鬼道の鬼のような視線があろうと意に介さず毎日毎日抱きついてきたフィディオも、当然のようにイタリアにしかいない。
京介くんにハグするの日課にしようかなあ。
どう思う京介くん、京介くんも一つ屋根の下に住んでる綺麗なお姉さんにハグされるの嫌じゃないでしょ?
腕の中でぴくりとも動かなくなった剣城にそう尋ねたは、質問のたっぷり5秒後に嫌とかそういうんじゃなくて困りますと真っ赤な顔で叫んだ剣城に盛大に吹き出した。








































 神出鬼没のを探すのは、当てのない旅をしているようでとてつもなく困難な挑戦だ。
会っても会わなくてもどうでもいい時に現れるくせに、本当に心の底から会いたいと思っている時は姿を見せてくれない。
鬼道の意図が読めない厳しく不公平な練習よりも、何かと的確に無駄なく試合のツボを突いてくれるの方がいい監督になってくれそうだ。
が何者なのかは今もよくわからないが、とにかく今はの意見を聞きできれば教えを乞いたい。
帝国の総帥も務めていた鬼道が悪い監督とは言わないが、の方がもっといい指導者かもしれない。
高みを、革命を目指す以上はより良い環境で心置きなく戦いたい。
神童はがどこかにいないかと鉄橋から身を乗り出した。
泣けば、泣きそうになればが現れるというのであればこの場で今すぐ泣き叫んでも構わない。
泣くことによって大切な人からはまた泣き虫だの洪水男だの言われるだろうが、今はサッカーを優先してもいい。
あなたが必要なんです、さん。
そう呟いた神童は、橋に向かってふらふらと歩いてくる買い物袋を提げた女性を見つけ目にうっすらと涙を浮かべた。
やはりは困った時にも現れてくれる素敵な人だ。
ならばきっと、鬼道の采配にも氷のように鋭く澄んだ制裁なり諫言なりをするに違いない。
鬼道の厳しい練習メニューを目の当たりにすれば、私が教えてあげると言ってくれるかもしれない。
白恋中との戦いで、と鬼道の相性が悪いことはなんとなくわかった。
2人に何があったのかは知らないが、円堂が2人の間で関係修復に腐心していることは見ていて痛いほどによくわかった。
おそらく、簡単には解決しないややこしい問題があるのだろう。
も鬼道も自己主張が激しくゲームメーカーで似ているところがあるから、意見の度重なる衝突が2人に溝を作ったのかもしれない。
円堂はきっと昔からさぞや苦労しただろう。
神童はこちらの頼みに頑として首を縦に振らないをじっと見つめると、お願いしますと言って頭を下げた。
は優しいから、頼み込めば話を聞いてくれる。
は生半可なサッカーは好きでないようだから、より楽しく白熱したサッカーを見るためならば助力を惜しまないはずだ。





「見てもらうだけでいいんです。思ったことがあれば言う、それだけでいいんです」
「それすらやだ」
さんは円堂監督がいた頃は試合中にベンチにまで来てくれてアドバイスしてくれました。鬼道コーチが監督になったから嫌なんですか? さんが鬼道コーチのことを苦手だと思っていることは知っています。でも「勝手なこと言わないでくれる?」





 黙って聞いていたが、神童に向かってぴしゃりと言い放つ。
今までは小気味良くすら聞こえていたの冷ややかで容赦のない言葉がこちらに浴びせられるのかと思い、思わず身を固くする。
ははあと小さく息を吐くと、こちらを目線を合わせるべく背を屈めた。




「鬼道くんはすごくいい監督になるよ、鬼道くんは円堂くんと違って悪いところもちゃんと見えてるから。それに私は鬼道くんのこと苦手でも嫌いでもないの。そりゃ今はちょーっとギクシャクしてるけど、私は彼のことがどんな立場からでも好き」
「そう・・・は見えないです、色んな点で」
「そーう? ま、私も好きとは言われ慣れてるけど自分からは恥ずかしくて言えない大和撫子だから、私よりもうーんと照れ屋さんが愛してるって言ってくれるの待ってるんだけど」
「あの・・・?」
「大人の世界って難しくてややこしくてちょっと面倒なのよ。神童くんみたいに好きな子に好き好き言ってたらそのうち報われるようなおとぎ話の世界じゃなくってね」
「いや、その、鬼道コーチとの練習は・・・?」
「練習は見れないけど鬼道くんと話しといてあげる。何も変わらないだろうけど話だけはしといた方がいろんな人のためにはなるでしょ」
「ありがとうございます!」




 京介くんだけじゃなくて神童くんっていう超イケメンにも頼み込まれたら断れないよー、もーなぁにその連携必殺技炎の風見鶏には負けるけどかぁっこいいー!
どこの国の言語かわからないがべらべらと喋り倒すに、神童はもう一度ありがとうございますと言って頭を下げた。








目次に戻る