21.単線運行現実行き










 兄弟仲睦まじくていいことだ。
優介の足の具合がどのようなものかはわからないが、リハビリに励む兄に付き添う弟の姿は美しい。
京介くんたち今日も頑張ってるねえ。
リハビリ室の外から剣城兄妹を眺めていたは、そうですねと元気に返事を返す少年を見下ろしことんと首を傾げた。
見覚えはあるはて、彼はどちら様だったろうか。
えーとと言ったきり次の言葉が見つからないに、松風はこれまた元気良く自己紹介をした。




「松風天馬です! さん・・・ですよね! 剣やキャプテン、あと秋姉ぇから聞いてます!」
「ああ思い出した、秋ちゃんとこに居候してるサッカー部の!」
「はい! ポジションはMF・・・って、これは知ってますよね」
「う、うんもっちろん!? そっかそっかあこれが松風くん、いつもうちの京介くんがお世話になってます?」
「そ、そんな! 剣城にはいつも俺の方がお世話になりっ放しでっ」
「あっ、そうなんだやっぱり」





 うわあ、秋姉ぇの友だちって秋姉ぇとは全然違うタイプの人だな。
なんというか、話しやすいけど何を言われるのかわからないびっくり箱と話してる気分だ。
こんな人が円堂監督や鬼道監督も一目置くくらいすごい人なんだから、そりゃあ剣城もますます強くなるわけだ。
松風とは病院の中庭へ出ると、ベンチに並んで腰かけた。




「松風くんはサッカー好きなんだねえ」
「はい! 俺、サッカーがやりたくて憧れの雷門中に入ったんです! キャプテンも信介も・・・あっ、あの小っちゃいDFですけど、先輩たちもみんないい人ばっかりで俺雷門に来て良かったです!」
「へえ。鬼道くんの監督ぶりはどう? 練習きつくない?」
「きついですけどでも、やった分だけ強くなれたっていう実感があるんです。早く円堂監督に見てほしいなあ・・・!」





 松風にとっての『監督』はあくまでも円堂で、鬼道は円堂が帰ってくるまでの繋ぎに過ぎないらしい。
円堂に心酔している松風らしいとは言えるがしかし、少し鬼道がかわいそうだ。
フィフスセクターのアトラクションのようなフィールド設計により鬼道の策は後手に回ることもしばしばだが、それでもどんな状況においても最善の策を見つける鬼道の才能は本物だ。
まさかこのまま監督業に落ち着いてあっさりと現役引退してしまったらどうしようと思う時もあるが、そうなったとしてもこちらに鬼道を翻意させる手立てはない。
やりたいことをやるのが一番楽しいのだ。
鬼道がこのままずっと指導者をやると言ったら、その時はいいんじゃないというのだろう。
つくづく恋人に尽くすよくできた女だと思う。
は円堂の良さについてべらべらと話し始めた松風を見つめふっと頬を緩めると、天を仰いだ。
青い空に丸い影が浮かんでいて、それがこちらに迫ってくる。
あれは何だろう。
ぼんやりと影を見上げていたは、突然体をぐいと押され呻き声を上げた。





「ごめんなさいお姉さん、肩借りるね!」
「はっ!?」





 女の子の体をジャンプ台替わりにするとは、最近の病院はどういう教育を受けているのだ。
は自信を踏み台にし高く宙を舞ったパジャマ姿の少年を見上げ、怒声をわぁという歓声に替えた。
最近の病院は仮病人も入院させるほどベッドに余裕があるのだろうか。
病人とは思えない軽やかな動きでボールを蹴り地上で待ち構え、ボールを受け止めた松風とすぐさまボールの取り合いを始めたパジャマをはじっと見つめた。
世の中にはとんでもない病人がいるものだ。
どこかしらの調子が悪くてこれなのだから、体調が万全だと彼は松風からあっさりとボールを奪い取りゴールまで突っ走るのだろう。
病人なのがもったいない。
思わずすごいねえと言って拍手を送ると、パジャマはくるりと振り返り目を輝かせた。




「ほんとに!? お姉さんほんとにそう思ってる!?」
「うんすごいすごい、僕上手ねえ」
「やった! てっきり怒らるかと思ってたんだけどさすが女神様って優しいんだね! 後でサインくれる!?」
「うんいいよー。あ、でもサイン書くの久々だから書き方覚えてるかなあ」
「えー思い出してよー」
「うーん」




 イタリアにいた頃は求められれば書いていたサインは、今もきちんと書けるのか本当に自信がない。
日本において求められるとは思っていなかったし、求めた相手がサッカーの上手な病人だとも思わなかった。
剣城を見てみろ、神童を見てみろ。
あれだけ付き合っているのにこちらの正体にとんと気付きやしない。
もしかしたら気付かないふりをしてくれてるのかなと深く考えてみたこともあったが、剣城は事あるごとに口癖のように『さんいったい何者ですか』と尋ねてくるので、
おそらく彼は本気で知らないのだろう。
知ってほしいわけでもちやほやしてほしいわけでもないが、裏方の存在なんて所詮そんなものかと思うと寂しくなる。
ちょっと色紙とマジック持ってくるよと叫んだパジャマは、次の瞬間太陽くんと叫んだ女性の声にぴしりと固まった。





「太陽くん、また病室を抜け出したのね」
「げ、冬花さん。でも寝てばっかりで退屈なんだもん」
「それでも駄目。ほら、病室戻って」
「はーい」





 お姉さんこれ俺の病室後で絶対来てねと言い残し元気に病室へと戻っていく太陽少年を見送る。
元気に見えるがやはり病人だったらしい。
すごい子だったねと松風と話していると、パジャマを病室へ追い返した看護師がゆっくりと歩み寄ってくる。
久し振りねちゃんと声をかけられ、はあれぇと声を上げた。





「わー超ご無沙汰じゃん冬花ちゃん」
「うん。ちゃん元気そうだね、良かった」
「冬花ちゃんもすっごく元気みたいだねー。さっきの子、病人なんだよね?」
「雨宮太陽くんって言うの。今は検査入院なんだけど・・・」
「具合悪くないと病院って縁ないしね」
「・・・そうなの。ところでちゃん、これ」




 すっと差し出された色紙とマジックに、はオッケーと答えペンを手に取った。
ありがとうと満面の笑みを浮かべ喜ぶ冬花は、昔よりも喜怒哀楽の感情表現が豊かになったように見える。
は辛うじて思い出せたサインをすらすらと書くと、太陽くんっておひさまの太陽と尋ねた。





「ううん、違うよ」
「そうなんだ?」
「季節の冬に簡単な方の花で冬花だよ」
「・・・ん? いや、これは雨宮くんだっけ? さっきの子のじゃ・・・?」
「え? ううん、これは私の部屋に飾るんだよ? ふふ、すごく嬉しい」





 机の上と枕元と玄関とどこがいい、ちゃん。
えー冬花ちゃん用なのー私さっきの子用かと思って超気合い入れて書いたのにえーうっそー。
冬花はが超気合いを入れて書いたサインを取り上げると、カルテと共にぎゅうと胸に抱き込んだ。







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