とうとう彼が出てきたか。
イシドはできればあまりお目にかかりたくなかった影の帝王を聖帝ルームに迎え、眉間に皺を寄せていた。
フィフスセクター管理下の中学校のホーリーロードでの大会成績があまりにも不甲斐ないから、来るならそろそろだろうとは予感していた。
三度目の正直とばかりにアフロディを送り込んだ前回ホーリーロード優勝校木戸川清修も雷門の前に敗退し、さすがに見ていられなくなったのだろう。
イシドは雷門中の4回戦の対戦相手となる幻影学園中サッカー部の選手データをじっと見ていた白スーツの男性に気付かれぬよう、小さく息を吐いた。





「公然と反旗を翻した雷門中。彼らが勝ち進めば進むほど彼らに票が流れる。まさかホーリーロードが次の聖帝を決める選挙でもあることを忘れたわけではないでしょう? イシドさん、このままではあなたは今の地位、聖帝を追われることになる」
「決着は間もなくつけます、サッカーを管理し救うのが私の使命ですから」
「そうしてもらわねば困るのですよ。・・・ところで、女神はどうしていますか?」
「・・・女神?」
「あなたが一番ご存知でしょう。フィールドの女神、ミネルバと呼ばれるイタリアサッカー界の知る人ぞ知る奇才を。彼女はいつ使うのかと訊いているのです」
「・・・まだその時ではないでしょう」
「その時、ですか。その時とやらが来たらイシドさん、あなたは本当に彼女を使いますか?」
「私が何のために彼女を連れて来たと?」




 使いもしない者を連れて来るわけがないでしょう。
使うために、利用価値があると思ったからここへ招いたのですから。
が聞けば軽く3発は殴られそうなことを口にしているが、こうでも言わなければ相手は引かない。
『その時』など一生来ない、来させない。
ごめん、ごめんな
何もかも話せなくてごめん。
でも知ってほしくないんだ、俺の計画を。





「まあ、いいでしょう。次の戦いに期待していますよ、イシドさん」
「はい」





 千宮路の探るような目に素知らぬ顔で応じ、去っていく彼を見送る。
今日はを早く家に帰していて正解だった。
イシドは椅子に深く腰を下ろすと、額に手を当て天を仰いだ。






































 まともなスタジアムはないわけ、イシドさん。
はまるで大人の遊戯のようなフィールドに苦戦する雷門イレブンをピンボールスタジアム併設のVIPルームから見下ろし、いつも以上に難しい顔しているイシドに尋ねた。
中学サッカー界の頂点に立つ者としてのキャラの確立のためだか知らないが、いついかなる時も眉間に皺を寄せているとそのうちイシドの目は糸目になってしまいそうだ。
元々切れ長の瞳をしていたのに、これ以上細目になってどうするのだ。
後付けのようにもったいぶらずとも、聖帝の権力は絶大で今日もフィフスセクターに反旗を翻している雷門中に全力で立ち向かう中学校がある。
今日の雷門の対戦相手は面白いチームだ。
幻影学園のキャプテンにしてエースストライカーの必殺シュートは二度見たが、どんな仕組みで雷門の壁のようなディフェンスをすり抜けているのかさっぱりからくりが読めない。
壁よりも高く浮いているわけでも壁の出現よりも早くボールを蹴っているわけでもないのに、どうしてマボロシショットとやらは雷門のゴールに吸い込まれるのだろうか。
雷門のGKは腕はいいが、彼の必殺技はキャッチ技ではなくボールを弾き返す技だ。
手で触れることができればシュートの味がどのようなものか感じることができるのだろうが、弾いてしまうのでシュートの味が何もわからない、
シュートの性質がわからない以上、雷門が取るべき道は一つだけだ。
幸いというかさすがと言うべきか、鬼道はピンボールスタジアムのからくりに気付いたらしい。
雷門に剣城を初めとしたキック力のあるFWが揃っていて良かった。
剣城の更に鍛え上げられた足から繰り出されるデスなんたらは、人に察知した数秒後に持ち上がるバンパーよりも早くゴールを襲うことができる。
イシドの肩越しに見ていたが、幻影学園の実力は本物だ。
わざわざ奇にてらった試合会場を作り彼らのアシストをせずとも、彼らは自分たちの力だけで雷門と戦える。
そうだというのに下手にバンパーやポールで過保護にゴールを守ってやるから、彼らは油断するのだ。
ありがた迷惑だ、あんなもの。
は雷門ベンチへ向かうべくVIPルームを出ると、廊下を歩き始めた。
近未来を意識したのか、壁に埋め込まれた光の線で目がチカチカする。
聖帝ルームもムードを出すためか省エネ中なのか常に薄暗いし、もしも目が悪くなったらフィフスセクターに医療費慰謝料その他諸々を請求してやろうと思う。
眼鏡を買うならどんな眼鏡にしようか。
何にしてもどうせ似合うのだろうが、せっかくなら眼鏡のプロ鬼道と一緒に選びに行くのもいいかもしれない。
よもや彼も、自分とお揃いのトンボ眼鏡の装着の強要はすまい。
はベンチへ続く道の角を曲がると、曲がり角すぐに置かれておいた柔らかくもごつい物体にぶつかった。





「痛っ、と思ったけどあんま痛くない」
「す、すみません! ・・・あれ? 確かあなたは・・・」
「んん? 片方はもちろん名前なんて知らないけどそのユニフォーム雷門っ子か。はぁい影山くん」
「はい、はぁいです! えーっと、・・・さん?」
「そうそうさん! こんなとこでぼさっと何やってんの影山くんとDFくん、鬼道くんの話聞かなくちゃ」
「そうなんですけど、天城先輩が・・・」
「ああ! マボロシショットすり抜けられてた! あれすごいよねー、どうなってんだろ」
さんでもわからないんですか? わかると思ったのになあ」
「いやあいくら私がすごくても無理なものもあるって。ま、後半は京介くんと錦くんっていう私のダブル教え子がシュートするでしょ、コツもつかんだだろうし」






 鬼道プレゼンツのミーティングを聞けない影山たちに、鬼道に代わり前半の反省点と後半のポイントを教える。
言い方は鬼道とまったく違うだろうが、内容はそう違わないだろう。
なんて言っても鬼道とは嬉し恥ずかし相思相愛ダーリンハニーの関係なのだ。
きっと鬼道がこちらに口裏を合わせてくれる。
鬼道はそういう細やかな気配りとフォローと尽くし方ができる男だ(と思う)。
はこくこくと頷く影山とは対照的に沈んだ表情を浮かべたままの天城を見上げると、なぁにその顔ぶっさいくと言い放った。





「すり抜けちゃったもんはしょうがないんだから、いつまでもめそめそしない!」
「あ、あのっ、天城先輩はそれもあるんですけど、別のことで「いいんど影山、この人の言うとおりだど」
「人間関係のいざこざに足突っ込んでもろくなことないし興味もないから深く訊かないけど、わかんないことあるなら真正面からぶつかって頭突きでもしておいで」
「頭突きじゃ真帆路の気持ちはわからないど・・・」
「真帆路? 真帆路くんってあれか、マボロシショットの子か」
「天城先輩は真帆路さんと向き合いたいんです」
「ふぅん。じゃあ同じフィールドで戦ってみたら?」
「「同じフィールド?」」
「真帆路くんはマボロシショットとか言っちゃって現実のものでないやつで戦ってるんでしょ? 真帆路くんたぶん夢見てるのよ、覚めない幻の中でずっとふよふよしてんの。
 だったら天城くんも夢の中入ってそこから真帆路くん引きずり出してくればいい」
「えーっと・・・?」
「そうねえ、とりあえず万里の長城みたいに現実にあるものじゃなくてうーんそうだ、ムー大陸とかアレフガルドとかぶつけてみたら?」





 夢の中で衝撃与えたらさすがのポーカーフェイスもびっくりして目が覚めるでしょ。
事もなげに意味を理解しがたい言葉を連ね、1人納得したらしいがにっこりと笑う。
どこを聞いて笑っていいのかわからない。
こそ異世界の住人ではないかと思ってしまう。
鬼道がに一目置くのもわかる気がする。
これは無下にはできない要注意人物だ。
更に悩みを深めているように見えなくもない天城の大きな背中をぽんぽんと叩いているを見つめ、影山はすごいけど怖くて敵にしたくない人だなと心中で呟いた。

































 何を吹き込んだんだと訊いても、別にとはぐらかされる。
あれが出てきてしまった以上、そろそろの自由の幅をそれとなく狭めるべきかもしれない。
もしくは、こちらがより周到に煙に巻くか。
おそらくは後者だな、には何も悟らせたくはない。
イシドはVIPルームで雷門の怒涛の逆転劇を楽しげに眺めているに、雷門はどうだと問いかけた。





「京介くんと神童くん以外は正直そうでもないって感じだけど、有人さんの監督ぶりとチームワークの良さでめきめき強くなったってとこ」
「剣城にえらく肩入れしているな」
「京介くんイケメンだしどんどんいい子になるから可愛くて。不思議ね、一緒にいればいるほどあれに似てるって思うのに京介くんには腹立たないの」
「あれ?」
「イシドさんが知らなくて私も忘れようとしてる馬鹿」
「よっぽど憎たらしい奴だったんだな、そいつは」
「そうでもないけど、ま、場合によりけり? ・・・ねえイシドさん。私もさ、フィフスセクター相手にはどうにもならないのかな」
「どうにもとは?」
「フィフスセクターっていうでっかな悪どい権力に捕まっちゃってるから、逃げられないのかな。助けに来てくれるらしいけど、私もできれば内側から壊したいじゃん?」
「私は聖帝だが。・・・・・・相手が強大だからといって諦めるほど聞き分けは良くないと思っていたが」
「む」
「逃げれると思ったその時に逃げればいい。私には、なぜいつもここに帰って来ているのかそちらの方が解せない」





 わからず屋のサッカーバカだ。
あんたがここにいて私を必要としてるって言ったから逃げられないってわかんないかな、この馬鹿は。
イシドとは目を逸らし、互いに小さく馬鹿と罵り合った。






((あんたがいるからこうしてるのに))






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