人間、いざという時には動けない臆病な生き物のようだ。
剣城は眼前で起こった出来事に対して何もできなかった自身を不甲斐なく思いながら、鉄塔広場でイシドと相対していた。
が引ったくり犯に襲われ悲鳴を上げた時は、助けに行こうとする前に松風に先を越された。
が松風を庇うように立ちはだかった時は叫びこそしたがの元に向かうのは一歩も二歩も遅れ、イシドが放った強烈すぎるシュートに見せ場を持っていかれた。
すぐそこでがピンチに陥っているのに、助けなくてはと思っただけで何ひとつ行動に移せなかった。
イシドがいなかった時のことを考えるとぞっとする。
いや、彼はイシドだがイシドだけではない。
剣城は沈黙を破り、イシドではないイシドに話しかけた。





「引ったくりを倒したシュート、松風とは別の意味で衝撃を受けました。あのシュートスタイルを過去に見たことがあります。あれは俺と兄さんが憧れたもの。あなたは豪炎寺修也、違いますか」
「・・・・・・」
「あなたが豪炎寺さんなら、円堂監督と親友ですよね。やっとわかったんです、あなたの本当の目的が」
「・・・そうか、だからどうした」





 憧れの人が目の前にいるのに、ひどく心が落ち着いている。
豪炎寺がイシドでなかったらサインの1つ、いや、兄の分も合わせて2つばかりはせがんでいたかもしれないが今はその時ではない。
豪炎寺は、今は豪炎寺修也としてではなくイシドシュウジという名でやらねばならないことがある。
姿を偽り名を偽り、心を偽ってでもなさねばならないことがある。
円堂が消えたのはおそらく、豪炎寺の真意になんらかの形で勘付いたからだろう。
豪炎寺も豪炎寺なりに戦っている。
サッカーに係わる者すべてが、己が信じるものを守るために戦っている。
もちろんこちらだってフィフスセクターの野望を阻止するために戦っている。
しかし、もっと強くならなければ準決勝では相手と渡り合えないかもしれない。
強くなりたい。
強くなるための鍵は、今も昔も憧れ彼のプレイスタイルや様々なものを真似してみたりする豪炎寺にある。
剣城はイシドをひたと見据えた。
フィフスセクター本部で見た時とは違う鋭い眼光にたじろぎかけるが、逃げるつもりはない。
これはチャンスなのだ。
ストライカーはチャンスを決して逃さないゴールへの嗅覚を日々磨いているのだ。
これ以上イシドに借りを作るのは正直ちくりと来るが、彼がいなかったら今の自分はいないので痛みも受け止めるしかない。






「・・・もう1つ訊きたいことがあります」
「何だ」
さんは何者ですか? ・・・どうして豪炎寺さんはさんを気にかけるんですか」
「同じ質問をしようか。剣城、なぜお前は彼女をそうも気にする?」
「・・・あの人のことはよくわかりません。今でもよくわかりません。でも、俺があの人のことを自分でも思っている以上にほっとけなくなっているのは事実です」
「そうか」
「さっきはありがとうございました、さんを助けてくれて」
「礼を言われる筋合いはない。・・・昔からああいう無茶ばかりしていたからそうするだろうとも予想はできていた」
「え・・・?」
「もっとも、肝心な時に彼女をボールで飛ばして鉄骨から救ったり勇気づけたりしていたのは鬼道や半田ばかりで、私は今になってようやく守れるようになった」





 剣城、お前の頼みはあいつに言え。
あれは私の、俺が過去のすべての関係性を捨てて振り返らなくなっても大事に大事にこっそり俺を見てくれてる、世界で一番大切な幼なじみだ。
そうだろう
そうでないと今でもおもちゃみたいなネックレスなんて持ってくれてたわけがないもんな。
イシドはそうぼやくと、剣城に赤いペンダントトップのついたネックレスを託した。




































 雨宮くんと太陽くんどっちがいーい?
雨宮太陽くんにしてよさん!
本当に元気な病人だ、病気と長く付き合うと開き直ることができるのだろうか。
は持参した色紙にさらさらとサインを書くと、雨宮にはいと手渡した。
サッカー選手のサインでもないただのコーチのサインにきらきらと目を輝かせている雨宮を見ていると、自分も捨てたもんじゃないなと思ってしまう。
は雨宮の枕元に置かれているDVDを手に取ると、勉強してるのと尋ねた。





「うん! ほら、俺ってサッカーあんまりさせてもらえないからさ、みんなに目だけでも追いついとこうと思って色んな試合観てるんだ」
「すごいじゃん。対戦相手でもなんでもないとこの試合研究する子なんてそういないんじゃない?」
「ほんと!? 俺、夢はもちろんサッカーすることだけどできれば世界とか舞台に戦いたいんだ。だからさんみたいに海外プロリーグにもスカウト受けて、でもって蹴り飛ばすくらいの奇才に褒められたのがほんとに嬉しくて!」
「詳しいねえ雨宮くん。そっかあ。向こうには雨宮くんくらいの歳の子がたくさん集まって技磨き合うとこがあってねー。私はそっち見る方が伸びしろあって好き」
「じゃあ、向こうに行ったらさんに見てもらえたりする!?」
「うちのチームに来たらそうかも」
「行くよ! だってさんみたいに話がわかって言葉も通じて美人な人に教えてもらえるんだよ!? 大丈夫、俺怖いのは冬花さんで慣れてるからスパルタもどんとこい!」
「看護師さんに叱られるぞ」
「イシドさん!」





 今一番会いたくない人の声が聞こえて恐る恐る扉の方へ振り返る。
やはり彼だ。
雨宮と知り合いとはさすがはイシドだ、才能あるストライカーを見抜く目も衰えていないらしい。
はイシドが雨宮に近付くのに合わせ病室を出ると、扉を閉めるや否やはあと深くため息を吐いた。
本当は礼のひとつでも言った方がいいのだろうしむしろ言いたいが、イシドが出す雰囲気が『ありがとう』を言わせてくれそうにない。
どうしよっかなあ出待ちしよっかなあ。
ぶつぶつとぶつ妬いていたは、あれぇさんと声をかけられのろのろと声の主を顧みた。






「あれぇ虎丸くんじゃーん」
「うわあ久し振りです! 俺がここにいることに驚かないんですね!」
「イシドさん出てきて円堂くんと会って春奈ちゃん見て秋ちゃんと話すくらいにプチ雷門イレブン同窓会やってんだから、虎丸くんが出てきてもべっつに驚かないよもう。風丸くんまだー?」
「あははー・・・。・・・イシドさんが誰か知ってるんですね?」
「いっそ知らない方が良かったけどねえ。虎丸くんもフィフスセクターの人なの? なぁにその革の手袋、かぁっこいい」
「へへっ、これ結構お気に入りなんですよ。俺、今は聖帝の秘書みたいなことやってるんです。さんは聖帝に囲われてるんですよね。・・・あの人本当に不器用だと思います」
「昔っからやることなすこと私に不利になることばっかしやがってやんなっちゃう」





 秘書なんかさぼって今度一緒に愚痴大会しようよー、お代はフィフスセクターに回すからさー。
さんそうやって黒木さんを精神的に追い詰めてたんでしょうとんだ悪女ですね。
悪女とは何よう、そんなこと言う虎丸くんにはうーんそうだなー、あっハグ?しちゃうぞー。
うがあと両手を上げ虎丸に襲いかかろうとすると、虎丸が目をキラキラとさせて満面の笑みでようこそとばかりに両腕を広げる。
やる気だなこいつ、だったらがばっとやってやる!
虎丸に触れようとした直前がらりと開いた扉に、虎丸とはぴしりと固まり病室から現れた上司を見上げた。






「・・・何をやっている」
「「・・・べ、別に?」」
「・・・・・・」





 疑わしげにこちらを見つめてくるイシドの目に耐えられず、虎丸とはばっと離れると互いに目を逸らした。
虎丸はこほんと咳払いすると、そんなことよりもと前置きしイシドに詰め寄った。





「まさか、雨宮を試合に出すつもりではないでしょうね」
「雨宮の才能は本物です、サッカーに対する思いも。しかし、今彼の体が試合に耐えられるとは思えない。かわいそうですがやはり今ホーリーロードは彼には無理です」
「雨宮くんもたぶんマジン「化身だ」そうそれどうせ出すんでしょ? マジン「化身だ」それ出すのって丈夫な京介くんですらちょっときつそうなんだから、ああ見えてかなり病人の雨宮くんにはマジン「だから化し」うるさい出さないといけない試合は厳しいと思うよ」




 試合に憧れる雨宮の気持ちはわかるが、無理をして未来を閉ざしてしまうのは決して彼のためにはならない。
雨宮は将来プロリーグで活躍できそうな天才だ。
いくら試合に出たいからといって、万全の調子でない時に出場して更に病状を悪化させることは誰も望まない。
は顔を合わせにくかった数十分前の自信の感情を忘れ、悩むイシドをじっと見つめた。





「雨宮を見てるとあいつを思い出す。あいつと同じだ、サッカーを思う気持ち、そして思うようにサッカーできないことへの苛立ち」
「一之瀬くんは今はアメリカで天才MFとして大活躍してる。それは、あの時の監督がサッカーしたがっている一之瀬くんを止めてベンチに下げたからでしょ。試合でベンチに下げるっていう選択ができないんなら、初めから出さない方がいい」
「だが出なければ得られないものもある。見ただろう、雨宮の病室を。雨宮が輝ける場所はフィールドだ。だったら俺はそこに彼を導きたい」
「輝きに耐えられないかもしれない、光が眩しすぎて消えてしまうかもしれないから言ってんの」
「選手を信じてやることも、指導者としての大事な役目の1つだと思うがな」
「そんなの言われなくてもわかってるけど、でもそれとこれとは話が違うでしょ」
「違わない。何か勘違いしてるようだが、今俺の目の前にいるのは聖帝イシドシュウジに囲われてる愛人だ。それ以上でもそれ以下でもない奴の話に耳を傾けるつもりはない」




 我ながら手酷いことを言っている自覚はある。
の言いたいことももちろんわかるが、の方もきっとこちらの言い分はわかっていると思う。
意地と意地のぶつかり合いは昔からずっとしてきたが、結局いつもこちらが押し通してきた。
は勝てないのだ、こちらが強く押し切ってしまうから。
イシドは言い返す言葉が見つからないのか、口をぱくぱくと開いているだけのを見下ろした。
やっぱりそうだろう。何も変わってないんだ、俺たちは。
イシドはにそう言い残すと、虎丸を連れ病院を去った。






(「あいつ」とか「あの時」とかで全部会話が通じちゃうあたり、やっぱ2人って2人なんだな)






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